寵愛 [50/56]


櫛と、給金で購入したヘアオイルを手に、小狐丸は母屋内部をうろうろと歩き回っていた。探し人がいるのだが、見つからないのだ。
途中、すれ違った一期一振に「どうされましたか」と問いかけられる。

「補佐様を探しているのです。どこぞで見かけませんでしたか」
「ああ……我々は補佐殿の刀剣ではありませんからな」

納得したように一期が頷く。
気配自体はわかる。人間の気配を探るくらい、付喪神といえ神である刀剣男士にはわけもない。しかしこの本丸は主の霊力で満ちており、刀剣男士の気配もそこかしこに点在する。彼女だけの気配を、あたりも付けぬまま探るのは至難の業だった。
それでも主でさえあれば契約の縁を辿って見つけられるのだが、補佐の彼女ではそうもいかない。己の足で探すしかないのである。

「昼食以降、私は見かけておりませんが。髭切殿でしたら厩の方で見かけましたよ」
「では、そちらの方に行ってみましょう。助かりました、一期一振殿」
「……補佐殿に御用で? では私も、お供しましょう」

にっこり、一期は満面の笑みである。小狐は内心舌打ちをし、けれど表面には何も見せず、では共に、と厩の方へ歩き始めた。

小狐丸は、主が大好きだ。戦の采配も上手く、小狐丸が毛並みを整えてほしいと頼んでも、嫌な顔一つせず櫛で梳かしてくれる。お姫様抱っこは断られたが。
しかし小狐丸は、女子も大好きだった。つまりこの本丸の紅一点、補佐の彼女は、小狐丸の癒しと言ってもいい。
主と補佐のどちらが、という話ではなく、これはもうまったく別の話だ。主は主。補佐は女子。あの柔らかさは主といえど、男には持ち得ないもの。
小狐丸は、補佐も大好きだった。ゆえに今日、彼女の手伝い当番がないと知り、毛並みを整えてもらおうと探し回っていたのである。
一期一振とかいう邪魔者が混ざってきたけれど。

厩に辿り着けば、髭切は馬当番に混ざるでもなく、近場の岩に座って作業を眺めていた。
本日の馬当番は鯰尾と乱のようだ。馬の背を丁寧にブラシがけしている。

「髭切殿、補佐殿がどこにいるかご存じですか?」

小狐丸が声をかけるよりも早く、一期が髭切に彼女の居所を尋ねた。弟たちが馬当番をしているのだから、まずは弟に声をかけてやるべきではないか。そしてそのまま手伝いでもしてやればよいものを。
再び内心で舌打ちをし、小狐丸も髭切に歩み寄る。
髭切はうーん? と少し首をかしげ、気配を辿りでもしたのだろう、「大風呂にいるみたいだよ」と返答した。

「お風呂!」

と、いの一番に反応したのは鯰尾だった。
余談ではあるが、鯰尾も女の子が大好きだった。欲を言えばもうちょっとこう、ぼんきゅっぼん、と身体のラインがわかりやすい体型の方が好みではあるのだが、それでもこの男所帯で彼女の存在は癒しである。ちなみに一期も同じく。

「このような時間に湯浴みでしょうか」
「さあ? さすがに気配だけじゃあ、服を着ているか脱いでるかまではわからないよ」
「これは覗くっきゃないんじゃないですかあいち兄!」
「ダメだよ、鯰尾兄。そんなことして、補佐さんが怒ったらどうするのさ。鶴丸さんみたいによそよそしくされちゃうよ」

ああだこうだと髭切、そして粟田口兄弟が話す中、小狐丸は髭切に礼を告げて、すたこらさっさと母屋に引き返した。一期がお待ちください小狐丸殿! と追いかけてくるが、無視である。なんなら歩調を速めた。

まだおやつ時前だ。こんな時間から湯浴みをしている、ということはないだろう。
とあれば風呂掃除の手伝いでも申し出たか、何らかで手足でも汚したか。どちらにしろ声をかける余裕くらいはあるはずだ。
湯殿に辿り着けば、丁度良く彼女が出てきたところだった。堀川と同じ内番着の裾をまくり上げている辺り、小狐丸の予想はさほど外れていなかったと悟る。
彼女は出会した小狐丸に一瞬驚きを見せたものの、すぐにふわりと微笑んだ。
こんにちは、どうされました? とこちらを見上げる姿は、飾りっ気はないがそれでも愛らしい。やはり女子は良い。
一期にも視線を向けていたが、先に口を開くことで、彼女の言葉を遮った。

「補佐様に髪を梳いていただこうと思い、探していたのです。お時間はありますか」
「大丈夫ですよ。お風呂掃除のお手伝いをしてたんですけど、もうほとんどやることないから休めって追い出されちゃったので。着替えてからでもかまいませんか?」
「もちろんです!」

では離れに、と三人で歩きだす。……うん? と気が付き、小狐丸は己の隣へ視線を向けた。当然のように一期が並んでいる。

「一期殿、補佐様に何か用事が?」
「あ、そうですね。すみません、一期さんも私を探してたんですか?」

言外に用がないなら帰れ、と言ったのだが、一期はどこ吹く風で、振り向く補佐に笑みを向けている。

「来週は私の班が料理当番のため、補佐殿に何か、主殿の好みそうなおやつの作り方を教えていただこうと思っていたのです。洋菓子を試してみたいのですが、まだほとんど食べたこともありませんので」
「私でよければ、喜んで。じゃあ、いくつかレシピ本も持ってきますね」

渡り廊下を通り過ぎ、離れに辿り着いたところで一旦別れる。居間で待っていてください、と彼女は二階へ繋がる階段を上っていった。とたとたと軽い足取りに、目線まであがってくるふくらはぎに、心がほっこりとする。

「よいですなあ、女子は」
「うむ……まったくです」

やっぱり一期には帰ってほしかったのだが、この時ばかりは綺麗に意見が一致した。

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