供給機 [4/56]


食後、本丸にやってきたのはこの本丸の担当官らしい男性と、その上司に見える男性が一人に研究員のような男性が一人、加えて堀川国広を引き連れた男性審神者が一人の、計五人だった。
「先輩!?」と彼が驚いていたところを見ると、もしかしたらこの男性審神者が、彼の落ちた本丸の主なのかもしれない。

その後はあれやこれやと経緯を説明させられたり、三十分ほどのよくわからない検査をされたり、とさんざんな目に遭った。なんかしらの事件の加害者にでもなった気分だ。
彼が懐かしそうな顔をしていた辺り、おそらく彼も通ってきた道なのだろう。
それらが終わってからは一人ぽつんと部屋に残され、彼は担当官たちと共にどこかへ行ってしまった。ひとまず、拷問やらを受ける羽目にはならないようでほっとする。
とはいえ、この先どう転ぶかはわからない。万一審神者の適性でもあったのなら、おそらく私も審神者になるのだろう。やったー! とは思わないが、五年前の彼と比べればマシだ。
でも、適性がなかったら。果たしてどうなることやら。政府職員として働けるほどの教養はないし、適当にそこら辺で野垂れ死んだ方が楽かもしれない。
そんなことを考えていれば、唐突に空気が震えた。

「ふざけんなよ! 何でてめえらはいつもそう、俺たちを道具みてえに扱うんだ!」

確認するまでもなく、彼の声だった。何をいきなりそう憤っているのか。次いで聞こえた「これは戦争なんだ!」との声は、あの上司っぽい男性のものだろうか。
好奇心に負け、そうっと部屋の障子を開く。二つ隣の部屋の前に、男性審神者の堀川が立っていた。こちらに気付き、どこか哀れむような表情のまま、しいと口元に人差し指を添える。

「あいつは俺のこと覚えてたんだよ! お前らが、誰も俺のことなんざ覚えてねえし帰る方法もねえって言うから、諦めて俺は審神者になったんじゃねえか。なのに、あいつは覚えてた! こっちにも来た! 来たのに何で帰れねんだよ!? 刀剣男士は過去に行けるってのに、何で俺たちは二〇一七年に行っちゃいけねえんだよ!! 二人も来れるんだから、帰ることだって出来るんじゃねえかって思うのが普通だろ!? なのに何で、何でてめえらは、あいつを霊力供給機にしろだなんて言うんだ!」

ワアなんかすごい言葉聞こえた。

「確かに俺の霊力は少ねえよ、最初の頃からどんどん減ってる。今じゃ二部隊を稼働させるだけで精一杯だ。だけど、あいつは、何も知らねえんだぞ!? 本丸に入るだけでぶっ倒れて、鶴丸のメシに目ぇ輝かせてただけの、ただの女だ! 審神者の適性がないんなら、俺たちの時代にも戻せねえなら、そっちで保護するなりなんか仕事与えてやるなり出来るだろ!? 何だよ、霊力供給機って!!」

私がそうっと部屋から出たことで、男性審神者の堀川が一瞬おろおろとする。けれど致し方なしと諦めたのか、す、と一歩分の距離をあけた。
なんとなく、なるべく音を立てないまま進み、堀川に頭を下げてから障子を開く。相変わらず声を荒げていた彼が、上司らしき男性が、ハッとした表情で私を見やった。

「お前……」
「ごめん、丸聞こえだったから。つい」

彼以外は座っていたので、私も出入口側に正座する。入ったはいいもののなんと言ったもんか、数秒悩んでから上司らしき男性へ視線を向けた。

「霊力供給機とやら、それが私を指すのなら、私は当事者のはずですよね。話していただけますか?」

男性は担当官と研究員っぽい人と数回アイコンタクトを取り、口を開いたのは担当官の男性だった。
どうやら、私に審神者としての適性はないらしい。鍛刀、刀装作成、刀剣男士の顕現、手入れ、その全てを行う能力がない。というよりは、己の霊力を何かしらに変換し、身体の外へ出す能力を持ち合わせていない、ということらしかった。
けれど、平均的な審神者の霊力と比べれば、桁外れ、あるいは無尽蔵と言ってもいいほどの霊力を持っている。正確に言うと、持てるだけの器がある。トリオン器官のようなもんだろうかと内心で思いつつ聞いていれば、今の時点ではそのほとんどが空だが、と付け加えられた。
空になっている理由は、おそらく単身での時間移動。もしくは、電車に乗ってからこの本丸に着くまでの間、何者かに奪われた可能性。
しかし、それも普通に生活をしていればじきに戻る、と。周囲の草木や空気、食物なんかを霊力として変換し、取り込むことが出来る。本人、つまり私の精神状態によっては、自力で新たな霊力を作り出すことも出来る。生きている限り、本来であれば霊力の枯渇、なんてものとは無縁の体質である。……とのことで。

でも身体の外に出せないんなら霊力供給機にはなれなくね? と首をかしげれば、それは研究員っぽい人が解説してくれた。
曰く、私とこの本丸の審神者である彼には、同じ時代、同じ地域、同じ学び舎で生きていたという縁がある。その縁は、二人共がこの時代の本丸という異空間にタイムスリップしたことで、より強固なものになった。
なお、ここで私は顔を顰めている。いらない縁だなあ……どうせなら初恋の松崎くんが良かった……。

「この本丸にお二方が住まわれるだけでも既にパイプは繋がっているようなものなので、審神者様とあなたの霊力はある程度循環します。審神者様が、あなたの霊力を吸収していく形ですね。加えて、政府には特定の者同士の霊力を共有、あるいは譲渡する呪具がありますので、そちらをお二方につけていただければ、お二方のパスは完全に繋がるでしょう。
そうすることで審神者様の霊力は今後安定し、出陣・遠征等の負担も減ると考えられます。あなたは自力で霊力を生み出すことも出来ますので、審神者様に霊力を供給したところで、霊力が枯渇することもありません」
「だから、その言い方がッ」
「彼がこのまま霊力を枯渇させたら、どうなるんですか」

再び声を荒げた彼を遮り、政府側の三名へ視線を向ける。
そこばっかりは、私も知り得ない情報だ。一拍をあけ、上司らしき男性が答えた。

「複数のパターンがある。じわじわと、しかし異常な速度で老化し、老衰で死ぬ。数週間をかけて内臓が悲鳴をあげ、血を吐きながら死ぬ。ある日突然、ぱたりと姿が消える。他にも色々とあるが……いずれも霊力を、肉体や生命から無理矢理に引きずり出し、死ぬという点では同一だ」
「つまり、このまま放っておけば、いずれ彼は死ぬ、と」
「……そうなる」

しばらく、沈黙が落ちた。

私は、彼とはただの元クラスメイトでしかない。これといった思い出もないし、今でもいらない縁だなと思っているし、再会を喜ばしく思う気にもならない。どちらかといえば本心では、めんどくさいことになったと思ってるし、帰る方法さえあればさっさと帰りたいくらいだ。所詮ゲームだけど、私には私の本丸があるのだし。
でも、だ。
じゃあ勝手に死んでどうぞ、と言えるほど、私は無慈悲な人間じゃない。誰だって、多少なりとも顔見知りの人間が死ぬのは嫌だと思う。
それに、ゲームによってそれなりにこの世界の状況を知っている私と違って、彼は無知だ。無知だった。無知のまま、五年も審神者業を続けたのだ。刀剣男士はいたけれど、たった一人で、家族にも友だちにも恋人にも、存在すら忘れられたまま。

言ってしまえば、今の私が抱いているこれは、同情だ。彼を可哀相だと思った。
何もわからない世界にある日ぽんと放り出され、わけもわからぬまま、いや説明されてわかってはいたかもしれないが、審神者となって。五年の間じわじわと減っていく霊力に、己の未来を考えて、泣いた夜もあったかもしれない。震えたまま眠った日もあったかもしれない。いつ霊力が枯渇して、死んでしまうのか、タイムリミットが来る日を、怯えたまま待っていたかもしれない。
同情である上に、ただの想像だ。
でもこの数時間で、彼は随分と脆い人間になってしまったのではないかと、私は感じた。元々がどうだったかは知らないが。

「霊力供給機、って言い方はさすがにどうかと思いますけど。……審神者補佐、とかならいいんじゃないですか。審神者の適性がないなら、家事くらいしか出来ませんが」
「おま、何言ってるかわかって……ンなもんお前に、なんのメリットが、」
「メリットはまあ、確かにないけどさ」

目を伏せる。脳裏に浮かんだのは、ごほうびをくださいねと笑っていた今剣の姿だった。私がすごいすごいと喜ぶたびに、得意げにしていた鶴丸の笑顔だった。……なんか真っ白だな。
少し笑って、視線を上げた。

「まだ数時間しか居ないけど、ここ、良い本丸だと思うよ。メリットはないけど、君を見捨てた時のデメリットが大きい。私は、ここにいる刀剣男士に、今のままの笑顔でいてほしい」

本心だった。雰囲気的には、私はこの本丸の刀剣男士を甥っ子を見るような目で見ている。年の離れた従兄弟でもいい。友だちの子供でも。
私の霊力とやらによって守られるのは実質彼だけど、間接的に刀剣男士たちを守ることにも繋がる。きっともう会えないだろう、我が本丸の刀剣男士の代わり、とまではいかないけれど。
同じ顔をした彼らには、出来る限り幸せでいてほしいと思う。

「だから、審神者補佐。……あ、いや、君が嫌なら、そりゃ私は他でなにか……掃除のおばちゃんとか、……今の時代にいるのかな……を、やるけど……」
「――嫌だと思ってたら、あんなにキレてねえよ……。お前、昔っから思ってたけど、結構バカだよな。成績は良かったのに」
「記憶力お化けかな?」

私、君の成績がどうだったかとか欠片も覚えてないよ。

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