拐引 [44/56]


「別にね、嫉妬とかそういうのをしていたわけじゃないんだよ。嫉妬は良くないからね、鬼になっちゃうし。でもね、主も肘丸も、僕が居たのはわかっていたわけだろう。なのにねえ、ああもいちゃいちゃいちゃいちゃ……兄弟のらぶしいんを見せられる気持ちがわかる? 主。見たことある? 主には兄弟とか、姉妹がいる?」
「いるっちゃあいますけど……ラブシーン見たことは……ていうか別にいちゃいちゃしていたわけでは」
「兄者……申し訳ないとは思っているが、俺は膝丸だ……」

場所は変わって執務室。一応本丸の主である彼に一言断ってから、私はようやく髭切を顕現させた。ら、これである。思わず私も膝丸も正座だ。
彼と山姥切、そして執務室にいた鶴丸、長谷部、今剣まで何故か正座していた。それだけ髭切の気迫はアレだった。アレだ。

「弟と主が仲良しなのはね、もちろん僕も嬉しいよ。きっと僕も、主とはすぐに仲良くなれるだろうなと思う。でもね、僕は主に触ることも、言葉を聞いてもらうことも出来ない状況で、ずうっとらぶしいんを見せられていたんだよ。本当に、嫉妬していたわけじゃあないよ。鬼にはなりたくないし、なる気もないし。ああ、雉丸と主を鬼にするつもりもないよ。嫉妬はこわいからね。でもね、ほら、てぃいぴいおう、と言うんだったかな。時と場所と場合を考えろって、僕の前の主はよく怒っていたよ。そういうことを僕も言いたいんだ。わかるかな、主、匙丸」
「膝丸だ……兄者……」
「いやごめんて髭切……」

逆に敬語がログアウトしてしまうレベルの勢いである。そしてどうあがいても膝丸と呼んでもらえない膝丸。相変わらず何故か正座しているこの本丸の面々。
とりあえずはまあ、言いたいことは言い終えたらしい髭切は、ずんと肩に重石を乗せたままの私と膝丸をさておき、彼へと視線を向けた。

「顔を見るのは三度目だね。今日からお世話になるよ、審神者」
「エッ? あ、ああ、はい。敵本陣では、ありがとうございました、髭切。こちらこそよろしくお願いします」

平身低頭、とまではいかないが随分と丁寧な態度の彼に「……審神者、俺が来た時よりも、随分と丁寧ではないか」「そりゃそうもなるでしょうよ……」と小声で膝丸と会話をしていれば、「またいちゃついているのかな?」と髭切がぐりんと顔を覗かせた。ホラーだった。びびりすぎてちょっと身体が浮いた。


 * 


お前の考えた策って何だったんだ? と彼に問われたのは、翌朝のことだった。
一年間変わらず、どっちか、主に彼が寝坊でもしない限りは毎日続けられてきた、朝のティータイム。飲み物は水、コーラ、ジンジャエールの三択から、お茶、牛乳、野菜ジュースを加えた六択に増えた。
その日は彼が温めた牛乳、私は野菜ジュースを飲んでいて、遠くからはうっすらと朝食の美味しそうな匂いが漂ってきていた。

「策って言っても、ほっとんど全部膝丸に丸投げしただけだよ。私は無傷であの場に辿り着けばそれでよかった。呪具を奪われたらそれまでだったし、なんかすごい結界とか張られてたら、お手上げ状態のやっすい作戦」
「膝丸……? ……ああ、もしかして」
「これだけでわかったんなら、君って相当優秀な審神者だよねえ……」

合点がいった様子の彼に、十年を過ぎればトップランカーになるのも夢じゃないくらいなんじゃなかろうか、とうっすら思う。どうやら結界術も優秀なようだし、この子もしかしたら大物かもしれない。
なるべくして審神者になったのでは? とは、さすがに言えないけど。

「つまりは、呪具で繋がったパスを辿ったってことだろ? 俺と俺の刀剣男士も縁は繋がってるし、契約としての力は当然こっちのが強いけど、縁の可視化は一部の特別な奴にしか出来ない。少なくとも俺は出来ないし、政府にだって多分いないだろ。いたとして一人か二人か……そんくらいか。そりゃ刀剣男士は見えなくとも辿れるけど、それは同じ空間、同じ時代にいればこそ。時代を超えては辿れない縁に、本霊の方がいじってるんだったっけか」
「らしいね。まさか神隠し対策、なんてのが本当にあるとは思わなかったけど。っていうのを知ってたから、ここの刀剣男士たちも、君を追いようがなかった。仮に普通に出陣したとしても、その時代にいるとは限らない。事実、座標をずらしてるみたいなこと、言ってたしね」
「でも、呪具で繋がっている刀剣男士なら、追える。あー……あれだな、無線LANと有線LANみたいな感じか」
「言い得て妙な気もするけど、なんか違う気もする」

なるほど、ラッキーだったな、と彼は笑った。
本当にその通り、ラッキーだった。今回の作戦、かっこ笑いは、全部が全部、ラッキーパンチだ。

たまたま、私と膝丸が本契約も出来ず、呪具によって契約していた。たまたま、敵方がそれすらも弾いてしまうような結界を張っていなかった。たまたま、私が身につけていた呪具を奪ったり、壊されたりしなかった。
全部が、私にとって都合の良いように進んでいた。敢えてそうしたのではと勘ぐってしまうほどに、全ての流れはスムーズだった。

何にしても、彼を救い出せたのだから結果オーライだ。

「……お前が無事で、良かった」

ぬるまった牛乳を一気に飲みきった彼が、ぽつりと呟く。いやこっちのセリフだけど!? と言いたかったが、思いの外沈痛な面持ちだったために、言葉を飲み込んだ。野菜ジュースで流し込んだ。
今更、彼の手が震え出す。それを必死に抑えて、はは、と力ない笑いが漏れた。

「マジで俺、すげえ、怖かったんだよ。お前を助けたつもりが、さあ、君は彼女を釣る餌だよ、とか言われるし、お前も、のこのこやってくるし、ティータイムだとか言われて、あっさり座るし……お前が、あいつの方に行っちまったら、って、……はー……かっこわりいよなあ……」

何かを言おうとしたのだけど、それより先に、彼は言葉を続けた。
きっとそれは、彼が今までずっと、言いたくても言わなかった言葉だろうと思えた。

「一緒に帰れたら、こんな、怯えなくても済むのにな……」
「……、」

見てられないくらいに、苦しそうな表情。
どちらかを選ばせてもらえるのなら、きっと彼は、悩みはしても元の世界に戻ることを選ぶんだろう。今いる、六年を共にした刀剣男士ではなく、家族を、友だちを、恋人を選ぶ。あっさり見捨てられるわけじゃない。不要なわけでも、嫌いなわけでもない。
どっちも大切で、大好きだけど、彼の世界はここじゃないんだ。
私は何も言えないまま、手に持っていたコップを机に戻した。

「あるじさまは、あるじさまのせかいに、かえりたいのですか」

おそるおそるといった風の声が、障子の向こうから聞こえてきたのは、その直後だった。

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