好奇心 [42/56]


政府の施設内にて、秋田は、彼女の隣に座っていた。通路に置かれた長椅子。背面の室内にて、今は主が検査を受けている。護衛の山姥切も一緒だ。
補佐である彼女の護衛に膝丸でなく秋田が選ばれたのは、偶然と言えば偶然だった。

全てが終わったのは、二時間ほど前のことだ。秋田は本丸待機組であり、審神者たちのモニターによって状況はある程度見られたものの、自身の手で主たちを救いに行けない状況にやきもきしていた。
件の、彼女が苦無と呼んでいた敵は何体かいたけれど、三部隊全てが練度上限に達していたため太刀や大太刀が率先して撃破にあたり、最終的に重傷者は一人もいなかった。
本陣最深部での状況はモニター出来なかったので何があったのかは今も不明のままだが、主も彼女も無事、本丸へと帰ってきた。
主に怪我はなかったが、張り詰めすぎた緊張が解けたからか山姥切に肩を支えられ。彼女はどこか暗い様子で、膝丸に抱えられての帰還だ。こちらも怪我はない。
そしてひとまず政府施設にて検査と聴取を、となったのだが、出陣した十八人の手入れが必要だったため、一時手入れ部屋が満室になる。もちろん資材は政府から送られたものだ。
山姥切は軽傷だったためすぐに手伝い札で終わったが、膝丸は重傷寄りの中傷であり、手伝い札を使うか否か、審神者が彼女に問いかけていた。彼女は首を左右に振り、しかしそうなると政府への護衛刀剣が不在となる。
どうするか、といったところで、たまたま秋田が通りがかったのだ。彼女は秋田を呼び止め、申し訳ないが政府への護衛を、とお願いした。主も構わないようだったので秋田はこれを受け、現状に至る。

「あの、補佐さん。何で膝丸さんに手伝い札を使わなかったのか、聞いてもいいですか?」
「反省して欲しかったから、ですかね」
「反省?」

そう、反省。彼女は天井の角辺りを見つめたまま、心の置き場がわからないような声で呟いた。
敵本陣の最深部に入ったのは、政府の髭切、彼女の膝丸、主の山姥切の三人だ。そして秋田には何のことかわからない以上、その反省すべきらしい事柄は、最深部で起きたのだろう。

秋田の好奇心がふわりと芽を出しかけていたが、秋田はそれをそうっと抑える。
彼女が本当に、どうすればいいのか、どこに気持ちを落ち着ければいいのかわからないような、迷い子とも思える顔をしていたからだ。きっと彼女自身も、今誰かに説明を求められたところで、どう説明すればいいかわかっていない。
だから秋田は、正面の窓へと視線を向けた。もうとっくに日が落ちて、窓の向こうに青空なんて見えはしない。あるのはただただ、真っ黒の闇夜のみだ。

「補佐さん、眠くないですか」
「今のところは大丈夫です。秋田さんも、ごめんなさい。急に巻き込んじゃって」
「いいえ! 主君のそばに居られるのも、補佐さんとお話出来るのも、外におでかけするのも嬉しいですから、お礼を言いたいくらいです」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

ようやく彼女が、やんわりと微笑んだ。秋田もほっとして、えへへ、と笑顔を向ける。

その後はぽつぽつと雑談を交わす程度になり、三十分ほどが経ってから、主と山姥切が廊下に出てきた。秋田はすぐに顔を上げたが、彼女の反応は一瞬遅れ、戸惑ったような様子で主と床とを交互に見ている。
秋田が補佐に声をかけるより早く、主が、逸らされた視線に割り込むかのように、数歩歩いてしゃがみ込んだ。長椅子に座る彼女の正面、膝を開いてしゃがみ込み、彼女の顔を見上げている。

「ふ、ガラわっる」
「お前が目ぇ逸らすからだろ」

彼女が小さく吹き出し、それに呼応するようにして主も笑った。
彼女の検査、及び聴取は既に済んでおり、主の方がより長くかかったための状況だった。んじゃ本丸帰るか、と主は立ち上がり、秋田もそれに続いたけれど、彼女は立ち上がらない。
検査結果に問題はなかったはずだが、もしかしたらまだ何か、不調が残っているのだろうか。そう考えたところで、当然だ、と秋田は気が付く。

主ももちろんだが、彼女は普通の人間なのだ。そんな彼女が一人で阿津賀志山に向かい、一人で敵本陣に辿り着き、敵と見え主を救った。
眠くはないと言っていたが、身体はそうでなかったとしても、心が疲れ切っていてもおかしくない。今すぐ横になるべきなのに、彼女はそうしなかった。出来なかった。
気付くべきは僕だったのに、と秋田は悔やむ。けれどそれを察したのか、彼女は立ち上がり、そして秋田の正面にしゃがみこんだ。
先ほどの主とは違い、両膝はぴたりとくっつけている。

「秋田さん。お話相手になってくださって、ありがとうございました。おかげで私も、落ち着けたというか、気を紛らわせることが出来たと思います」
「……でも、僕、」
「やっぱり秋田さんに護衛をお願いして、正解でした。秋田さんだから、良かったんです。だから受け取ってください。ありがとうございます」

言い淀まないな、と秋田は心の隅で考えた。今日の彼女は、いつものように言い淀まない。襲撃時の指示も、いつもとは比べほどにならないくらいはきはきとしていた。
何が違うのだろうか、考えても、わからない。

「僕こそ、補佐さんといっぱいお話が出来て、楽しかったです。どういたしまして」
「はい。ごめんね、じゃあ帰ろうか」

秋田に頷き返し、再び立ち上がった彼女は主に笑みを向ける。数秒、今度は主がむっつりと黙り込んだが、すぐにああと頷いて四人は本丸へと繋がるゲートへと向かい始めた。
けれど途中、待ってくださあい、と慌てたような声で誰かに引き止められる。まず山姥切と秋田が振り向いて、続いて主、そして億劫そうに彼女が振り向いた。
呼び止めたのは政府の人間で、その手には一振の太刀と、一枚の札を握りしめている。ぶんぶんと太刀を振り回しているがいいんだろうか、と思って注視していれば、霊体の刀剣男士が、ありゃりゃ、といった様子で政府の人間を見下ろしていた。

追いつき、肩で息をしながら呼吸を整える政府の人間に、主が「大丈夫ですか」と声をかける。途切れ途切れに大丈夫であることを伝え、政府の人間は、彼女へと身体を向けた。手にしていた一振の太刀を、両手で差し出す。

「未契約刀剣保管室に保管されていた、髭切様です。此度の作戦にも、参加してくださいました」
「それは、どうも……ええと、ありがとうございます。本丸でも、なんなら敵本陣でも、言わせていただいたはずですが」
「ああいえ、そうではなく。髭切様が、あなたと契約をしたい、とこちらに戻られてから仰ってまして。どうも本丸では言い忘れていたらしく」

え、と固まったのは主で、彼女は怪訝そうに太刀を見下ろしている。そしてそんな彼女を更に頭上から、霊体の髭切が見下ろしていた。

「保管室にあった髭切さんって、この一本だけですか?」
「え? あ、はい。そうですが」
「美食家だったんじゃねーのか……」

政府の人間は聞き返し、彼女はいいえなんでも、と返していたが、少なくとも秋田にはそのぼやきが聞こえていた。ありゃ、覚えてたんだ、と髭切が漏らした辺り、髭切にも聞こえていたのだろう。
ぼやきはしたけれど、断る理由もなかったのだろう。彼女はありがたく頂きます、と刀のままの髭切と札を受け取った。そして政府の人間が差し出した装飾品を模した呪具も、ほとんど無造作にポケットへしまう。

今度こそ本丸へと帰れば、刀剣男士たちの手入れもほとんどが済み、他本丸の審神者も二人が残るのみとなっていた。
主の先輩にあたる男審神者と、長い髪を紫の紐で縛った女の審神者だ。各々の傍らに、薬研と不動、歌仙と堀川と同田貫が控えている。薬研、歌仙、同田貫は、主奪還のため出陣してくれた刀剣男士だ。四人は頭を下げた。

「お前が無事で良かった。本当に……無事で。補佐殿には感謝しなければならないな」
「心配かけてすみません。色々と本当に、ありがとうございました。手入れもしてもらっちゃって、先輩には感謝してもしきれません」
「無事であってくれたなら、それで充分だよ」

主と男審神者が肩を抱き合う中、彼女は小さく会釈をし、女審神者の方へと向かう。女審神者が残っているのは、膝丸の手入れを担っていたからだろう。
どうですか、と彼女が問いかければ、女審神者は手入れ部屋の方へ視線を向けた。

「多分起きてます。手入れは……あとは式神に任せるのみの状態ですけど、手伝い札を使わなければ明日までかかりますよ。ほんとに使わなくていいんです?」
「私が傍に行けば、直るはずなんで。ありがとうございます、面倒をおかけしました」
「そう思うんなら今度城下町の朱堂ってとこの黒糖饅頭をアイタッ! 何すんの歌仙!」
「こんな非常時の余所様にたかるんじゃない。すまないね、うちの主が。手入れは気にしないでくれ、今の君ではつらいだろう」
「……お気遣い、ありがとうございます。歌仙様」

余所の歌仙だからだろうか、彼女はいつもより丁寧な態度だった。気をよくしたのだろう、女審神者の歌仙はゆるりと微笑み、無理はしないようにね、と彼女に言い含めるようにして伝え、女審神者を引っ張りながら帰って行った。
男審神者たちもしばらくしてから自身の本丸に帰り、この本丸は、まだ襲撃の傷跡が少なからず残っているものの、常通りの状態に戻る。

それが嬉しいはずなのに、秋田はどうにも、そわそわとしていた。

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