妄執 [41/56]


女は、冷静だった。刀剣男士が三体。手持ちの刀剣は全て壊された。ここまで刀剣男士が辿り着いたのだから、まだ剣戟が聞こえるにしても、こちらの増援は見込めない。
穴を開ければこちらが有利となるが、あれは開くのに時間がかかるもの。そのような時間稼ぎの手段はなく、おそらくあったとしても、この三体が許さない。

目的としていた、お姫様へと視線を向ける。彼女は似合わない拳銃を手にしたまま、きっと彼女のなんだろう刀剣男士を見つめていた。女を見てはいない。
代わりにもならないが、審神者がこちらを見据えていた。睨み付けるかのように、敵意が満ちた視線。ふっと軽く、鼻で笑う。選ばれておいて尚、そこまで嫉妬が出来るのか。幸せな人間は欲張りだ。

ここで女の過去を振り返るのも一興だろう。死ぬ直前の走馬燈みたいなものだ、そう長くはかかるまい。
けれど、女は振り返らない。己の過去などどうでもいい。重要なのはこの国の過去だ。間違っている過去だ。間違った歴史をあるべき形に正すためだけに、生きてきた。それが全てだ。

きっと、いいや確実に、女の生はここで終わる。どれがかはわからないが、刀剣男士の刀に貫かれるか斬られるかして、それで終わり。主を奪われた刀剣の怒りは、今までも目の当たりにしてきた。理解が出来なかった。
でも今は、少しだけわかる。欲しいと思ったもの、自分のものだと決めたものが奪われれば、そりゃあ怒り狂うのも当然のこと。
そんな無粋な真似を女はしないけれど、少し、残念だった。惜しかった。あれがわたしのものになってくれれば、きっとこれから先、女は自分の生が明るく楽しいものになるだろうと思えた。全ての道が開けるだろうと思った。

だから消えないように連れてきたのに。もっと早く、迎えに行くべきだった。

女はその時初めて、個人としての過去を悔やんだ。大義ですらないそれは、私欲にまみれたそれは、初めての感情だった。
そうしていれば、今、彼女はわたしの隣に立っていたかもしれないのに。

「ねえ、お姫様。正しい歴史って、何だと思う?」

肩を竦め、両手を挙げたままの姿勢で、彼女へと顔を向ける。彼女の視線が女と重なった。女には到底持ち得ない、綺麗な瞳だった。綺麗な姿だった。

「――さっきはああ言ったし、あれも本心だよ。でも、私は、今を生きる人のための礎。それが、正しい歴史だと思う」
「だから、過去を蔑ろにしてもいいと?」

彼女が今を肯定するから、女は僅かに眉根を寄せた。
確かに、全ての歴史を修正し終えた後、女ですら消えずにいられる保証はない。歴史修正主義者の人間たちだって、みな、その可能性を抱えている。
けれどそれは、過去を蔑ろにしていい理由にはならない。間違った歴史に洗脳されたものたちとは、やはりわかり合えないのか。それでも彼女なら、あるいは。

何を思ったのか、彼女が拳銃を手にしたまま、審神者の結界から出た。審神者の止める声も聞かず、刀剣男士の制止も聞かず、真っ直ぐに女の元へと歩いてくる。
ああ、やっぱり、と女は少しだけ期待した。でも、そうじゃないんだろうな、と自覚もしていた。
わたしのお姫様。わたしが欲しかったもの。わたしのもの。
そうじゃないから、彼女は今、女に拳銃を突きつけている。震える手で、けれど、女の心臓を捉えながら。

「こういう話って、結論出ないんだよ。過去も大事。今も、勿論未来も大事。私にはあなたが持ってるような大義もないけど、それでもきっと、死ぬべきじゃない人が死んでいったんだろうなと思うし、個人的に、志半ばで死んでほしくなかった偉人だっている」
「なら、」
「それでも私は、今ここで、自分が選んだ場所で、生きていたい。彼の隣が、今の私の居場所だから、それをなくしたくない」

女は口を噤む。そうだろう、わかっていた。それでもわたしのものになってほしかった。だから少しだけ、残念だったんだ。
ほんの一瞬だけ、女は唇を噛んだ。そうしてすぐに顔を上げ、口角を吊り上げて彼女に笑みを向けた。

最期の瞬間まで、女は歴史修正主義者だ。改心など、有り得ない。なぜなら女は正義で、悪は審神者擁する時の政府。改めるべきはそちら側で、こちらではない。
だから命乞いもしない。命の終わるその時まで、女は強者らしく笑い、時の政府を、審神者を、刀剣男士を、憐れだと蔑み続ける。

「逃げないの」

ぽつり、彼女が呟いた。女の傍らにはまだ、あの渦がある。場所も時空も関係なく、あらゆる場所へと移動できるそれ。
まるで逃げて欲しいような物言いに、女は一瞬だけ悩んだ。今背を向ければ、三体くらいの刀剣男士が相手であれば、逃げるくらいの余裕はある。彼女は諦めざるを得ないけれど、また機会はあるだろう。元より彼女はこちら側の思考をしている。あの審神者は素直な性格をしている。御しやすいとは心底思う。
けれど。

「君を引き込めなかった場合、わたしはここで死ぬ運命だったんだよ。正しい歴史は正しいままに。長い目で見れば未来すらも、決まった歴史だ。正しい歴史は変えない主義なんだ」

女は嗤う。彼女は、顔を顰めでもするかと思ったが、そう、と小さく頷いただけだった。
両手の震えは止まっている。銃口は真っ直ぐに、女の心臓へ狙いを定めている。

主、と刀剣男士が彼女を呼んだ。やめろ、と審神者が彼女を止めた。
邪魔をしないでくれ。今この瞬間だけは、わたしと彼女だけの、世界なんだから。彼女の唯一が、わたしとなるのだから。部外者は部外者らしく、外側で黙って見ていればいい。

一発の銃声が、鳴った。

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