争奪戦 [39/56]


私は、歴史修正主義者に攫われた彼を助けに、阿津賀志山に単騎出陣して、慣れない山歩きにゼェハァ言いながらようやく、敵本陣に辿り着いたはず、だった、んだが。

「おや、ハーブティーは嫌いかい? まあ確かに万人が好む味ではないが……食わず嫌い、この場合は飲まず嫌いかな? せずに、とりあえず飲んでみたまえ。心が落ち着く。焦る必要はないのだからね」
「……お、おう」
「いや飲んじゃだめだよ」

何故私と彼は、件の女に、優雅なティータイムのご案内をされているのだ?


本陣に辿り着いてすぐは、ひとまずこっそりと様子を窺うか、それとも堂々とヒーローさながらに入り込んでみせるべきか、と数秒悩んだんだが、結局どうせバレるだろってことで堂々と正面突破することにした。
お邪魔しまーす! とヤケクソに勢いよく入り込んで尚、辺りをうろついていた遡行軍は手出ししてくることもなく。戦国時代の本陣みたいな……あの段幕のようなもので前後左右を覆われただけの場所は、空は普通に見えるし建物なんかも見当たらない。お粗末すぎない? と思いはしたものの、口に出すことはなく真っ直ぐに奥へと進んだ。
最奥は更に段幕で遮られており、その向こうから微かに彼の霊力を感じ取る。呪具で繋がっているからだろうか、はっきり、そこにいると確信出来た。
やっぱりこっそりするか堂々とするか一瞬悩んで、まあもう堂々と行くしかないわな、と自己完結。よっしゃ行くぞ、何があっても頑張るぞ、と覚悟を決めた瞬間。

「お前何で一人グエッ」
「こら、囚われの王子様はおとなしくしているべきだろう」

バサァと段幕を分けて飛び出てきた彼の、首根っこを女が掴んでいた。あれえこれシリアスな感じじゃないの? の思いと、何してんだはこっちのセリフだな〜? の思いでいっぱいになり、思わず空を仰いでしまった。おそらきれい。

じたばた暴れる彼は手こそ拘束されているものの、それ以外は自由の身であるようだし、なんなら今も普通に、女に引きずられてはいるが歩けている。手の拘束になんかしかの縛りがあるのかもしれない、と頭の隅で考えた。
女は私に背を向け彼を引きずっていたけど、私が立ち止まったままなのに気付いたのか、不意に顔だけを振り向かせる。そうしてにこりと、作り物のような顔を笑みに染めた。

「おいで、お姫様。ひとまずはお茶でもしようか。わたしたちのことを、君は、何も知らないだろう?」
「俺のことはいいから、お前、帰れ! 一人が二人になったとこで、俺らじゃ……っ、俺がこいつを押さえてる内に!」
「……押さえられてるの、君なんだよなあ……」

どうもこう、余りにも緊迫感のない女につられて、思わずツッコミを入れてしまう。彼はどうやら必死且つ真面目のようなのだけれど、なんかそういうボケキャラにしか見えなくなってきた。なにこの状況。
女は身体に見合わぬ腕力で彼をさっさとイスに座らせ、女もその向かいに腰を下ろす。彼が座った瞬間、その傍らに苦無がすり寄った。彼は暴れるのをやめる。

「座って」

やや語尾を上げながらも、それは明らかな命令形だった。
シリアスかギャグかどっちかにしてほしい、一瞬遠い目をしてから、ため息交じりに私も彼の隣へ腰を下ろす。場にそぐわない、西洋っぽい雰囲気のテーブルとイスだった。
そしてその直後、敵太刀がティーポットとティーカップの載ったトレーを両手に現われたもんだから、私は死んだ。


 *


私から見て右手にぐるっと、苦無、彼、太刀、女、苦無、私、という形で今はティータイムと洒落込んでしまっている。苦無は浮いているし、太刀は立ったままなので、座っているのは三人だけだ。
女の勧めるまま縛られた手でハーブティーを飲もうとした彼をどうにか止め、良い香りのするハーブティーも、添えられているリーフパイも美味しそうなのだが、手にすら触れようとはしなかった。何が入っているかわからんし。
いやでもリーフパイ本当に美味しそうだな。香ばしそうな焦げ目がつやっとしてて、表面の砂糖がきらきらしてて、サクッとパリッと美味しそうなのが見ているだけでわかる……本丸に帰ったら作ろう……。

「ていうかもしかして君、私が来るまでに何か食べたり飲んだりしてないよね?」
「してない、っつーか、今初めて出された」
「主賓は君だからね」

ふと不安に気付いたものの、否と答えられてほっとする。けれど続いた女の、やっぱりどうにも気安い笑顔で、若干顔を顰めてしまった。
これで女が敵じゃなければ夢見心地だったろうに、と少しだけ残念に思う。
作り物のようで怖気すら感じるけれど、それでも事実、女は綺麗なのだ。完璧を絵に描いたらこんな感じになるんじゃないか、とすら思う。欲を言うなら私はもうちょい胸がでかめの方が好きだけど。脱線。

女は足を組んだ姿勢で優雅にハーブティーを飲み、音も立てずソーサーに戻して、ゆるりと私へ視線を向けた。真っ黒の瞳の中、一点だけが赤く光っているように見える、不思議な目。
一秒も経たない間に目を逸らせば、くすくすと静かな笑い声が聞こえた。

「そうだね、まずは……やはりお話をしようか。ねえお姫様。君は、正しい歴史、とは何だと思う?」

そのお姫様って呼び方なんとかなんねえかなあ……とあからさますぎる嫌な顔を向けたが、女はどこ吹く風である。
かといって名を教えるわけにもいかず、勿論この女に補佐とか霊力供給機とか呼ばれる筋合いもなく、ならまあもうどうでもいいわ、と諦めるしかない。でも嫌なもんは嫌である。嫌である。

女の問いに意識を戻す。
正しい歴史。言わんとすることは、まあ、なんとなくわかる。ちらと彼に視線を向ければ、助け船を求められたと思ったのか、彼が口を開いた。

「正しいも何も、なんかそういう仕事の人が調べたやつとか、教科書とかに載ってるのが、事実だったんじゃねえの?」

素直だ、と思った。そう思ったのを察されたのか、女が唇の両端を吊り上げる。
すぐに顔を逸らし、何と答えたものか悩んだものの、時間稼ぎには丁度良いかと思って正直に答えることにした。

「事実もあるだろうけど、教科書に載ってるような歴史が、全てがまるっと真実とは限らないと思うよ。わざとじゃなくて、普通にミスとか、よくよく調べたら違った、とかさ。私らが子供の時は鎌倉幕府の成立年、一一九二で覚えたし、教科書にもそう載ってたじゃん。今は調べ進んだかなんかで、一一八〇年だとか、一一八三年だとか、諸説あるらしいよ」
「ええ……いい国作ろう鎌倉幕府になんねえじゃん……」
「ほんとにね、今の子どう語呂合わせしてんだろう。……じゃなくて、つまり正確な資料なんて紙と筆だけみたいな時代じゃあ残しようもないし、技術がいくら進んでも、教育によって知った事実なんていくらでも変わる可能性がある、ってことで」

女は笑顔のままだ。にこにこ、という笑顔ではなく、ただ唇も目元も歪めただけの、怖気のする笑顔だったが。
ほとんど彼と話している体になってるな、と考えながら、再び視線を逸らす。

「でもじゃあ、正しい歴史、なんかわからねえってことじゃねえの」
「これは私個人の感覚だけど……正しい歴史、の定義によっては、わかると思うよ。わかるというか、知れるというか」
「定義?」
「その時代の覇者にとって、都合の良いこと。それが正しい歴史」

はあ? と彼は眉根を寄せた。そんなん正しくねえじゃん、と続く言葉に、もっともだと頷く。
「正しい」を「真実の」として受け取るならば、時代の覇者にとって都合の良い歴史は、正しい歴史ではない。

「それでも例えば、ある時代の覇者となった人が、同じくらい覇者になれる、なるべきだった人をめちゃくちゃ卑怯な手段で蹴落としたとしたら。それを、その時代の人に教えると思う? 後世に、残すと思う?」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「うん。普通は残さない。自分が王になるべくしてなったのだと、相手こそが卑劣な存在だったのだと、自身の正当性を書面に残す。全部が全部じゃないだろうけど、そういう歴史もいっぱいあると思うよ。だから世の中にはきっと、事実じゃなくその時の覇者にとっての正当性のみを示した、正しい歴史、がいっぱいある。全体にとってじゃなく、個人にとって、あるいは一部にとってのみの、正しい歴史が」

なるほどなあと納得してしまった彼の正面、私の斜め横に座っていた女が、突然立ち上がった。
ぎょっとして彼と共に視線を向ければ、女はやっぱり笑顔だ。けれどさっきまでの笑顔と違い、まるで感極まったとばかりの、満面の笑みだった。

「やっぱりわたしの見込んだ通りだ! はは、ねえ苦無、君もそう思うだろう! 太刀も! 彼女はわたしたちの側にこそ居るべきだ!」

横側からぎゅうと強く抱きしめられてしまい、唖然とする。完全なるフリーズだ。彼もポカンと呆けた顔で、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる私を見つめている。
抱きしめられたままの姿勢で、左手首の腕輪に指先を一瞬かすめる。そのまま、右手で女の腹部辺りをそっと押しのけた。女はまったく引かなかった。

「苦無、他の奴らに伝えておいで。これはわたしがもらう! わたしが使う! 霊力だけなら多少持ってっても構わないが、これはわたしのだ!」

きゃっきゃと喜ぶ女の指示で、苦無の内一体がふよふよとどこかへ離れていく。それを見送り、まだ私に引っ付いたまんまの女を見上げて、ようやく違和感に気が付いた。
この女、顔が綺麗すぎるのと、私より背丈が高いこと、そしてハスキーな声からして漠然と年上だと感じていたんだが、どうやら私より年下、どころかもしかしたらかの見習いちゃんよりも下かもしれないらしい。骨格というか顔立ちというか、なんというかわからないんだが、成人してるかどうか、くらいの年齢な気がした。

「おい」

ぐい、と右腕を引かれる。縛られたままの両手で、彼が私の二の腕辺りを掴んでいた。
ほんの一瞬前まで楽しげだった左側の女が、ぴたりと動きを止める。横目に盗み見れば、なんの表情も浮かんでいない顔で、彼を見据えていた。美人の真顔こっわ。

「こいつは、俺のだ。勝手にお前のもん扱いすんな」
「嫌だ。わたしがもらう。これは君たちみたいに無粋な人間が持ってていいものじゃない。こちら側に在るべきものだ。わたしのものだ」
「俺の補佐だ! 触るな離れろ!」
「嫌だ! わたしのものだ!」

ぐいぐいと両腕を引っ張られる。なんだこれ。何なんだこれは。
右へ左へとぐらぐら動かされまくりながら、やっぱりギャグじゃねえか、と脳内で独りごちつつ、とりあえず浮かんできた言葉を吐き出した。

「わ、私のために争わないで……」

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