単騎 [37/56]


当然ながら政府も含め、その場にいた全員が大反対した。場所が分かれば話は早い、と準備すらろくにせず正門へ向かおうとした私を、羽交い締めせんばかりに引き止めてくる。刀剣男士はまだわかるが、政府の術者や白衣の女性までもが、私の足にしがみついていた。
なりふり構っていられないレベルで、私を行かせたくないらしい。
それでも私が一人で行かなきゃ、彼を返してもらえないのだ。だったらそうするしかない。膝丸はまだしも、何で彼の刀剣男士まで私を止めるのか、わからなかった。罪悪感、だろうか。

離して、と私は努めて冷静に告げる。誰も手を離してはくれない。
何をしようとしているのかわかっておいでですか。あなたを敵方に渡すわけにはいかないのです。これが、政府の言い分。
君一人でどうやって主を救うと言うんだ。あなた一人が出向いたところで、主もろとも敵に捕らえられるだけです。己の霊力も使えない身で、一体何が出来る。これが、彼の刀剣男士の言い分。
そして。

「俺の主は君だ! 俺を、たった一人の主すら守れない、なまくら刀にするつもりか!?」

これが、膝丸の言い分で。
さすがの私もその言葉には、ぴたりと反抗を止めた。急に力を抜いたものだから体勢が崩れ、膝丸に抱き留められる。
そのままの姿勢で膝丸は私の顔を無理矢理上げさせ、視線を合わせた。

「俺は、俺だけは君の刀だ。だからこそ君の蛮勇を止める。それでも、俺の存在意義を切り捨ててでも彼を助けに行くと言うのなら、俺はこの場で君を殺す。それが俺の役目だ」
「……膝丸」
「それが嫌なら主に刃向かう刀など、折ってしまえ。そうして俺の破片でも武器にして、阿津賀志山へと行けばいい」

膝丸の目は、逸らしたくなる程に真っ直ぐだった。でも、逸らしたいのに、逸らせない。目を背けることを、許してもらえない。

矛盾している、そう思った。殺してでも止めると言った口で、それが嫌なら折れと言う。その破片を武器に、阿津賀志山へ行けと言う。
きっと、多分、行かせてやりたいという気持ちが、多少なりともあったんだと思う。でも、行かせるわけにはいかなかった。私が膝丸の主だから。膝丸は、私の護衛役だから。

少しだけ、言い淀む。
――蛮勇。ああ確かに、私のこれは蛮勇だ。むやみやたらに、向こう見ずに、私は突き進もうとしている。自分はどうなってもいいと、彼さえ助かればそれでいいと。
何も考えてないわけじゃない。みすみす捕まるつもりもない。それでもまともな策があるわけじゃないし、私一人でどうこう出来るものじゃないともわかっている。

でも、じゃあ、どうすればいいの。こうしている間にも、彼は一人で敵陣に捕らえられているのに。

「私は……死にたくないし、膝丸を折りたくもない。でもやっぱり、彼を助けにはいかなきゃいけない。私一人で阿津賀志山に行かないと、彼を救えない。バカだってわかってる。私は戦えないし、審神者みたいに結界なんかもはれないし、頭だって良くはない。
 だけど、行きたいんだよ、膝丸。行かなきゃじゃなくて、行きたいの。私は彼に救われていた。この一年間ずっと、彼がいてくれたから平静を保てた。誰に疑われても、何があっても、彼が私を傍に置いてくれてたから、私は泣きじゃくらずに済んだんだよ。そんな大切な人を救えるのは、私しか居ないのに。私の所為で、彼は連れ去られたのに。どうして黙って座ってられると思うの?」

そうっと、膝丸から距離をとる。背に回された腕はあっけなく緩められて、一歩分離れた距離で、私は再び膝丸を見上げた。

「私はわがままだから、膝丸も折らないし、彼の元へも行きます。もちろん私だって、捕まりたくはないです。だから、……お願いします、膝丸」

きっと、私と膝丸だから、出来る策。妨害される可能性も、失敗する可能性も大いにある。私は一人で突っ走って、彼も救えず敵に捕まるかもしれない。
それでも、ほんの一欠片でも、成功する可能性があるのなら。

「力を貸してください。彼も、私も、救えるように」


 *


正門をくぐり抜けた先は、鬱蒼とした山の中だった。武家の記憶、阿津賀志山。
まさか自分の足でこの地を踏むことになるとは、と状況も忘れて一瞬感慨深くなる。三日月捜索及びレベリングのために、幾度ここを周回したことか。寅に逸れた時の殺意は半端じゃなかった。

瞬きで追憶に区切りを付け、一歩踏み出す。
私にだけ見えるのか、ご丁寧にもうすらとした明かりが一本線に、どこかへと伸びていた。明かりに導かれるまま、ゆっくりと進んでいく。
舗装されてもいない山道を進むのは、わかってはいたけれど大変だった。進むべき道がわかっているのが、唯一の救いだろうか。政府の人が揃えてくれた所持品の一つに、靴が入っていた理由を悟る。そりゃあ、私の持っていたヒールの高いパンプスやら、本丸で履いていた草履なんかじゃ、こんなとこ歩けるわけがない。

所持品は他にもある。
元より私が付けていたピアスと腕輪は勿論のこと、政府の術者が霊力を込め、いわゆる呪文的なものを口にすれば霊力が使えずとも発動してくれる護符を、持てるだけ。なんかこう気恥ずかしさ満点のアイテムなので、出来れば使わずに乗り切れたらいいと思う。
次に、小型の拳銃と弾丸。政府は付喪神となっていない短刀でも、と思っていたらしいが、両方を試してみた感じ、拳銃のがまだマシな方だった。
たとえ短刀でも、日本刀はだめだ。あれは熟練者が使うもんだ。私が短刀を扱ってみた瞬間には、今剣も思わず引き気味に呆れていた。なので、拳銃。出来ればこれも使わないまま終わりたい。持ってるだけで怖い。
他にも連絡用の携帯端末と鏡や、彼が洗脳されていた場合にそれを解く薬と呪具。救急セットと呪いを防ぐ、または解く護符。水や食料。そんなこんなが丸っと全て、某四次元なポケット風の巾着袋に入っている。未来って便利。
しかし今の私は、科学とオカルトを一手にしているなと、振り返ってみて実感した。なんか異世界トリップモノの主人公になった気分だ。……いや、あんまり間違ってはいないな?

体力にも限界はあるので、時折休憩を挟みながらも歩き続ける。
女の言っていた通り、遡行軍はまったく姿を見せなかった。気配なんてものを感じる能力はないから何とも言えないが、見張られているような気もしない。

本丸を襲撃された時に水晶へと移した霊力は、二割ほどを回収した。これで水晶に残った霊力は五割となったが、それでも一般的な審神者と比べれば充分すぎる量だ。
襲撃が終わってから話し合い等の時間も含め、少し休めた私の霊力も、一割ほどは回復している。つまり私の身体には今三割程度の霊力が残っていて、歩き回るにはまあ、一応充分と言える量だった。
動くからには、体力だけでなく霊力も必要だ。けれど霊力が満ちている状態で敵陣に赴くわけにはいかず、こうなった。この三割分の霊力が、政府にとっても妥協点だったのだ。
場所が場所だからか、その霊力もじわじわと増えている気がする。敵本陣に着く頃には四割くらいには戻ってるかもな、とぼんやり考えた。


巾着片手に歩きながら、ふと腕輪へと視線を向ける。
膝丸が身につけているチョーカーと、同じデザインのもの。私と膝丸とを繋ぐ、唯一の縁。

一番の目的は、彼を救うことだ。それ以外はどうなってもいいと、今でも私は思っている。
それでも、膝丸を切り捨てるわけにもいかなかった。膝丸の期待を、裏切ってはならなかった。彼の刀剣男士たちももちろん大切だけれど、私の刀は、膝丸だけなんだ。

そっと目を伏せて、ゆっくりと顔を上げる。
正面に、敵の本陣が見えていた。

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