夕食 [3/56]


「とにかく、お前に言っておかなきゃいけないことがある。まあ、喋れねえなら関係ないだろうけど、俺の名前は絶対呼ぶな。俺の親とか、兄弟のもな。お前も、自分の名前は言わない方がいい。俺も呼ばねえ。それと、お前を案内した今剣。他にもいっぱいいんだけど、あいつらは日本刀の付喪神で――」

続く言葉は私も充分に存じている事柄だったので、話半分に聞き流す。
起きてから何も口にしていないから、喉が渇いたしお腹もすいた。外が暗いってことしかわからないから時間は知らんけど、夕食時は過ぎたんだろうか。寝てる間に終わってたにしても、せめておにぎりの一個くらいは恵んでもらいたいものである。夕食がまだならご相伴にあずからせてほしい。

にしても彼は、私のことを政府に報告していないのだろうか。そこまで気が回らないほどに動揺していた可能性は高いけれど、審神者として第一にやらなきゃいけないのは報告な気がする。
私が、遡行軍のスパイ、って可能性だってあるのだし。顔見知りだからってあまりにも甘過ぎやしないだろうか。
そろそろ喋った方がいいかなあと思ったが、口がカラッカラで声は出そうになかった。お茶の一杯でも出していただけませんかね。

「――ってことだ。わかったな」

ていうか何でちょいちょいこの子は私に対して命令口調なんだ。
不服に思いながらも、一応本丸、つまり彼の家にお邪魔させていただいている身なので、おとなしく頷いておく。布団も服も借りちゃったし。薬も飲ませてもらったし。仕方ない。

「お前が喋れたんなら、そっちの事情も聞けたんだけどな」

ため息をつく彼に、トントン、と机を叩いて視線を上げさせる。次いで己の喉元をトントンと指し、お茶を飲むようなジェスチャーをしてみせた。
しばらくぽかんとそれを眺めていた彼が、間をあけて「ハァ!?」と声を荒げる。すぐキレる若者マジこわい。

「まさか喉渇いて声出ねえだけ!?」

イエス、と右手の親指を上げた。きちんと通じてくれたようで何よりだ。
彼は深すぎるため息をついてからちょっと待ってろと席を立ち、引き戸の向こうに消えた後、一分足らずで戻ってきた。
手に抱えているのは三種類のボトルと、コップ。

「俺、お茶飲まねえから。水かコーラかジンジャエールしかこっちにはねえんだよ。母屋なら光忠か鶯丸がなんかしら作るんだけどな」

机へ無造作に置かれたボトルの中から、これは完全に一択だと思いつつ水を選び、コップに注ぐ。軽く頭を下げてから、一気飲みの勢いでそれを飲み下した。二杯目も勢いよく飲み、人心地がついた気持ちになって、そのままソファに沈む。

「……ありがとう。それと、ひとまず、これだけ」

コップを机に戻し、曖昧な表情で告げる。

「少なくとも今の私は、君を覚えてるよ。久しぶり。まさか、こんな再会をするとは思わなかった」

彼も彼でコーラを、ボトルから直接飲んでから――ため息交じりに笑った。

「まったくだ」


 *


それからはこっちの事情をあらかた話し、電車何なんだよこええ! と彼がシャウトする様を眺めながら、こんな子だったのかと妙に感慨深くなったり、そういえば政府に報告しないの? と問えばッアァ忘れてた! と頭を抱える彼に、いやこいつこんな子だったか? と首をかしげたりした。
成人式を除けば高校卒業以来の、それも高校までだってほぼ話したことない相手なのだから、そう思うのも致し方ないか。

彼が政府に連絡をすれば、すぐに担当官と他数名が本丸に来ると伝えられたらしい。今度こそ拷問だなんてことになったらどうしよう、とひっそり顔を青ざめさせる私なんて気にも留めず、彼はどこか肩の荷が下りたような表情で母屋の方を見やった。

「すぐっつっても担当官たちが来るまで一時間弱くらいかかるらしいし、先にメシにしようぜ。鶴丸の料理はうめえぞ」
「……鶴丸?」

私が彼の名を反芻したのは、歌仙や光忠じゃないんだ? という意味だったのだが、もちろんそんなこと知るよしもない彼は「刀剣男士の一人」と説明をしてくれた。
知ってるんだが、……まあそこまで話す必要もないだろう。

どうやら夕食はまだだったらしく、ご相伴にあずかれるなら儲けものだ。
今剣と歩いた道を、今度は彼と共に進む。横に並ぶほどの仲ではないので一歩どころか三歩くらい後ろを歩いて、どこか楽しげに鶴丸の作るご飯について語る彼の後頭部を、漫然と眺めた。
さっきから妙にテンション高く見えるのは、あれか。世界に俺を知ってるのは俺しかいない、自分は一人ぼっちだと思っていたのに、思わぬ知人が現れたからだろうか。知らんけど。
私が相手でこれなのだから、これが親兄弟や友だちだったなら万歳三唱でもしてそうだ。彼女だったら抱えたままくるくる回ってそう。いや知らんけど。

辿り着いた食堂か大広間か、そこにはざっと数えて四十振くらいの刀剣男士が揃っていた。思ったより少ないと感じたのは、私の本丸には六十振近くいたからだろうか。
彼は審神者になってから五年と言っていたけど、ゲームとして考えるとこの世界はどれくらい経っているのだろう。村正は実装されてるのかな、ここにはいないようだけど。

「多いだろ? これが全員、付喪神なんだぜ」
「え? ああ、うん。驚いた」

嘘は言ってない。本来ならもっと、あのあれだけハマっていたゲームのキャラたちが揃っているのだから、わあ〜! とテンションを上げるべきなんだろうけど。
なんっかどうにもそういう気分にならないのは、この本丸の審神者が彼だからだろう。いまいち感情の置き所がわからない程度には、ただのクラスメイトって微妙な距離感なのだ。

彼が「もうこいつと口きいていいぞ」と刀剣男士たちに声をかければ、出入口の側で三条派と固まっていた今剣がひょこりと顔を覗かせた。

「しゃべられるようになったのですね」
「あ、はい。おかげさまで。お世話になりました」
「あるじさまのおねがいでしたからね! あとでやげんにもれいをいっておくのですよ」
「はい、もちろん」

距離感のわからない元クラスメイトより、適切な距離を置ける刀剣男士の方がどちらかといえば気楽だ。とりあえず敬語で喋って愛想良くしとけばいいのでは感がある。
粟田口で固まっている箇所に座っていた薬研にも改めてお礼を言い、無理はすんなよと返されて若干きゅんとする。
いいなあ、私も自分の刀剣がほしくなってくる。うっかりどっかに私の本丸ないかな。あったとしたら昨日から主が帰ってこない! ってなってそうだけど。

さて、なんとなく彼の進むままついて行っていたら、当然のように上座へ辿り着いてしまった。しかもご丁寧に、おそらく私のためだろう席があけてある。
隣じゃないだけ、まだマシか……? と数秒押し黙ってから、どうしたもんかと悩む。
彼はここの主だし、刀剣男士は付喪神だ。末席とはいえ、神様だ。そんな刀剣男士たちを押しのけて彼に次ぐ上座に座るだなんて、不遜もいいとこなのではないか?
と、思いはするも……なんかもう席作られてるし、唯一の女だからかなんか妙にかわいく盛り付けられてるし……。
「座らねえの?」と既に着席している彼に見上げられ、私は諦念を抱きながら彼の斜め前に正座した。文句つけられたら後で謝ろう。

いただきますの合掌をしてから周囲をぐるりと見てみれば、私の隣に座っていたのは、この料理を作ったらしい鶴丸だった。とはいえ、さすがにこの数の調理を一人では行えないだろう。他にも手伝ったものはいるはずだが。

「きみが主のお客人か。女の審神者は演練で目にするが、審神者でない女を見るのは初めてだな」
「そうなんですか」
「そいつがこれ作った鶴丸だぞ。随分と張り切ったんだな、鶴丸」
「そりゃあ初めての客だからな! あっと驚かす料理を見せて、楽しませてやろうと思ったんだ! さあ、存分に楽しんでくれ」

世の中には色んな種類の鶴丸がいて、それこそきっとこの美味しそうなかぶら蒸しの中に規格外のわさびを突っ込むような鶴丸もいるにはいるんだろうけど、なんとなくこの鶴丸は違うな、と思いながら改めて手を合わせた。
いただきますと呟き、わくわくした鶴丸の視線を感じながら、箸でかぶら蒸しを割る。
中から出てきたのはふっくらとした白身魚と、綺麗に飾り切りされた人参。
えっすごいかわいい! と思った私と、あっぶねえ箸でこれ切らなくて良かったァ! の私が一瞬せめぎ合い、えっすごいかわいい! の私を無理矢理勝たせて鶴丸へ視線を向けた。
漫画だったらふんすと鼻息が出ていそうなくらい、得意げな、そして満足げな顔で、笑っている。ああ、よかった、となんとなく思えた。
しかしその後も続々続いた趣向を凝らした料理に、これまさか全員分やったのか? 刀剣男士やばくない? と心の隅っこで震えてしまう私もいた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -