説明 [36/56]


それからは本当に、忙しかった。
まずは政府の要請で訪れた数人の審神者が、刀剣男士の手入れをしてくれる。中には件の先輩審神者もいて、彼が攫われたと知り、深く動揺していた。それでも私を責めはしないのだから、出来た人である。
手入れをしてる間に政府の術者や研究員が敵の痕跡なんかの調査を行い、並行して本丸の修復も少しずつ為されていく。

私はほとんど動けないので、手入れを終えた膝丸に抱えられながら、担当官他四名の政府関係者と共に執務室へ向かっていた。同じく手入れを終えた長谷部、鶴丸、山姥切、今剣も一緒だ。
術者だろう和装の男性の手には、布に包まれた苦無の破片。これを見つけた時の政府の反応は凄まじく、それが何かはわからずとも、危険視すべきものだとは理解できたようだ。
そして刀剣男士たちの話によって、私がそれを知っていた、とわかってからは尚更、凄まじく緊張している。そこまで緊張しなくてもいいのに。敵じゃないよ私。

執務室についてからはひとまず事の顛末を説明し、その後、苦無について何故知っていたのかを問われた。
それに答えようとしたら、私はこの一年黙り続けた隠し事を話さなくてはいけなくなる。それはただ、本当にただなんとなく嫌だったのだけど、今となっては話す必要よりも、黙する必要の方がなかった。

でも一つだけ、気にかかる。
私の隠し事の一部は、きっとまだ、この世界の人たちが知らない情報だ。もしかしたら政府は知ってるかもしれないけど、少なくとも今この場に居る刀剣男士には知り得ないもの。
それを話して、知らせるのは、歴史修正にはならないんだろうか。
早く話すようにと、半ば敵と対峙するかのような態度で急かす政府の人間へ、ゆっくり視線を向ける。あからさまに怯えられた。いやだから敵じゃないよ私。

「話しても、いいんですね?」

とりあえず確認はとっておく。後のことは知らない。彼さえ無事に助けられるのなら、大概のことはどうでもいい。
政府の人間はポカンとしながらも、頷いた。

「――まず、前提からなんですけど」

そうして私は、肩を竦めてから話し始める。
私の隠し事。ずっと黙っていたこと。何で私が刀剣男士を知っていたのか。何で私が、この世界に来てからも然程取り乱さなかったのか。

私の時代には刀剣乱舞というゲームがあった。そこで審神者として、刀剣男士たちを育成していた。私の本丸には六十人ほどの刀剣男士がいて、カンストしているのは半分近く。初期刀は山姥切、初鍛刀は今剣。クリアしてるステージは江戸城内部まで。
そこまでを話し、一旦区切る。
政府の人間はやっぱり、ポカンとしていた。怪訝そうに、何言ってんだこいつ、の顔をしている者もいる。けれど何も言えなかったのはきっと、江戸城内部というまだこの世界では行けない場所の、名前を出したから。

「苦無は江戸城のある、延享の記憶にて出現する敵でした。私が苦無を知っていたのは、既に審神者として苦無と戦闘した経験があるからです。あれは機動値も打撃値も高く、レベル九十九の大太刀ですら一撃で戦線崩壊に追い込まれる。事実、カンストしてる膝丸や鶴丸さんも、苦無に重傷を負わされました。
 苦無の対処は、機動力のある太刀で攻めるか、刀装を三つ持てる太刀ないし大太刀で攻めるか、投石兵を持たせた打刀で攻めるか、極短刀で攻めるか。とにかく後手に回ってはいけない。この本丸では投石兵を用意する余裕もなかったので、ひとまず膝丸、鶴丸さん、蛍丸さんの三人に対処をお願いしました」

敢えて極短刀の名も挙げれば、案の定内一人がぴくりと反応した。
とりあえず必要なことは話し終えたはずなので、口を閉ざす。沈黙し続けていた政府――スーツ姿の男性が、ゆるゆると視線を上げた。

「何故、そんなことまで、」
「だから言ったじゃないですか。ゲームをしていた、と。修行を終え極となった短刀は六人を越えます。江戸城下もある程度安定して周回出来る程度には育ててました。私が持ってるはずのない知識を持っているのは、それくらいにゲームの世界の方が、今のこの世界より進んでいただけのことです」
「ゲーム!? そんなことが、信じられるとでも!?」

白衣を着ている女性が、声を荒げる。術者らしい男性がすぐに宥めようとしたが、女性はヒステリックにわめきちらした。
歴史修正主義者のスパイだの何だの、情報を流してどうするつもりだだの。そこら辺は無感情に聞き流していたのだが、侮辱ともとれるそれらに、膝丸は耐えられなかったらしい。

「主は真実のみを話している。刀剣男士の前で主を侮辱したのだ、首をはねられる覚悟はあるんだろうな」
「……まあ、私は話せと言われたから話しただけで、信じる信じないはお好きにどうぞ、なんですけど。だいたい記憶を映像化出来るような機械があるんですから、後で調べるなり何なり方法はあるだろうし、それに、」

鯉口を切る膝丸を手で制しながら、淡々と呟く。

「真実だとわかっているから、そんだけ取り乱してんでしょう?」

となると、まだ出陣は出来ないものの、延享の記憶――つまり七面の情報も、極の情報も政府はとっくに得ているってことだ。七面に関しては調査中、極に関しては調整中ってとこだろうか。そこら辺は想像するしかないが。

膝丸に気圧された女性がへたり込み、スーツの男性が咳払いをしてこちらへ頭を下げる。
そうして、話題は彼の捜索へと移ったのだけど。

「やあ、突然すまないね。迎えにおいでと言ったのに、行き先を伝えていなかった」

捜索部隊の編成、及び参加してくれる本丸の概要なんかを聞いていた時だ。瞬きの直後、気付けば目の前であの女がしゃがんでいた。
机の上でしゃがんでいるものだから、視線は私より上だ。必然的に見上げる形となり、私だけでなく政府の人間も唖然としている。
反応が早かったのは刀剣男士たちで、膝丸を始め全員がすぐさま刀を抜いた。
動けないのは、女の手が、私の頬に触れているからだ。そこには、擦り傷を覆うガーゼが貼られている。

「人間は手入れが出来ないからね。綺麗に治ることを祈ってるよ。さて、わたしも切り裂かれてはかなわない。目的だけをさっさと伝えておこう」

数回指先でガーゼを撫で、女は私に顔を寄せる。
さっきはあまり意識していなかったけど、作り物のように綺麗な顔だった。見習いの彼女も可愛かったけれど、あの子とは全然違う、底冷えするような美しさ。例えば、そう、三日月のような。

「わたしたちも君が欲しいから、出血大サービスだ。本当は江戸城と言いたいんだが、今回は阿津賀志山の本陣にて待とう。ただし、君一人で来なければわたしたちは姿を見せない。もちろん審神者の彼も返さない。ああ、彼に関しては安心しておくれ。縛ってはいるが、それ以外は何もしていない。何かしてしまえば、君が死んでしまいそうだからね。わたしたちには生きている君が必要なんだ。だから阿津賀志山でも、君に手出しはしないよう刀剣たちに伝えている。安心しておいで」

じゃあそれだけ、とやっぱり友だちのような気安さで女は話を終える。

「そう易々と帰らせるわけがないだろう」
「あるじさまをかえせ!」

女が立ち上がり、私から手を離した瞬間。膝丸と今剣が斬りかかったが、二本の刀は空を切った。
今剣さながらの身のこなしで宙に跳んだ女の視線が、私へと向けられる。笑顔だった。目を細め、唇を歪め、それでも尚綺麗な、笑顔。

「シンデレラの異母姉妹も、王子のために爪先と踵を切り落としたんだ。君は王子のために、一体何を切り捨てられるかな」

その言葉を最後に、女の姿はどこからともなく現れた渦の中へ消える。今剣の刀は、あと一歩のところで届かなかった。
術者を除き、すっかり怯えきっている政府の人間を見やり、悔しさに歯がみする今剣、何か術式でも残されていないかと私の頬を確認する膝丸へ、視線を移す。

「阿津賀志山……」

刀剣男士ですらそれなりにレベルが上がらないと回れない、初期の最終ステージ。そんなところに、私一人で? 無謀にも程がある。そんなの、捕まえてもらいに行くようなものだ。
ここで実は剣道歴十ウン年、とか言えたらいいんだが、私にそんな経験はない。戦う術なんて持ってはいないし、経験あるのは精々バドミントンくらいだ。役に立つ気がしない。

それでも、行くしかなかった。無謀だとしても、その先で私が、どうなろうとも。

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