荷物 [33/56]


私が囮になり、重傷を負った刀剣男士たちから敵を引き離す。その間に刀剣男士を手入れ部屋へ運び、彼が手入れを行う。
政府からの情報によれば、上空の穴はレベル九十越えの刀剣男士三人ほどが攻撃を入れられれば壊れ、遡行軍たちも出てこなくなるらしい。穴を塞ぐのではなく壊す、という発想を最初にやった審神者か刀剣男士が怖い。

だとすれば穴を壊すのは、膝丸と蛍丸。あとは……遠征部隊に入っていた山姥切だろう。三人ともが軽傷ないし中傷といったところだが、周囲が援護すればなんとかなるはず。
それに加え、私という囮がいれば。

「ふざけんな! そんなことして、もし、お前が捕まったら!」
「そのための膝丸だし、私だって無茶はしない。とにかくもう出るから――あ、靴貸してくれるんですか? ありがとうございます。とにかく、君は手入れに専念して。高レベルの鶴丸さんたちが戦線離脱したままなのは、痛手すぎる」
「だから待てって!」

小夜が貸してくれた靴、というか草履を履き、執務室の外へ向かう。彼はまだ私を引き止めようとしていたけれど、刀剣男士たちにとっては私の策が、少なくとも現段階では最善だと判断したのだろう。
最善ではなくとも、手入れをする時間くらいは稼げるはず、と。

「女が一人で外に出る時点で、充分無茶だって――」
「主」

憤る彼の傍ら。長谷部が片膝をつき、頭を下げる。何事かと思っていれば、恐れながら、と長谷部は言葉を続けた。

「今剣たちの手入れをし、主の安全を優先させるのなら、現時点では彼女の策に乗るのが一番です。しかし主の懸念も最もであり、俺とて彼女がこのまま一人で外に出るのは、良策と思えません。ですので一時、主のお側を離れること、許可していただけませんか」
「……どういう」
「戦闘中の膝丸に代わり、俺が彼女を守ります」

はい? と素っ頓狂な声を出してしまったのは、仕方のないことだと思って欲しい。


 *


私と長谷部が執務室を出れば、敵方は一斉にこちらへと方向を変えた。不覚ながら私は長谷部に抱っこされており、びゅんびゅんと景色が凄まじい勢いで通り過ぎていく。目が回りそうだ。
けど、私が一人でぺたぺた走り回るよりかは、よほど安全だ。長谷部の機動力は誰もが知るところ。追いつけるものもそうそういない。庭の敵短刀や敵脇差はほとんどが倒され、敵の援軍も太刀や大太刀ばかりだったのもラッキーだった。
敵方は、最後は機動よりも打撃で押し切るつもりだったんだろうか。

持ち出した携帯端末で、刀剣男士たちの状態を見る。手入れは順調に行えているようで、まず鶴丸が戦線復帰した。手伝い札を惜しむつもりは全くないらしく、今剣や薬研、他にも重傷や中傷を負った刀剣男士たちが次々に直されていく。この早さからして、重傷刀剣の回収は短刀たちが請け負ったんだろう。しかし大太刀も抱えられるのか、刀剣男士強いな。

「本丸の広さは限られている。膝丸と合流しようと思えば、最終的には正門側に戻るしかないぞ。何か策はあるのか?」

片手で私を抱え、もう片手で時折現れる敵を斬り伏せていきながらの言葉。長谷部めっちゃ器用だな、と思いながら、私は必死に長谷部の首にしがみついていた。

「とりあえず、膝丸と蛍丸さんと山姥切さん、にあの穴を壊すよう、伝えなきゃです。誰か一人足りなければ、長谷部さんが。あの穴を壊しさえすれば、敵の増援は、やむはず」

途切れ途切れになるのは、口を開くたびに舌を噛みそうになるからだ。ついでに髪の毛がめちゃくちゃ顔にかかる。あの逆向きのジェットコースターに乗ってるような感じだ。髪くくっておけばよかった。
正面に現れたらしい打刀を速攻で倒し、長谷部が小さく息を吐く。

「それはこの本丸のための策だ。貴様が逃げるための策ではない」
「ああ……まあそこら辺は、臨機応変にと言いますか、ケースバイケースと言うか」
「つまり無策なんだな」
「私の安全は膝丸に一任してるので……」

暫し沈黙し、長谷部は一旦立ち止まる。私の視線の先、つまり長谷部の背後には敵刀剣が何体も押し寄せてきているんだが、それも距離は離れていた。けど立ち止まっていれば、じきに追いつかれるだろう。
何してんだ長谷部、の思いで背を軽く叩く。ただの呼吸かなとも思える程度のため息を吐いて、長谷部は進む方向を変えた。
ひょいひょいと予想外の身軽さで屋根の上へと跳び、おそらく、正門側に向かっている。

「ならば、穴の破壊は俺と蛍丸、山姥切で行う。貴様は膝丸の手入れをし、今度は膝丸と共に囮役をしろ。手入れの間くらいは援護してやる」
「……そうですね、そっちの方が安全ではあります」

先ほど手入れの術はない、と言ったが、膝丸だけは別だ。呪具によってパスが繋がっているから、膝丸にだけは手入れが出来る。
とはいえ他の審神者と刀剣男士のような手入れではなく、ただ与える霊力の量を増やすだけの、いわばゴリ押し手入れなんだが。手伝い札も手入れ部屋も必要ないという点においては便利だけれど、今の私の霊力残量だときついかもしれない。
七割を水晶に移して、膝丸が今中傷ということは、多分二割いかないくらいの量を使う。残るのは一割ちょっと。うーん、動けるといいんだが。

道中、畑の側で戦闘していた山姥切を回収し、正門側へと辿り着く。そこはまさしく激戦区で、血と硝煙のにおい、そして刀同士が激しくぶつかり合う音が充満していた。
膝丸と蛍丸はほとんど背中合わせのような状態で戦闘している。ほとんど、というのは蛍丸が馬に乗っているからだ。しかしこの惨状でノーダメの馬すげえ、と場違いにも考えてしまう。

お荷物という名の私片手に、長谷部も加勢に入る。そのさなか、膝丸と蛍丸にも策の概要を説明し、敵の隙をついて私は膝丸へと投げられた。この扱いよ。
膝丸は中傷にも関わらず無事私をキャッチし、じりじりと戦線を離脱する。他の刀剣男士たちの援護があってこそだ。
その間にも私は膝丸へと多く霊力を流し、一気に回復させていく。全快までは二十秒足らず。膝丸が完全に直ったと同時に、私は全身を弛緩させた。どうにかぎりぎり、辛うじて膝丸の服を握りしめる程度の余力はあるが、それでもこの疲労感にはあらがえない。
あの時よりはマシだけれど、この状態では一人で歩くことは出来ないだろう。結界をはったままにしている執務室は安全地帯だろうけど、そこまで向かうのもこの激戦区では至難の業。

「ごめん、膝丸。完全にお荷物ですね」

嫌われるヒロインのタイプだ、と独りごちる。「ひろいん……?」と疑問符を滲ませてから、すぐに膝丸はふっと軽く鼻で笑う。

「まあ、だからこその護衛だろう。君が一人で何もかも出来てしまえば、俺の存在意義がなくなってしまう」
「守られるのも仕事の一つ、と」
「そういうことだ。確かに君を抱えながらの戦闘は厳しいが――」

半身を翻し、膝丸の本体が敵を切り裂く。
随分と昔に感じるあの日の私が、ガラスケース越しに見惚れた刀。ただ飾られているだけのそれでも、美しくしなやかで、切れ味の良さそうな刀だと感じた。この刀が振るわれている様は、さぞ綺麗だろうと思った。

目の前で膝丸が振るうそれは、私の想像を遙かに超えて、美しかった。場違いにも、目を瞬かせて感動してしまう程に。

「ハンデと思えば、何てことない」

続いた膝丸の言葉で思考に急ブレーキがかかり、ヒロインは知らないのにハンデはわかんのかよ、と脳内でツッコミを入れてしまった。何だこいつ。

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