囮 [32/56]


出来るだけ多くの霊力を供給するため、ほとんど引っ付いているくらい彼に近付き、長谷部の背に庇われる。遅れてやってきた前田と小夜、骨喰が室内戦対策に執務室の出入口側を固め、太郎と一期一振が外で刀を構えた。
彼は遠征部隊にも帰還命令を出しつつ、敵の侵入を阻む結界をはり、政府にも救援信号を発している。私に出来るのは霊力の供給だけ、だったんだが。

「なんかわかんねえけど、多分俺よりお前のが上手く出来る気がする。頼む」
「……わかった」

手が回らない彼の代わりに、刀剣男士への指示は私が出すことになった。ここに来て初めての、審神者補佐らしい仕事だ。
私のミス一つで、彼の刀剣男士が折れてしまうかもしれない。その重荷を感じながら、式神越しに声を張った。

同時刻、第一部隊が帰城する。正門の目の前に広がる惨状に目を見張りながらも、すぐに臨戦態勢に入った。彼の端末を見る限り、幸いにも刀装は失っておらず、怪我もしていないようだ。

「敬称略で失礼します! 第一部隊、鶴丸と蛍丸は膝丸と共に敵短刀に類似した敵、苦無の対処に努めてください。馬には乗ったままで! 庭にいる内に殲滅してください! 今剣と堀川は和泉守及び歌仙と連携して、敵太刀、敵大太刀を室内におびき寄せ撃破をお願いします。秋田、浦島、蜂須賀もその援護を!」
「第二、第四部隊帰還! 第三部隊はもうちょいかかる!」
「わかった。遠征部隊はすぐに刀装部屋へ! 本丸待機組が刀装を持っていないので、その分をかき集めて来てください! 太刀大太刀薙刀槍は、庭で応戦を。室内には入らないで! 薬研、乱、後藤、不動は余裕があれば屋根に上り、銃兵と弓兵にて牽制を!」

式神越しの指示は、敵方には聞こえないようになっている。主からの指示じゃないことに戸惑いながらも、従ってくれた刀剣男士たちには感謝しかない。
敬称どころか敬語まですっ飛んでしまった指示となったが、緊急時だから許してもらいたいものだ。無事切り抜けられたら、後で謝ろう。

遅れて第三部隊も帰城し、本丸内部は総力戦となった。
政府との連絡もどうにかとれたらしい彼が、一瞬一息ついたかと思えば、すぐに荒々しく立ち上がる。そのまま何も言わず駆け出そうとしたものだから、思わず全力で引き止めた。長谷部も一緒にだ。

「いきなりどうし……っ」
「今剣と鶴丸、薬研が重傷になった!」
「――ッ」

さっとモニターへ目を向ける。そこには全刀剣男士の状態が映し出されていて、確かにその三人が重傷となっていた。他にも中傷を過ぎたものは何人もいて、無傷の刀剣男士は両手で余るくらいしかいない。
血の気が失せる。そうだ、その場限りの対処をしたって、結局は消耗戦にしかならない。あの上空の穴を、どうにかしないことには。

「手入れしねえと、あいつらが折れちまう!」
「お待ちください主! 結界の外に出てしまえば、主は格好の的です! それに今剣たちを助け、手入れ部屋に無事向かえる保証もありません!」
「じゃあほっとけって言うのかよ!?」

どうする、どうする、どうすれば。頭の中でぐるぐると考え続ける。
ここから手入れ部屋までは結構な距離がある。今剣は室内にいるはずだからまだ可能性はあるけど、鶴丸は激戦区の庭、薬研に至っては屋根上だ。彼が向かえる場所ではない。
他の刀剣男士にも、怪我を負った仲間を抱えて移動するほどの余裕はないだろう。カンスト組でさえ、物量に押されて苦戦を強いられている。
苦無はあらかた倒し終えたようだし、追加で苦無が穴から出てくる様子もない。膝丸の刀装が残り一つになっているけれど、残り一、二体なら蛍丸と一緒に倒せるはずだ。
それでもやっぱり、敵の数が多すぎる!

前田と小夜と骨喰にも引き止められながら、出入口の側で押し問答をしている彼。
彼を死なせるわけにはいかない。でも彼が出なければ、重傷刀剣の手入れは出来ない。私に手入れを行う術はない。彼が手入れをしなければ、いつ誰が折れてしまうかもわからない。
どうする、どうする。どうすればこの窮地を乗り越えられる?

「…………ああ、そっか」

ぽつり、小さく小さく呟いた。

敵が真っ直ぐに執務室へ向かっていた理由。何ですぐにわからなかったんだろう、誰の目にも明らかな目的だったのに。
敵の狙いは、私の霊力だ。私の霊力を、あるいは私自身を手に入れるために、ここへ来た。
なら、答えは、簡単だ。

徐に立ち上がり、政府に渡されていた箱をひっくり返す。ばさばさと札やら何やらが落ちてくる中、ころん、と手のひら大の水晶が転がり落ちた。
それを拾い上げ、同じく箱から落ちてきた折りたたみナイフを開き、一瞬躊躇してから指先を切り裂く。

「おまっ、何してんだ!?」

私の行動に気が付いた彼が、長谷部たちを振りほどいて私の隣に膝をつく。血が垂れている左手をとろうとしていたから、それをかいくぐって、水晶へと血を垂らした。
この水晶は、任意の量の霊力を血液から吸い取る呪具だ。有事の際に霊力を溜めておくため、審神者が時折用いているもの。政府の施設で私の霊力を採取したのも、この呪具だ。
一分ほどかけて、七割程度の霊力を水晶に移し終える。少しくらりとしたが、耐えられない程ではない。こっちに来たばっかの時と比べれば、動けるだけ全然マシだ。

「なあ、何してんだよ。何する気だよ。おい、なあ、……答えろって」
「敵の狙いは私の霊力なんだから、やれることは一つでしょ。このままじゃ君の刀剣男士が折れてしまう」

指先に絆創膏を巻き、彼の両肩に手を添える。
君は私の元同級生。それだけの人。でもこの本丸にとっては、たった一人の、大事な主。

「私が囮になる」

私だって好き好んで捕まりたいわけじゃない。なるべく逃げるし、そのための護符やらもポケットに入れた。
この水晶は、あくまで保険だ。

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