襲撃 [31/56]


空は晴天。その割に肌寒いと感じるこの頃。季節が一周したな、と考えていれば、今剣に声をかけられた。

「あなたがここにきてからまるいちねんがたちましたね」

どうやら今日が、私がこの本丸に来た日だったらしい。そうですね、なんとなく笑顔で頷いて、もう一度空を見上げた。
青い色は、一年経っても変わりない。

この数ヶ月で、本丸には色々と変化があった。
まず刀剣男士のレベルが全体的に上がり、三人がカンスト、六人程がもうすぐでカンスト、といったところまで育っている。低レベル組も底上げされ、最もレベルが低い刀剣男士でも五十前後となった。
そして阿津賀志山及び京都市中を安定して周回出来るようになったことで、三日月と小狐丸を入手。鍛刀で長曽祢を入手。先月、先々月と行われた大阪城地下調査と戦力拡充計画にて、後藤と不動を入手した。計五人が増え、現在この本丸に存在する彼の刀剣男士は、四十六人となる。
また、彼の霊力はこの一年で完璧に安定し、今では四部隊フル稼働でもなんら負担なく過ごせるようになった。刀剣男士のレベルが上がれば上がるほど負担も増えるらしいが、それも特に問題はない様子だ。
演練では余程強敵と当たらない限り常勝しているし、彼の戦術も日々進歩している。出陣先で刀剣男士が怪我を負うことも減り、強くなってきた、という実感が大きいのか、刀剣男士たちだけでなく彼のモチベーションもだだ上がりだ。良い傾向だと思う。

実際は戦争中なので平和からはほど遠いんだが、平和だと思った。
あれ以来、私の隠し事――ゲームの知識としてこの世界を知っていること――を探りたがる刀剣男士もいなくなったし、彼のために死ねる発言が功を奏したのか、仲間として受け入れてくれるような態度のものも増えた。
膝丸は変わらず、私の護衛役として側にいてくれているし、内番にも混ざり、時には先輩刀剣男士としてこの本丸の刀剣男士たちと手合わせなんかもしている。今ではすっかり馴染みきって、検非違使と対戦する第一部隊をモニター越しに応援しながら、兄者兄者兄者、と祈りを捧げているくらいだ。
彼の近侍はだいたい、そんな膝丸を引き気味の視線で見ているのだが。

平和だった。
私の霊力が歴史修正主義者に狙われている、という事実を忘れてしまいそうになるほどに。
今この世界は戦争中で、平和なんてものとはほど遠い場所なのだという事実も、頭から抜け落ちてしまいかけるくらいに。


 *


誰よりも早く反応したのは、この本丸の主である彼だった。
ピシリとガラスにヒビが入るかのような音。その直後、さっきまではあれだけ澄み渡っていた晴天が一変し、赤黒い闇を貼り付けたような空になった。わかりやすく、敵がやって来ました、といった感じの空だ。真っ赤な空に真っ黒の雲。
ヒビは正門の遙か上空に入っており、ビキ、バキ、と硬質な音を立てて、次第に大きく広がっていく。

その隙間からまず、緑色の炎を纏った小型の何かが、数体飛び出してきた。角の生えた頭に、細長く伸びた尾のような骨格。
遠目に見て、敵短刀だ、とすぐに気が付いた。

膝丸が私を背に隠し、今日の近侍であった長谷部もまた、主である彼を庇う。彼は出陣中の第一部隊が戦闘を終えるのを待ちながら、帰城の準備を進めていた。
よりにもよって今日は第二、三、四部隊が全て遠征中だ。多少なりとも経験値を得るためという方針で、全ての部隊が六人となっている。つまり、今この本丸に残っている刀剣男士は、半分程度だ。
その中でレベルが高いのは、膝丸を除けば九十四の今剣と九十三の長谷部のみ。確か他はほとんど、六十代程度だったはずだ。高レベル帯のものは、出陣ないし遠征に出払ってしまっている。

そうこうしている内に上空のヒビはもはや穴となり、次から次へと遡行軍が押し寄せてきていた。
その頃には異変を察知した刀剣男士たちが、戦闘装束で外に集まってきている。

私はじっと、膝丸の肩越しに敵短刀を見つめていた。
秋田、浦島、蜂須賀の三人が、各々刀を手に、立ち向かおうとしている。そこでようやく違和感の正体に気が付き、私は勢いよく膝丸の背を押した。

「膝丸、行って! あれ短刀じゃない!」

思わず敬語も忘れてしまうほど、私は焦っていた。
短刀なのは、短刀だ。けれどあれはただの短刀じゃない、苦無だ。七面でさんざん苦しめられた、あの苦無。
六十台の、刀装を装備すらしていない秋田たちに、歯が立つわけがない!

しかし、と膝丸が躊躇っているのは、膝丸の仕事は私の護衛だからで。そりゃこんな状況の中で護衛対象から離れるのは愚策にも思えるだろうけど。
それでもなにより、この場であの三人が、他の刀剣男士たちが、重傷になってしまう方が問題だった。まだまだ出てくる遡行軍の中で戦力を失うわけにはいかないし、手入れだってすぐには出来ないかもしれない。そうなったら、この本丸の刀剣男士がいつ折れてしまうかもわからない。
そもそも何で、苦無が、ここにいるんだ。まだ七面解放されてないぞ。

「とにかく行って、あれは今ここにいる中じゃ、多分膝丸しか対処できない! こっちには長谷部さんもいるし、護符だってある。仮に敵がこっちに来ても耐える時間はあるから、お願い」
「あれは、短刀じゃ……いや、咥えている得物が……?」
「お願い膝丸、早く!」

こういう時に命令権がないのが困るんだな! と思いながら、縋るように叫ぶ。今にも浦島が飛び出してしまいそうで、私はもう一度膝丸を押した。
膝丸は敵と私とを交互に見てから、小さく舌打ちをして駆け出す。目にも留まらぬ機動で浦島と苦無との間に入り込み、一体目を一撃で粉砕した。
うわ、強い、と一瞬冷静さを取り戻す。刀装はずっと付けさせていたものの、出陣する機会も遠征の機会もなかった膝丸だ。この膝丸が戦うのを見るのは、初めてだった。

「第一部隊、帰還する! なあお前、アレ知ってんのか!?」

帰城準備が整ったらしい。彼が私へと振り向き、苦無を指す。私は執務室の押し入れから、いつぞやに政府から大量にもらった護符等の箱を引っ張り出しつつ、一瞬躊躇って、けれど答えた。

「知ってる。膝丸も言ってたけど、短刀とは持ってる得物が違うでしょ。形も微妙に短刀とは変わってる。機動と打撃が高いけど、さほど固くはなかった……はず。それでも今ここにいる刀剣男士じゃ、多分手も出せない」

本当は極短刀がいれば、それが一番楽だったのだけど。この世界は彼が審神者になってから六年目を過ぎても尚、極の情報が何一つ出てきていない。

「膝丸は……苦戦してねえみたいだけど」
「膝丸は太刀の中でもトップクラスの機動力だし、刀装も三つ持てる。他にも、今出陣中の鶴丸と蛍丸なら、馬にも乗ってるし、油断しなければ苦戦はしないと思う。とりあえず結界はって。投石兵の特上が余ってんなら、長谷部さんとか歌仙さんとか、九十越えの打刀でもいけるかもしんないけど、とにかく短刀脇差は苦無に近付かせない方がいい」

結界強化の札を渡しつつ、自分の考えを整理するように喋り続ける。思い出せ、少なくとも敵の情報や強さはゲームと変わりなかったはずだ。
そこかしこで戦闘が始まり、苦無だけでなく短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀、全ての敵勢力が本丸を蹂躙しだす。二十数人の刀剣男士じゃ手が足りない程の数。

その全てが、刀剣男士に阻まれながらも真っ直ぐに、執務室を目指していた。

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