答案 [28/56]


さて、答え合わせをしよう。

見習いには悪いが、私は最初っから、これ乗っ取りとかいうやつのテンプレに近いやんけ、と思っていた。可愛い女の子、政府高官の娘。それだけでもしかして乗っ取り……? とか思ってしまうのはかわいこちゃんへの風評被害甚だしいんだが、二次創作で時折見ていた題材の印象が強すぎたのだからしょうがない。
だから私は初日から、もしそうだったらどうしよう、と考えていた。仮に事実見習いが乗っ取りをもくろんでいたとして、呪具を用いるパターンの子ならまだいい。万一色仕掛けだとか、それこそ元々の霊力が半端なくて刀剣男士が心変わり、なんてパターンだったらお手上げだ。私にはどうしようもない。

初日に現れた見習と、担当官の態度。
不幸だったのは、私の想像は事実であり、彼女が乗っ取りを目的にしていたこと。
幸いだったのは、彼女が呪具を用いていたことだろう。

見習いは、やっぱりこう言っちゃあ悪いんだが、臭かった。悪臭、という意味ではなく、なんというか……とにかく私の好きな匂いではなかった。例えば薔薇の匂いなんかでも、好きな人は好きだけど、嫌いな人は「薔薇臭い」と言うだろう。そんな感じだ。
試しに膝丸に訊いてみれば「良い匂いだとは思うが、好きなものではない」と言っていた。これだけならまだ、ただ私好みじゃない香水でもつけてんのかな、で終わったはずだ。

私はなるべく、見習いの側にいるようにした。もし色仕掛けもやろうとしていたんなら、つきっきりで側にいる私はさぞ邪魔だったろう。日中は審神者業を学び、空き時間には私と共に本丸の家事手伝いをし、夜は私と一緒にお風呂に入って寝るまで女子会。蛇足だが一応、真面目な話もしていた。
結果、見習いが夜中に母屋へ向かうような余裕はなかった。
これでとりあえず、色仕掛けの線はなくせただろう。そうして安堵しかけた頃には、けれど既に見習いを慕う刀剣男士が、増えていた。
もう一度、膝丸に問う。あっけらかんとした様子で「ああ、あの香りは呪具の類だろう」とのたまった。
何故最初にそう言ってくれなかったのかと言い返せば「あの匂い好きですか、としか訊かなかったじゃないか」と返されてしまう。これが本契約をしていない弊害か? と思いながらも、諦めて肩を落とすしかなかった。

とにかく、呪具を用いているとわかれば話は早い。
でも随分真面目そうな子なのに、あの二次創作のように日がな一日遊び回るだけ、なんてこともないし、と不思議には思っていた。
それでもこの本丸を壊そうと、彼を苛もうとしているのは事実だ。見習いの事情より、彼の方がよほど重要である。
私は変わらず見習いの側にいながら、呪具を奪うタイミングを計っていた。


見習いたちと、城下町に行った日の夜だ。
私の部屋は見習いと彼の部屋に挟まれる形となっていて、じわりじわりと、絞り出すような震え声が聞こえてきたのは、見習いの部屋の方からだった。

「私は出来る、やらなきゃ、やらなきゃいけないんだ。大丈夫、私なら出来る……出来る……!」

それはそれは悲愴感溢れる声だった。
涙すら混じっているような声に、どうやら見習い自身が望んで企てたことじゃないらしい、と悟る。それを知ったこっちゃないと切り捨てられるほど非情な人間ではないが、優先順位は圧倒的に彼が上だった。

いやはやまったく、いつからこんな、彼を大事に思ってしまっていたのやら。

機会が訪れたのは、最終日になってしまってからだった。というか、見習いの立場と刀剣男士のことを考えると、最終日にどうにかした方がいい、と思ったのだ。
おそらく呪具に操られている刀剣男士には、今自分は操られている、という自覚がある。その状態で呪具を壊せば、見習いに被害が及ぶかもしれない。だから、最終日。出来れば担当官が迎えに来る、ギリギリの時間。

申し訳ないながらも膝丸に探ってもらい、呪具の在処は既にわかっていた。本体は香水のような液体が入った瓶。それを、これまた随分懐かしいものを、と思っていた足首のミサンガに染みこませ、用いていた。
瓶が本体なのだから、それを壊せば済む。そう助言してくれたのは、膝丸だ。よく知ってるなと思っていれば、膝丸が以前いた本丸でも、乗っ取り未遂が起こったらしい。見習い乗っ取りは二次創作だけじゃなかったようだ。
二次創作と違うのは、そのほとんど全てが、未遂に終わっていることくらいだろうか。

何はともあれ最終日。多分めちゃくちゃに心労をかけまくっていただろう彼をどうにか安心させ――実際安心してくれたかは知らないが――私は膝丸の部屋へと向かった。
夜中に女が男の部屋を訪れるなど、と小言を言われるかとも思ったが、状況が状況だからか膝丸はおとなしく私を迎え入れ、呪具の壊し方なんかを懇切丁寧に教えてくれた。
そんな膝丸の首にも、チョーカーが結ばれている。私には同じデザインの腕輪だ。これが私たちを結ぶ呪具であり、こういったものも壊すには正しい手順が必要らしい。

翌日、見習いが朝っぱらからこの本丸は私がいただきます! とか言い出したらどうしようかとも思っていたけどそれは杞憂に済み、荷物をまとめるという見習いについて離れへ向かう。
そうして見習いの部屋に辿り着いた後、荷物をあらかたまとめ終えたところで、まず膝丸がミサンガを切り落とし、私は付け焼き刃の知識で、呪具の本体である香水瓶を壊した。
パキン、と辺りに響いた乾いた音は、きゃあと叫んだ見習いの声でかき消される。
ミサンガをつけていた方の足首が、黒く焼けただれたようになっていた。もしかして私、手順ミスった? と膝丸を見上げたが、膝丸は至って普通の様子で「いわば我ら刀剣男士を呪っていたのだ。呪詛返しがこの程度で済んだこと、幸運に思うのだな」と言うのみ。
なにそれこわあ、と見習いに視線を戻せば、見習いはさめざめと泣いていた。次第に鼻をすする音や泣き声が大きくなり、最後にはわんわんと泣き始めてしまう。
面食らった私がおろおろと慰める中、膝丸はこれといった興味も持たず、床に転がった香水瓶を眺めていた。


そんなこんなを掻い摘まみ気味に彼へと話し終えた隣で、見習いは畳に頭が埋まってしまいそうな勢いで土下座をしている。

離れで慰めがてら訊いてみれば、どうやら親の言うままに行動していたそうだった。だからと言って納得出来るもんでもない。この本丸に、乗っ取るほどの利点があるとは思わないのだ。現状最高レアである三日月もいないし、江雪や長曽祢、明石なんかもいない。鶴丸、一期、鶯丸、蛍丸の辺りはレアリティも確かに高いが、それならばより良い本丸が他にもあるだろう。
そう問えば、見習いは私を見上げた。「あなたです」と呟いた。「お父様とお母様が求めたのは、私が死なない保証。ずっと審神者として生き続けるための、霊力供給機。刀剣男士様を惑わせたのは、両親にとっては、ついででしかありません」だなんて。
沈黙の後、はは、と空笑うしかなかったのは、また私の所為か、と思ったからだ。
きっとこの先も、こんなことは何回も起こるんだろう。その内彼は、霊力の枯渇なんかじゃなく、心労で倒れてしまうんじゃないだろうか。
笑えないのに、笑うしかない。

黙っているわけにもいかず、そこら辺も彼に伝えた。
彼はまだよく理解出来ていない表情で、あっちこっちに視線を泳がせている。今回も私の所為らしいよ。私がいたから、君はこんな目に遭ったんだよ。そう言いたくなるけれど、どうにも悲劇のヒロインくさいので黙っておく。

「えー……っと、つまり、なんだ。お前はこれからもここにいてくれるのか?」
「本筋そこじゃなくねえ?」

ようやく口を開いたと思えばそれで、ついツッコミを入れてしまう。それでも彼は、なんだそっか、よかった、と安堵するばかりで、見習いに乗っ取られかけたことなんて気にもしていないようだった。
というかもしかして、本当にまったく気付いていなかったのか。

彼は一頻り安堵の様子を見せたあと、ふう、と大きな息をついて、見習いを見据えた。
審神者としての、真剣な表情だ。

「このことは政府と、俺の先輩審神者にも報告しておく。見習い自身の意思じゃないとはいえ、問題行動は問題行動だ。親にも処罰があるだろうよ」
「……はい、わかっております」
「俺が言える立場でもねえけどさ、お前、審神者としての才能めちゃくちゃあると思うぜ。綺麗な霊力だ。これからは親の言うことなんか無視して、自分の本丸で、頑張ってくれ」
「っ――はい」

これで、幕引きである。
見習いは刀剣男士に深く謝罪し、私にも、彼にも何度も頭を下げ、担当官と共に正門の向こうへ消えた。残るのはごめんなさい合唱団と化した一部の刀剣男士と、それを呆れ面で眺める他の面々である。

それでもまあ、無事に終わってなにより、と思っていいだろう。

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