元同級生 [2/56] 前話の時点でお察しだったと思うが、私も審神者である。ゲーム上の、という言葉が前置きされるが。ワンタッチで出陣遠征も思いのまま、ログインするもしないもご自由に、気ままな審神者ライフを過ごしていた。 が、件の彼はリアル審神者といったところか。本丸に住み、刀剣男士を従え、政府の従う、中間管理職。お疲れ様である。多分今ダントツで赤疲労なのは私だが。 そんな私は今、今剣を中心とした短刀たちに土汚れを払われ、寝間着用だろう浴衣を着せられ、布団に寝かされていた。この本丸の主、審神者殿の指示によって。 部屋の外、障子の向こう側には今剣が座って番をしている。 ここに連れてこられる前に審神者が「そいつは、あー……多分大丈夫だから、警戒はしなくていい。けど、俺がいいって言うまで口はきくな」と言っていたのが理由だろうか。番をしているのが今剣なのは、単に今剣が私を見つけたから、ってとこだろう。 そして、枕元でなにやら薬箱らしきものをがさごそしている少年。……薬研藤四郎。 黙々と作業か何かをしているのは、審神者が口をきくなと言っていたからか。わかっていてもまあまあ怖い。包丁を研ぐ山姥みたいな雰囲気に見える。 しばらくすると、粉薬のようなものと吸飲みが載った盆を手に、薬研が身体をこちらに向けた。粉薬は折り目のついた懐紙に載せられている、のだが、まさかそれは私が飲むのだろうか。 律儀に審神者の言いつけを守っている薬研は、すまんと言いたげに片手をあげ、反対の手に懐紙を持った。えっいや、いやいや、嫌なんですけど。私は何を飲まされそうになってるの? 患者に薬を処方するときはそれがどういう薬でどういう効能があって副作用はどうなのかをちゃんと説明しよう? 「……」 「……」 意地でも口を開かない私に、そらそうだわなとばかりに肩を竦め、薬研は障子の向こうへと視線を向けた。今剣の影が見える。 「今剣、今からこの霊力がすっからかんになってるお客人に、一時的に霊力を回復させる薬を飲ませる。少し苦いが、大将と同じ年頃なら我慢くらいは出来るはずだ」 「わかりました。そうですね、おさなごではないのですから、だいじょうぶでしょう。ひとのこがもちいるてんてきのようなものですから、たいしたふくさようもないとききますが、どうなのですか?」 「ああ、重大な副作用はない。が、栄養と霊力は別物だからな。飲んですぐはともかく、今夜は寝付きが悪くなったり、少し動悸や悪心を感じるかもしらん。まあ、ぐっすり寝て栄養を摂って、本来の霊力が回復すりゃあすぐに治るさ」 「では、もんだいありませんね。それはあるじさまのしじですか?」 「そうだ。とは言っても、動いて喋れるようにしてやれ、としか大将は言ってないがな」 ……うわ……この子らええ子や……! 口元を覆って涙をぽろりと流したい勢いで、今剣と薬研はめちゃくちゃ良い子だった。実際の私は無表情に天井を見上げているだけなのだが。 でも、この会話を装った私への言葉のおかげで、どういう薬なのかはわかった。もちろん丸っと全て信じたわけではないし、実は自白剤でしたーてへぺろ! とかそういう可能性だってあるんだけど。 まあ、多分、あの審神者が私の思っている通りの人なら……大丈夫だろう。 再び粉薬を差し出されたので、今度はおとなしく口を開き、薬と白湯を飲み下す。薬研がほっとした顔をしていた。 確かに言っていた通り少し苦かったが、煎れ方を間違えてあり得ないくらい苦くなった時の緑茶よりはマシだった。緑茶ってちょっとでも間違えると何でああ苦くなんのかね。 * いつの間にか寝入ってしまっていたらしく、目を覚ませば部屋は薄暗くなっていた。外にはぼんやりと火のような明るさがあるので、今剣の影が変わらず障子に映っている。 半身を起こしたところで、あっさりと起き上がれたな、と考えた。寝入る前に感じていた疲労も、今はすっかりなくなっている。 眉唾物だけど、本当に霊力とやらがすっからかんになっていたんだろうか。だとしたら、何で? 私は電車に乗っただけだぞ? 数秒考え込んだが、答えがわかるはずもなく。まあそこら辺もあの審神者殿と話してみればいいだろう、と立ち上がり、手ぐしで髪を整えてから障子をあける。 と、そこにはさっきまでいなかった、審神者殿当人が立っていた。びく、と全身をこわばらせてしまったのは申し訳ないと思うが、向こうもぎょっとしていたのでイーブンとしたい。 「……とりあえず、洗面所行くか?」 ちょうどマスカラで目が悲惨なことになっていたところだ。ありがたく頷けば「案内してやれ」と今剣に声をかける。 先導する今剣について行こうとしたところで、審神者殿は再び、口を開いた。 「余計なこと喋るなよ」 ちらとだけ振り向き、不機嫌な顔を隠そうともしないまま、頷いておいた。 洗面所にて、濡らしたティッシュで目元を軽く拭い、まあ見るにも耐えない顔ではないだろうというところまで直せたところで、今剣に頭を下げた。 私の意を正しく汲んでくれた今剣は、来た道を戻り始める。私が寝かされていた部屋を通り過ぎ、渡り廊下を進んで、たどり着いたのは離れの一室だった。 「あるじさま、つれてきましたよ」 「ああ、ありがとな今剣。もう部屋に戻っていい」 「はーい。あとでなにか、ごほうびくださいね」 去っていく今剣に会釈をしてから、いや待て、なんとなく無言で過ごしてたけど、私は別に喋ってもよかったんじゃないか? と気付いたが、時既に遅しだった。 振り返った先の部屋で、障子を開けた審神者殿がこちらを見下ろしている。といっても、身長差はいうほどない。視線を上げるだけで充分に目が合う。 「とりあえず、入れよ」と促され、応接間のような部屋に数秒の逡巡の後、足を踏み入れた。どうやら見える範囲に、刀剣男士はいないようだ。 高そうなソファに座る彼に続き、私も机を挟んだ対面のソファに腰を下ろす。お茶も茶菓子も用意されちゃいないし、空気は張り詰めているし、圧迫面接かなんかか?と言いたくなるような空気だった。 ……数年ぶりの、懐かしさ溢れる再会だ、ってのにねえ。 「何で、お前が、ここにいる。というか、何で俺を覚えてるんだ」 突然の問いに、私は疑問符を滲ませた顔、なんて生やさしいものではなく、怪訝な表情を浮かべる。有り体に言えば何言ってんだこいつ、の顔だ。何でお前がここにいるはこっちのセリフですけど? でもいい。 無言のままの私を、なんやかんやで喋ることが出来ないのだと判断したらしい彼は「勝手に喋るぞ」と前置きをして、まずため息をついた。 「ここは二二〇五年だ。俺はそこで審神者……お前を案内した今剣とか、薬飲ませたやつとか、あいつらを従える職業に就いて、戦争をしている。歴史を守るための戦い、だとよ。意味わかんねえよな。タイムスリップして日本刀持って、二二〇五年なのにだぜ? ……俺は、あいつらを直したり書類書いたりするだけの、戦争だ。 成人式の後、同窓会やっただろ。その帰りに俺、電車使ったんだよ。そんで気付いたら、ここにいた。正確にはここじゃなくて、別の本丸――ああここ、本丸って言うんだけど、本丸にいて。そこで今の上司の、時の政府って奴らに、現代の俺は存在ごと消えた、って聞かされた。今の俺はここにいるけど、元いた時代の、親とか同級生とか、友だち、彼女まで、だぁれも俺のこと覚えてない、というか、元から存在すらしてなかった、ってことになってるらしくて。……笑えねえよなァ」 序盤は話半分に聞き流しつつ、何で私はこの子とこんな真面目くさった面でお話をしているのだ? と考えていたんだが、途中からこちらも真剣に聞かざるを得なくなった。 電車を使って、気付いたら本丸にいた、だ? まるっきり私と同じ状況じゃないか。 「その後、どうやらこの、今俺がやってる審神者って職の適性があるってわかって、この時代には俺の戸籍とかなんざねえし、やれることもないし、政府に保護される形で審神者をやってる。今二十五だから、五年目だな。最初は何で俺が、ってずっと思ってたけど……なんかもう、慣れたわ。今までの二十年が夢で、こっち来てからの五年が現実だったんじゃねえかって、今では思っちまう。もう、親の声も彼女の顔も、思い出せねえしな」 「……」 「なのに、だ。何でお前は、俺のことを覚えてんだ? 俺の存在は、丸ごと消えたんじゃなかったのか。俺という人間は生まれてなかった、そういうことになったんじゃねえのかよ」 いや知らんがな、の思いでいっぱいになりつつ、こちらもこちらで思考をまとめる。 目の前にいる審神者、彼は幼稚園からの同級生だ。ド田舎の島育ちなので、そのまま高校までクラスは一緒だった。とはいえ話した回数なんて多くないし、覚えていることと言えば……いえば……うんないな、そんくらいの距離感。ただのクラスメイト。顔と名前と年齢と実家だけは知ってる。どんな友だちや彼女がいたのかは、大学は別だったので知らない。 成人式の後、同窓会。……ああ、それは覚えている。けど、彼と話をした記憶はない。席も離れていたし、集合写真を撮る時も距離は離れていた。 でも、思い出す機会は少なかったものの、この五年で私は彼の存在なんてなかった、と感じたことはない。高校までのクラスメイトと疎遠になっていたから機会が少なかった、というのもあるが、芸能人を見て彼に似てるなと感じたり、大学の講義が被っていた後輩に、彼の血縁かと疑うほどのそっくりさんがいたり、といったことはあった。 つまり私は、彼の存在を、忘れていない。それは何故か? まず、政府が嘘を吐いていた可能性。なんらかの理由で過去から現れた存在とはいえ、おそらく貴重だろう審神者になれる人材だ。手放すのが惜しくなって、あるいは彼を過去に戻す手立てがなくて、そういう嘘を吐いた可能性はある。 次に、私がここに来てから、彼を目にして、瞬間的に思い出した可能性。こればかりは証明のしようがないが、彼を目にしたことで記憶が戻り、その結果過去の芸能人やら後輩やらの記憶まで刷り込まれたとも考えられる。 三つ目は、割と複雑なんだが……私だけが特異であった可能性。彼と何かしらの縁があったか、なんなら審神者としての適正が私にもあったからか、そこら辺はより考えたくない。私じゃなくその彼女にでも縁を作ってやれよの思いである。 「――なんて、お前に言っても、お前だって意味わかんねえよな……」 疲れたようにソファに沈む彼を慰めるつもりはさらさらなく、よくわからんけどとりあえず政府に連絡とった方がいいんじゃね、と言いたいのを我慢した。 |