最終日 [27/56]


ある日の深夜だった。すっかり寝入っていた俺は、割と強めの力で両肩を揺さぶられ、驚き混じりに瞼を開く。月明かりのみに照らされる室内、寝間着姿の補佐が俺を見下ろしていた。
状況が状況なだけに、柄にもなく照れてしまう。おま、何して、とどもる俺に、けれど補佐は真剣そのものの表情で「防音結界、はれる?」とごくごく小さな声で呟いた。
何が何やらわからぬまま、俺の部屋を取り囲むように防音結界をはる。そこでようやく安心したかのように一息吐いて、補佐は姿勢を正した。俺も起き上がり、補佐と視線を合わせる。

まさか、今、ここで別れを切り出されるのだろうか。見習いの元へ行くと、言われてしまうのか。
ぞっとしてしまった俺に、怪訝そうな顔をしながら補佐は口を開いた。

「明日、私は君に近寄らない。ないとは思うけど……もしかしたらひどい態度を取ってしまうかもしれない。それでも私は君の味方で、君の補佐だから。それだけは忘れないで」
「……は? なん、それ、どういう」
「とにかくそれだけ。君はここの主で、私の上司。大丈夫だから、いつも通りに過ごしていて。夜中にごめんね、おやすみなさい」
「いや、ちょっと待てって、一体何を……ッ」

俺が引き止めるのも聞かず、あいつはあっさりと部屋を出て行ってしまった。
何が言いたいのか、したいのかもわからない。俺に近寄らない? ひどい態度を取ってしまうかもしれない? どういうことだ。仮にあいつが俺に愛想を尽かしていたとして、何故それをあらかじめ伝えておくんだ?
混乱のまま、締められた扉を呆然と見つめる。隣の部屋に、補佐が戻る気配はなかった。


翌日。それは、見習いの研修期間が終了する日だった。
刀剣男士は、さみしそうに肩を落とすもの、最後だからこそ明るく過ごすもの、いつも通りのものと色んな様子を見せている。補佐は見習いにつきっきりで、さみしくなるなあ、としょぼくれていた。
俺のことなんてまるで見えていないかのようだ。昨夜のあれは夢だったのか、と考えてしまう。夢だとしても現実だとしても、意味が分からない。

見習いが提出した一ヶ月分のレポートは問題一つなく、午後にはこれで研修期間終了となった。十五時には担当が迎えに来るはずで、それまでは自由に過ごすよう伝える。
補佐と膝丸と共に一度離れへ戻っていった見習いを見送り、俺は母屋の執務室へ向かった。なんだかもう、これ以上、補佐を見ていたくなかった。

きゃあ、と甲高い声が本丸に響いたのは、それから三十分も経たない頃だ。その瞬間に、さっきまであれだけ意気消沈していた刀剣男士たちがきょとんと顔を呆けさせていて、一部のものに至っては土下座せんばかりの勢いで俺の元に集まってくる。
ごめんなさい、ごめんんさい。違うんです主様、俺たちは主と一緒がいい、と矢継ぎ早に、何を言いたいのかよくわからないことを言ってくる。
獅子王だけが全部わかっているのか「いいから石切丸のとこにでも行ってこいよ」と投げやりに指示していた。謝っていた面々はすぐに立ち上がり、またごめんなさいと涙声で告げてから、石切丸の元へと去って行く。

「……何が、どうなってんだ?」
「俺から言えるのは、あとで補佐にお礼言っとけよ、くらいかなあ」

獅子王はようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに、やれやれと気を抜いて床に倒れた。天井を見上げながら大きく深呼吸をする様は、まるでやっと呼吸が出来る、といった様子に見える。
何が何やらわからない状態の俺が呆然とそれを眺めていれば、三つの足音が離れからこっちへと向かってきていた。

おそらく、というか確実に、補佐と膝丸、そして見習いのものだろう。時折鼻をすする音が混じり、一人だけ足音が不規則になっている。
本当に、一体、何がどうなってんだ。
やりかけの書類に手を付ける気にもならず、俺は身体を障子の方へ向けた。少し待てば三つの影が映り、入るよ、と補佐の声が聞こえてくる。
了承を返せば、何やら香水の瓶らしいものと、懐かしさ溢れるミサンガを右手に持った補佐、そして泣き腫らした顔の見習い、いつも通りの膝丸が、開け放たれた障子の向こう側に立っていた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -