見習研修 [25/56]


「見習い?」

こいつの膝丸が本丸にも馴染んできた頃。
政府から届いた書類には、見習い受け入れ要請という文面が載っていた。それを話せば、補佐はきょとんとした様子で書類を受け取る。
見習いの存在は数年前から知っていた。俺は入ったことないが、審神者養成所とやらを卒業し、最終試験も突破した審神者候補生が現場の空気を知るため、取り入れられた制度だそうだ。一ヶ月間本丸で過ごし、刀剣男士との接し方や日常生活の送り方、実践的な戦術なんかを学ぶ。

今回受け入れることになった見習いは、二十歳を過ぎたばかりの女だった。書類に同封されていた履歴書のようなものを補佐に渡せば、わあ、と目を見開いている。

「かっわいい子だね……」
「な。女優かアイドルみてえだ」

貼り付けられていた写真を見る限り、上向きの睫毛とぽってりとした唇が特徴的な、細身の女だ。緊張の面持ちで写っている。もちろん名前は書かれてなく、代わりに仮発行の審神者IDが載っている。
上位の成績。最終試験もほぼ満点。俺が教えられることなんかあるのか? と疑問を抱くのも当然の優秀っぷりだ。
しかも政府高官の娘だそうだ、と伝えれば、補佐が硬直した。どうしたと問いかけるも、いや、と言葉を濁される。

「……うん、でも、楽しみだね。大変そうでもあるけど」
「まあな。とりあえず、離れに見習い用の部屋を増設しとかねえとなあ。お前もやだろ? 一緒に寝んのは」
「そうだね。見習いさんも、初めましての人間とずっと一緒は疲れるだろうし」

本丸だから、ってのもあるんだろうが、未来の技術はえらく進歩していて、注文をすれば明日には増設工事も終わる。ついでに一階も少し広くして、見習いの部屋は二階に作ればいいだろう。
女同士であるのなら、補佐と見習いもうまく息抜きが出来るだろう。友だちにもなれるかもしれない。ここは男所帯だから、話せないようなこともあるだろうし。

「仲良くなれるといいな」

にっと笑って、補佐を見やる。少しの間をあけて、頷いていた。


 *


見習いがやって来たのは、翌週の月曜日だった。俺と、今月の近侍である獅子王、そして補佐と膝丸の四人で迎える。
見習いを連れてきた担当官は何故だか終始ばつの悪そうな表情で、いつもならそんなことしないのに、ぺこぺこと何度も頭を下げて帰って行った。ちらと盗み見た補佐は、こちらも何故だか困ったような顔をしている。

ともかく挨拶を交わしてから、まずは見習いを離れへ案内した。荷物を置いてからは本丸の設備を見せ、その後は出陣の見学。刀装作りくらいは経験させてもいいかもしれない。
俺はまだたった五年しか審神者業をしていないし、この見習いみたいに座学を受けたわけでもない。それでも先輩が俺に色々と教えてくれたように、俺もこの見習いを育てられたらいい。
頑張ろう、と改めて決意する中、補佐が眉根を寄せて膝丸と何やら話し込んでいた。

その日の夜はささやかながらも見習いの歓迎会をし、補佐がやって来た時のように趣向を凝らした料理が並んだ。今日の料理番は歌仙の班で、味付けは薄かったが目にも楽しめる綺麗な料理ばかりだった。
見習いはようやく人心地着いた、といった様子で嬉しそうにそれらを食べている。時折補佐と会話をしている辺り、もう仲良くはなりつつあるようだ。

「私が初めてきた時も、鶴丸さんが驚きのある美味しい夕食を作ってくれたんですよ」
「そちらも美味しそうですね。目で見て、鼻で香って、舌で楽しめる料理は素敵です。こんなに美味しいもの、初めて食べました」

見習いも肩の力が抜けてきたらしい。本心からだろう褒め言葉に気をよくした歌仙が、見習いにデザートのあんみつを少し多くよそっていた。
この調子なら、刀剣男士とも早く打ち解けてくれそうだ。補佐と過ごした経験があるからか女であることを過剰に気にするものも少ないし、距離感も掴みやすいんだろう。

「ね、今日大風呂使っていい?見習いちゃんに露天風呂見せてあげたくて」

食後、補佐がどことなく楽しそうな雰囲気で声をかけてくる。頷いて、いつぞやに作ったものの結局使わずじまいだった『補佐入浴中』の札を引っ張り出し、渡しておいた。
見習いちゃん、と呼ぶくらいには仲良くなったようだ。高校の時まではそんなに社交性のあるタイプだとは思っていなかったんだが、やっぱり女同士だと通じるところがあるのか。それとも大学以降で変わったのか。

なんとなくつまらないような気持ちになりつつ、見習いと並んで風呂場に向かう補佐を、見送った。


それから補佐は、見習いとほとんど一緒にいた。とはいえ見習いの仕事は俺の元で審神者業を学ぶことなのだから、今までに見習いが加わった程度の変化しかない。
けれど見習いは補佐の手伝いなんかにも参加しているようだし、夜もあの化粧水がおすすめだだの最近の流行りはこういうコスメなんだだの、俺にはよくわからん話題で盛り上がっていた。多分、俺と補佐が一緒にいる時間より、補佐と見習いが一緒にいる時間のが多いだろう。
風呂も数日おきにだが母屋の大風呂を二人で使っているし、思っていた以上に仲良くなっている。良いことのはずだ。女同士じゃないと出来ない話もあるだろうし、きっと息抜きにもなっている。

でも、俺は不安でしょうがなかった。
このまま、あの見習いについて行くと言って、あいつが本丸を離れてしまったら。
約束があるっつっても、あんなものただの口約束だ。反故にしようと思えばいつでも出来る。神前での契約ではないのだから。
もし、もしもあいつが、いなくなったら。俺はまた霊力が枯渇しかけて、いつ死ぬかも分からない身で、ひとりぼっちに戻るのか。

ぐるぐると考え込み、日が経つごとに疑心暗鬼となっていく俺を、獅子王は笑い飛ばしていた。考えすぎだと、俺の疑念をあっさり否定した。
休憩中の執務室で獅子王と二人。ふと、視線を庭へと向ける。見習いが短刀たちと鬼ごっこをしているようだった。母屋の縁側に座る補佐が、膝丸と共にそれを見つめている。
真剣に、何かを考え込んでいるような表情だった。見習いについて行った方がいいかもしれないと、考えているのかもしれない。悩んでいるのかもしれない。

「だから考えすぎだって。最近主、他の刀剣男士ともちゃんと話せてないだろ? 見習いに関しての報告書類、まとめなきゃなんねーもんな。明日一日は休みにして、一緒に鬼ごっこでもやったらいいんじゃないか?」

その方が気が紛れるだろ、と獅子王は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
ああ、そうだな、と返した声は、ひどくかすれていた。

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