護衛役 [24/56]


この保管室に関わる人でもあるのか、女性は膝丸に対して臆することもなく、淡々と契約内容を説明していた。
まず、基本的に主、つまり私の傍から離れないこと。ということは出陣も遠征も出来ないのだが、どうやらこの膝丸は既にカンスト済みらしい。仕事内容は私の護衛のみ。他は私や、本丸の主である彼の采配に任せる、と。
後は予めお伝えしていた通りです、と女性が締めたことから、どうやら私たちには聞かれたくないことを予め話していたらしいと知る。まあ大方、いざという時は私のこと殺してね! みたいな話だろう。
受け入れているわけではないが、やむなしとは思うので黙っておく。

「補佐様にお話した通り、補佐様は膝丸様に命令権を持ちません。しかし、主と呼ぶことを了承してくださった以上、余程無茶なものでなければ従ってくださるでしょう。ですね、膝丸様」

頷く膝丸に、改めてよろしくお願いしますと頭を下げる。
主がそう簡単に頭を下げるものじゃない、と怒られた。いきなり主然としろってのは無理のある話だ。

その後、護符やら何やらを箱にどっさりと渡され、私たちは本丸に帰った。
主たちが帰ってきたと思えば、見知らぬ刀剣男士が一人増えているのだ。本丸に待機していた刀剣男士はさぞ驚いたことだろう。彼が事のあらましを説明し、膝丸は一応、新たな仲間として受け入れられた。

しかしここで浮かび上がるのが、膝丸の部屋はどうしよう問題である。
膝丸の職務が私の護衛である限り、私から離れ母屋で寝起きするのはどうかと思われる。けれどこの本丸の刀剣男士からしてみれば、主従契約を為していない刀剣男士が主の側で生活するなんて、とんでもないことだろう。特に夜間、睡眠時の無防備な時なんて、なるべく彼から離し、膝丸を目の届く場に置いておきたいはずだ。
どうしたもんかと昼食がてら大広間で話し合っていたのだが、最終的に、膝丸は離れに近い山姥切の隣室で寝起きすることに決まった。膝丸は最後まで渋っていたのだが、私が引かなかったから仕方なく折れてくれたのだ。
ごめん膝丸。私は私の立場をこれ以上悪くしたくない。


 *


私は膝丸を童貞力の高い奴だと認識していた。しかし少なくともこの膝丸に関してはそうじゃないらしいと気付いたのは、風呂上がりに「タオルを忘れていたぞ」とあっさり脱衣所に入ってきた時だった。
その瞬間の私は全裸で、やっちまったと途方に暮れていた。バスタオルは私室の押し入れにしまわれたまま。下着と寝間着だけが脱衣所に置かれている。さすがに濡れたまま服を着る気にはならず、かといって寝間着をタオル代わりには出来ない。彼を呼ぶわけにもいかないし、とおろおろしていた時に、これだ。
恥ずかしがる素振りも見せず、私もしかして今ちゃんと服着てたかな? と思ってしまうくらい至って普通の様子でタオルを渡してきたものだから、こちらも「あ、ありがとう」だなんて普通に受け取ってしまった。

ようやく寝間着を着ることが出来た私は、自分の部屋に向かう。そこには膝丸が待機していて、おそらく私が布団に入ってから母屋に戻るんだろうと思われた。
今日はまだ書類の追い上げがあるらしく、彼は執務室に残っている。山姥切も一緒だろう。髪を乾かしながら階下に意識を向け、乾かし終えたと同時に、膝丸へと戻す。

「言いたくなかったらいいんですけど、一つ訊いていいですか」
「何だ?」

別に訊かなくても問題はないんだが、ほとんど好奇心で気になっていたことだった。

「膝丸の前の主って、どんな審神者さんだったんです?」

最初は膝丸さん、と呼んでいたし、これらかもそう呼び続けるつもりだった。けれど膝丸に「俺は君の刀剣男士だぞ。敬称は不要だ」と言われてしまったので、しゃあなく呼び捨てにしている。
他の刀剣男士とあんまりあからさまな区別つけたくなかったんだけどなあ。しかしちゃんとした契約じゃないとはいえ、私の刀剣男士、がいるのはどことなく気が楽だ。私の膝丸はちゃんとゲームの中にいたから、言っちゃえば二振目みたいなもんだけどな。

私の問いかけに、膝丸は懐かしむように目を伏せ、小さく口元に笑みを浮かべた。
それだけで勝手に良い主だったんだろう、と考える。でなければ、こんなにも優しい表情は出来ないだろう。あの保管室にいたらしい髭切も、同じ本丸の髭切だったんだろうか。

「穏やかな人だった。しかし戦闘指揮を行う時は苛烈で、また戦術にも長けていた。……そうだな、雰囲気は少し、兄者と似ていたかもしれない」
「へえ……。男性だったんですか?」
「いいや、女子だ。君と変わらないくらいの年頃だったはずだ」

驚く。でもすぐに、納得した。
この世界は戦争をしているんだ。二次創作にだって戦闘系審神者なんかがいたくらいなのだし、戦術に長けている苛烈な女審神者がいたって、なんらおかしくないだろう。
しかしそんなすごそうな人の次が私って、落差が半端なさそうだ。

「その人は、」

どうしていなくなってしまったのか。そう訊こうとして、それはあまりにも踏み込みすぎた問いだと気が付いた。中途半端なところで口を噤んでしまった私に、膝丸が軽く吹き出すようにして笑う。

「好奇心は猫をも殺すぞ、と言いたいところだが。己で気付ける程度の理性はあるようだな」
「すみません」
「いや、気にするな。――前の主は霊力が少なかったんだ。ある日前触れもなく、眠るように息を引き取っていた。霊力の枯渇が原因だろう。安らかな顔であったのが、救いと言える」

思いの外あっさりと、静かに膝丸は語ってくれた。
霊力の枯渇、というのはやっぱり審神者や政府にとって、重大な問題らしい。そう考えると私という供給機を得られた彼は、運が良かったのかもしれない。
……まあそもそも、私がこんな霊力を持っていなければ、彼が審神者になる必要もなかったんだが。

懐かしむように目を伏せ続けていた膝丸が、ゆっくりと視線を上げる。私をまっすぐに見据えて、なんとも形容しがたい表情を滲ませた。
悲哀、後悔、期待。そんなものが綯い交ぜになったような、複雑な顔。

「君は、簡単に死にそうにないな」

だから膝丸は、私を選んでくれたのかもしれない。
無尽蔵とも言える霊力。生きている限り、決して枯渇しないもの。確かに私が、霊力の枯渇で亡くなることはないだろう。

「死ぬとしたら、膝丸の手によって、な気もしますけど」
「そうならないために、俺がいるんだ」

いつもなら言い淀み、結局黙っていただろう言葉を口にしてみたが、膝丸は気にした風もなくあっさりと答えた。
殺されないために守るのではなく、殺さないために守るってのも、変な話だ。

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