事実 [22/56]


彼と山姥切、そして私の三人で政府の元へと向かうことになった。正門をくぐって辿り着いた場所は、近未来的ではあれど見慣れた役所のような雰囲気で、あまり大差はない。
待ち受けていた担当官はどうやら焦り気味のようで、政府側も私の霊力がどこに消えたのかなんて調べていなかったんだろうと感じる。言われて初めて、パズルのピースが一致したような。そんな感じだ。

医務室のような場所で彼らと別れ、いつぞやの研究員っぽい人――事実研究員だったらしい――に案内され、あれやこれやと検査を受ける。
二百年近く先の世界なだけあって、余計に私にはとんと理解できない機械ばかりだったのだが、とりあえずは私の記憶を調べるそうだ。忘れている記憶でも、脳を何やらしたら映像として抽出できるらしい。なにそれこわい。
しかし一時間経って出た結果は、電車に乗る私、暗転、本丸、と、私が覚えているものとなんら変わりなかった。
じゃあやっぱり、私が思い描いていたものは所詮可能性でしかなかったのか。そう安堵しかければ、研究員は静かに首を振った。

「今頃、審神者様も担当官から説明を受けられているはずですが」

前置きをして、語り始めた。

彼からの連絡を受けてすぐ、政府は大慌てで襲撃を受けた本丸や、ここ一週間に倒した遡行軍の破片などを調べたらしい。そして私の記憶を探る前に採取した霊力と照らし合わせた結果、当該本丸や遡行軍の破片から、微弱ながらも私の霊力が見つかったそうだ。
つまり、と結論を待つ必要もない。

私の霊力を奪ったのは、歴史修正主義者だった。

「記憶喪失であっても、何らかの呪法や機械によって記憶を抹消されたとしても、この機械は脳から記憶を掘り起こします。それでも映像化出来ないということは、おそらく補佐様は感知していなかったのでしょう。しかし一体、どうやって……」

研究員は頭を悩ませている。私にもまったくわからなかった。
そもそも何で、私はこの世界に来たんだ。審神者である彼だってそうだ。何で私たちだったんだ? よりにもよって同郷の、元同級生が。縁だなんて話で済ませていいのか。
考え込んでいれば、室内に一人の女性が現れた。三十代前半、くらいだろうか。黒のスーツをぴしりときめた、なんとなく教師っぽい雰囲気の人だ。
私に向かって軽く頭を下げ、研究員と二言三言話をし、こちらへ向かってくる。場違いにも、めちゃくちゃ肌綺麗だなこの人、と考えてしまうほど肌理の整った白い肌だった。

「初めまして、補佐様。私は……そうですね、ここの研究員である彼の、上司にあたる者です」

所長みたいなものだろうか。とりあえず頷き、初めましてと返す。

「早速ですが、結論から申します。――おそらく歴史修正主義者の目的は、最初からあなたでしょう。正確には、あなたのその無尽蔵とも言える霊力です」
「も、……目的?」
「あなたの上司にあたる審神者様は、その目的に利用されたに過ぎません」

脳が理解を拒んでいる。
なん、え、何? 目的が私の霊力で、それに、彼が利用された? どういうことだ。
呆然としたまま何も言えないでいる私を待ってもくれず、女性は話し続ける。

「別件で捕らえていた修正主義者の者が、断片的ではありますが口を割りました。どうやら敵方には周知の計画だったようです。
 ――ある場所に、無尽蔵とも言えるほどの霊力を有した人間がいる。しかし時代も違えば、存在する世界の軸すらも違う。また霊力を多く有しているため、抵抗力も強い。ではどうするか? その人間に及ばずとも霊力を保持し、審神者としての適性を持ち、その人間と縁ある者を探し出す。そうして選んだ者をこちらの世界へ引きずり込み、座標とした。
 まとめればこんなところでしょう。その人間があなたであり、座標として選ばれたのが審神者様です。審神者様であったのは、本当に偶然としか言いようがないでしょう。しかし霊力を持つということは、こちらの世界に引きずり込みやすいということにもなります。本丸はいわば神域のようなものですからね。補佐様や審神者様がこちらの世界に来たのも、神隠しと似た原理です」

脳内がぐちゃぐちゃのまま、呆然と女性を見つめていた。
つまり、何だ、原因が歴史修正主義者だってことはさておいて、つまり、私の所為なのか。つまり彼は、私という魚を釣るための餌だったってことで、そんな理由のために家族からも友だちからも恋人からも忘れられて、それで。

唐突に、吐き気に襲われた。吐くには至らなかったが、全身がぐるぐるとしているようで、気持ち悪い。
私は彼よりマシだからと、心の中である種見下して、哀れんで、同情していた彼をこの世界に引きずり込んでしまったのは、私だ。私の所為だ。
こんなの、彼に、彼の刀剣男士たちに、知られてしまったら。

「そろそろ、審神者様に担当官が話し終えた頃でしょう」

ヒュッと、息が詰まった。

「本来であれば補佐様の身は政府で保護するべきなのですが、あなた無しでは審神者様が業務を行えません。審神者は一人でも多く必要なのです。なので本丸の結界を強化し、あなたにも護衛の刀剣男士を――」

女性が何かを言い続けている、なのに頭に入ってこない。言葉を理解出来ない。
彼は知ってしまった。多分一緒にいる山姥切も聞いてしまった。私の所為で彼が巻き込まれたと、わかってしまった。
どうしよう、どうしたら。違う、嫌だ、私だって、私だって家族にも友だちにも忘れられてひとりぼっちなのに、私には一緒にいてくれる刀剣男士だって居ないのに。

「補佐様?」

違う、どうしよう、私はどうすればいい。ぐちゃぐちゃになった脳内を、ゆっくり、ゆっくりと整理していく。
事実なんて知らない。でもつまり政府は、私を野放しにしとくってことだ。そうだ、聞こえていたはずの言葉を思い出そう。私はこれからも彼の本丸で暮らす。結界を強化したって、もうとっくに私の霊力は元に戻っているのだから、修正主義者はまたその霊力を奪いに来るはずだ。
そんな危険因子を放置するってことは、私は、彼の本丸は、歴史修正主義者を釣る餌にされたってことじゃないのか。囮にされたってことじゃないか。
私が居ることで、彼が、彼の刀剣男士たちが、より危険な目に遭いかねない。まだまだ育成途上な彼の本丸だ。歴史修正主義者に襲われでもしたら。

「……ん? 待って、護衛の刀剣男士って、さっき言いましたか」
「え、ええ、そうです。政府には審神者を失い、けれど引き継ぎも刀解も拒否し、一時の眠りにつくことを選んだ刀剣男士が保管されています。そちらから一口、あるいは二口の刀剣男士を、補佐様の護衛役に、と上役から。ただ、自ら保管されることを選んだ刀剣男士ですから、あなたに選択権はないのですが」
「でも、私の霊力って」
「それは審神者様と補佐様同様、新たな呪具を刀剣男士と補佐様両方に身につけていただくことになります。ただ、普通の審神者と刀剣男士の間で為される契約とは違い、補佐様に命令権はなく、あくまで刀剣男士の善意のみから為る契約ですので、謀反の可能性もゼロではありません」

ぐるぐるしっぱなしだった思考が一旦止まり、なんだそれ、と何故だか笑ってしまう。
護衛役としての刀剣男士なのに、私を斬れる存在なのか。ああいや、だからこそ私の護衛役なのか。
いざという時。歴史修正主義者に私が奪われそうになった時。敵の戦力を半永久的に増やしてしまうくらいなら、私を殺して、一人の審神者を切り捨てた方が余程良い。

「その話、彼にも?」
「勿論です。本丸の主ですから」
「何て、言ってました?」
「怒ってましたよ。俺たちは道具じゃない、と」

小さく笑って、優しいなあ、と肩を竦めた。

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