無関心 [19/56]


「なあ宗三、何故あの時、刀に手をかけていなかったんだ?」

場所は演練場から移り、人で賑わう城下町。
鶴丸に問いかけられた宗三は億劫げに視線をあげ、はあ、とため息を吐いた。

「必要がなかったからですよ」
「彼女が、俺たちや主に害のある隠し事をしていてもか?」
「それはあなた方が勝手に想像しているだけでしょう?」

馬鹿らしいと言わんばかりの表情で、再びため息。
宗三は何故他の刀剣男士がああも彼女を警戒するのか、全くもって理解できなかった。あれは警戒をする必要もなければ、いずれ斬ることになるかもしれないなどという懸念を抱く必要もない、ただの無害な女だ。何故、誰も気付かないのか。
勿論、他に気付いているものはいるかもしれない。彼女と仲を深めたいと思うものが居るのも事実。それでも心底から完全に、彼女は無害だと信じているものはいないと、少なくとも宗三は思っていたし、仲良くなりたいと思うものたちだっていざとなれば斬ると決めている。その、いざとなれば、なんて思考は無駄でしかないのに。

「何でそう思うんだ?」
「ああ。宗三は彼女の隠し事が何か、わかっているのか?」

くるりと半身を翻して問いかけたのは、御手杵だった。鶴丸も同調し、らしからぬ愚問を投げかけてくる。
そんなはずがないだろう。宗三は、彼女と話したことがほとんどない。あっても、ただ挨拶をする程度のものだ。そこまで込み入った話をするほどの仲ではないし、そもそも、この本丸に彼女が心を開いているものなど存在しない。

では何故、宗三は他の刀剣男士の危惧、懸念を想像に過ぎないと断じ、彼女への警戒は不要だと考えているのか。そんなもの、彼女が刀剣男士と接している姿を見れば、誰にだってわかるはずだと思っていたのだが。
宗三は求められ、侍らされてきた刀だ。つまり、愛されることに慣れている。だからこそ余計に、彼女の本心がわかったのかもしれない。

「隠し事なんてものは知りませんけどね。だって彼女、めちゃくちゃ僕たちのことを好いているじゃないですか」
「めちゃくちゃ」
「そんなにか」

らしからぬ言葉を用いたからか、御手杵と鶴丸はなんとも微妙な反応を示した。
心底から、これ以上なく、最上に、別に彼女の抱く好意の度合いを表す言葉は何でも良かったのだが、なんとなく、めちゃくちゃ、がしっくりとする気がした。
度外れに、あるいはどうにもならないほど壊れているかのように。それほど彼女は、刀剣男士たちを好いている。その好意を随分と必死に、押し殺してはいるようだが。

だから従順なのだ。だから、己の立場を弁えているのだ。神職でもない人間が、神と人との格差など本心から気にするわけがない。
彼女は好いている相手から嫌われたくない、疎ましく思われたくないと考えているから、あのように従順で、適切とも言える距離を取り、適当な言葉を探すため言い淀む。
頭が良いわけでも刀剣男士を敬っているわけでもない。彼女はただただ、刀剣男士を好いているだけだ。
好意と保身。彼女の行動原理はそこにある。
宗三の考えは正しく彼女の本心を言い当てており、だからこそ宗三は、彼女を警戒する必要がない、と結論づけた。

刀剣男士に嫌われたくないのなら、主である審神者を害することなんて、するはずがないのだから。

そういった宗三の考えを聞いた鶴丸と御手杵は、あまりにも予想外な考察、いやむしろそちらこそ想像に過ぎないだろうと言ってしまいたくなるような言葉に、唖然としていた。
けれど、けれどだ。心当たりはあるのだ。
彼女が本丸で、する必要もない手伝いを買って出ているのは何故だ? 御手杵と同田貫に裸を見られた時、妙齢の女であれば恥ずかしがり声を上げるだろう場面だったはずなのにそうせず、御手杵たちをあっさり許したのは何故だ? 刀剣男士と接している時、彼女がいつも、どこか嬉しそうな表情だったのは、何故?

「いや、でもさ。仮に宗三の言うことが本当だったとして、何で俺たち全員なんだ? 特定の誰かだけってんなら、そりゃ、顔が好みだったとか優しくされたからだとかで、理解できるけど……ろくに話したことない奴だっているだろ?」
「さっき彼女が言っていたじゃないですか。刀に興味があって、と。だからじゃないですか? そこまでは僕も知りませんよ」

事実はどうあれ、多少の納得はいくだろう。
日本刀に興味を持ち、展示されているものを見に行くくらいであるのなら、本丸に顕現している刀剣男士の名前くらいは全てわかるはずだ。有名どころばかりなのだから。
宗三は、彼女が刀剣ではなく刀剣男士を知っている、という可能性を知らない。

「現存してない奴もいるのにか?」
「だから知りませんよ。逸話や写し絵くらいは残っているはずでしょう」

ふと、宗三は立ち止まってしまっていた鶴丸に気付き、足を止める。
城下町には人が多い。霊力で見分けがつくとはいえ、見失ってしまえば探すのは面倒だ。
何か考え込んでいる様子の鶴丸に声をかければ、鶴丸はゆっくりと顔を上げ、口元をゆがめた。
ゆったりとした速度で歩み寄ってくるが、その視線は遠くを見つめている。なんとはなしにその視線を追ってみれば、案の定彼女に行き着いた。堀川と主に挟まれ、あっちに呉服屋が、あっちには甘味処が、と忙しなく案内されている。

「宗三の言う通り、彼女が俺たちを好いていて、嫌われたくないと思っているんなら」

ぽつり、鶴丸が呟く。
宗三は呆れたように首を振った。別に誰が彼女を疑おうと警戒しようと、宗三には知ったことじゃないのだが、無意味なことに心を砕く様を見ると呆れる他ない。宗三だって仲間のことは大切だ。そうやって心労を溜めでもしたら、と心配する気持ちは多少なりともある。
だが、まあ、自業自得とも言える。好きにすればいい、とため息を吐いた。

「刀剣男士が直接問えば、彼女は口を割るはずだよな?」

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