疑念 [18/56]


その日の演練。鶴丸はほんの少しだけ、いつもより気合いが入っていた。
演練に向かう部隊は鶴丸を筆頭に、堀川、今剣、御手杵、宗三、和泉守である。演練が終われば、それに主と審神者補佐の彼女を加えた八人で城下町へ向かう。
留守番組のほとんどが不服そう、あるいは残念そうであったが、主の采配だ。諦める他ない。

彼女が刀剣男士の戦う姿を見るのは、これが初めてとなるだろう。
日頃出陣前後の姿か、本丸での日常を送る姿しか見ていない彼女だ。きっと驚く。そして初日の夕食時のように、すごいすごいと幼子のように目を輝かせるはずだ。
そう信じて疑わないまま、というよりは信じることで期待が現実になることを願って、鶴丸は本丸の正門をくぐる主を追った。
最後尾で堀川と今剣に挟まれている彼女は、初日と同じ姿で、顔を引き締めていた。

一戦目は快勝だった。二戦目は苦戦したものの勝利をおさめ、三戦目も快勝。
これは幸先が良い。一旦休憩に入ったところで、鶴丸たちは主と彼女が待つモニタールームへと向かう。
お疲れと主が讃えてくれる中、彼女はじっとモニターを見つめていた。食い入るように、まばたきすら忘れていそうなほど、真剣に。

「何をそんな真剣に見ているんだ?」

背後からモニターを覗き込めば、二戦目の対戦相手が別の本丸と戦っているところだった。なるほど、これは珍しい。長曽祢虎徹と三日月宗近が、一騎打ちをしている。どちらもが鶴丸たちの本丸には居ない刀剣男士だ。それもあって余計に珍しいのか、加えて三日月は目を惹く顔立ちをしているからな、と鶴丸は勝手に納得する。
けれどどうやら、彼女の視線を追う限り、それは間違いであったらしい。
彼女が見ていたのは、三日月の後方、戦線崩壊に至ったのか倒れている刀剣男士のようだった。道理で視線が動かないはずだ。
鶴丸はその刀剣男士に見覚えがない。集中しているのか返答がないままの彼女をちらと見てから、主に顔を向けた。

「なあ主、あの刀剣男士が誰か、わかるか?」
「ん? ああ、うちにはいねえもんな。膝丸って言うらしいぜ。隣に髭切もいるな。すげえな、あの本丸」

名前を聞けば、合点がいった。源氏の重宝と呼ばれる兄弟だったはずだ。
しかし、何故その源氏の重宝を、彼女は食い入るように、いっそ蒼白とも言える表情で見つめているのか。

鶴丸は鶯丸からちらりと、彼女が刀剣男士を識っている風であったと聞いている。それがどこで得た知識で、どの程度知っているのかまではわからない。
真実、主と同じ立場であるなら、知らないはずの情報だ。主の元いた世界は百年以上前であり、おそらくだが軸も違う。彼の世界に刀剣は存在すれど、刀剣男士は存在していないはずである。

彼女は深く、考え込んでいるようだった。彼女を見つめる鶴丸に、さっきからずっとこうなんだよ、と主が困ったように呟く。
他の刀剣男士も異様さを感じ取ったのだろう。そわそわと落ち着きなく、彼女をどうするべきか考えあぐねていた。
見かねて、鶴丸が彼女の肩を叩く。そういえば触れるのは初めてかもしれないなと思った直後、服越しにもわかるほど冷え切った身体に、驚いた。

「……っえ、あ、すみません。……お疲れ様です」

彼女も驚いた表情を見せ、けれどすぐに取り繕い、頭を下げた。
モニター先の戦闘は、意外と言っちゃ悪いが、長曽祢側、つまり鶴丸たちの二戦目の相手だった部隊が勝利をおさめたらしい。結界が解かれれば、すぐに傷も癒え、倒れていたものたちも立ち上がる。
それを横目で確認してから、彼女は立ち上がった。

「随分と真剣に見ていたようだが、きみ、膝丸を知っているのか?」

言い淀んでいた。言葉を探すというより言おうとしたことを飲み込んでいるこの間は、どうやら彼女の癖であるようなのだが、それはいつもよりうんと長い時間だった。無視されたのかと、思ってしまうほどの。

「はい。――本人を見たのは、初めてですが」

嘘ではなかった。が、何かを隠している。
鶯丸の言っていたことは本当らしい。彼女は刀剣男士を識っている。おそらく、本丸に来る前から。
なるべく早くに、解消しておきたい疑問だった。彼女は何故隠し事をしているのか、その隠し事は何なのか。鶯丸は細かいことだと言っていたし、鶴丸だって彼女が裏切る可能性だなんてものは考えちゃいない。
けれどやはり、万が一、はあるのだ。あってはいけない、もしかしたら。刀剣男士の存在を知るものなど、審神者か、政府の者か、歴史修正主義者しかいないのだから。

「膝丸が顕現出来るようになったのは去年だぜ。何で知ってんだ?」

しかし直接問いかけるには、と鶴丸は口を噤んでいたのだが。あっけなく、主が問いかけてしまった。裏などなく、単純に不思議に思ったのだろう。主は彼女を、ほとんど無条件に信頼してしまっている。
まさか訊かれるとは思わなかったのか、彼女は面食らった表情をした。わかりやすく戸惑い、普段なら黙する間を、ええと、その、とどうにか繋いでいる。

ここで嘘を一つでもつけば、鶴丸たちにはすぐにわかる。演練部隊の面々が皆、緊張の面持ちで各々の刀に手を触れさせた。否、何故か宗三だけは、刀にまったく触れていない。
どう答えるのか、周囲が見つめる中、彼女は渋々といった様子で恥ずかしそうに、ぽつりぽつり、呟いた。

「その、刀に……ええと、興味があって、博物館とか、お寺とか神社とかが、特別展示してたのを、ね、あの、見に行ったことがあって。膝丸は特に、その、好みだったから、覚えてて……」

彼女は喋れば喋るほど、真っ赤に顔を染めていく。

「モニタールームに入る前に、さっきの、とは多分別の刀剣男士だと思うんだけど、戦ってるとこがちらっと見えて、刀を見て、膝丸だってわかって、綺麗だなって思ったしやっぱめっちゃ切れ味良さそうだなって本当に思って、だから倒れてるの見るとなんか気になったんだけど、あの、ごめんここまで説明する必要はなかったね!?」

最後にはほとんど泣きそうな顔でまくしたてるように言い切り、彼女は妙なうなり声をあげながらうずくまった。周囲の、別本丸の審神者や刀剣男士までもがきょとんと彼女を見やっている。たまたま、奥の方にいた膝丸が満足げに、そうだろうそうだろうと言わんばかりに頷いていた。
どことなく気にくわないのは、彼女が初めて、刀そのものを褒めていたからだろうか。

「そういやお前、割とオタクだったもんな」
「だから言いたくなかったんだよ!」
「いやそこまで勝手に喋ったのはお前だよ」

はあなるほどなあ、と頷く主に、何故だか彼女はほっとしていた。ああそれはまるで、うまく誤魔化せてよかった、といった表情で。
先の言葉は嘘じゃない。あれだけ恥ずかしそうに、けれど本心を吐露していたのだ。

だが、じゃあ何故彼女は、あんなにも顔を青ざめさせていた?
まるで、己の考えか何かが間違っていたと、知ってしまったかのような顔で。必死に、周りの声も届かないほど真剣に、考え込んでいたのは何故だ?

「なあ、補佐殿」

四戦目に向かう直前、ぼそりと彼女に囁く。

「隠し事は程々にしておいた方がいいぜ。秘密は女を美しくすると言うが、俺たちの本丸に毒は不要だ」
「……――、」

鶴丸を見上げた彼女は、無表情に近かった。驚くでも焦るでもなく、唇を真一文字に結んで、ただじっと鶴丸を見つめている。
そうして何かを言おうとし、けれどやっぱり口を噤んで、三秒足らずで目を逸らした。

「肝に銘じておきます」

いつも通り、当たり障りのない返答。
ニイと口元を歪め、鶴丸は彼女の背を軽く叩いた。思った通り、服越しでもわかるほど、彼女の身体は変わらず冷え切っていた。

「いずれネタばらしをするのなら、良い驚きを与えてくれ」

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