理解願望 [17/56]


彼女が本丸に現れてから、一月が経過した。
今、堀川の隣で食器を拭いている彼女に、目立った変化はない。最初の頃から変わらず、慣れる様子も馴染む様子も見せず、ただそこに居た。
自分は部外者だ、と思っているのだろう。間違いではないのだが、彼女は主のために霊力を捧げてくれているのだ。堀川はとっくの昔に彼女を受け入れていたし、歩み寄ってもいたつもりだった。同じような刀剣男士は他にもいただろう。だから彼女にも、歩み寄ってほしかった。

「補佐さん、明日は掃除当番ですよね。掃除が終わった後、時間はありますか?」

刀剣男士に話しかけられた時の彼女はいつも、言い淀む。驚いているような、戸惑っているような表情で数秒静止し、堀川と目を合わせてから「はい」と頷いた。
反応の割に、彼女はきちんと目を合わせる。数秒と経たず、すぐに逸らされるが。

「何か御用ですか?」
「明日の演練の後、城下町に出る予定なんです。あ、もちろん主さんも一緒に。だからもし良ければ、補佐さんもどうかなと」

それは、先週辺りから考えていたことだった。主の許可は取ってある。主から彼女に伝えておこうかと訊かれたが、堀川から打診してみると断った。主も彼女と刀剣男士との微妙な距離感は気にしていたらしく、じゃあ頼むな、と任されたのだ。

本丸はほとんど閉鎖空間だ。外に出る術を持たない彼女を、せめて城下町にでも連れ出せば、息抜きが出来るのではないか。
一月経って初の給料も得たことだし、何かを見たり買ったりすれば、気晴らしにもなるだろう。その過程で、刀剣男士とも気兼ねなく話せるようになるかもしれない。少なくとも、その足がかりにはなるはず。

彼女は断らないだろう。堀川はそう思っていた。
彼女が思ったよりも聡明であり、特に刀剣男士に対して従順であることは、既に周知の事実だ。末席であれど神。己より遙かに神格の高い存在であると理解している。
だから断らないはず。そう、確信していたのだが。

「彼も共に行くんでしたら、私はお邪魔でしょう」

本当に申し訳ないといった表情で彼女は苦笑し、やんわりと拒否の言葉を並べた。それは本当に、堀川にとって予想外だった。
同じく後片付けをしていた燭台切と歌仙も、表情に驚きを滲ませている。

「気を遣ってくださって、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。空き時間も暇をもてあましているわけじゃありませんし、補佐として学ぶことはいくらでもありますから。見張りでしたら、前田さんと平野さんがしてくださるそうですし」

どうしようもなく、地団駄を踏みたいような、そんな気分になった。なんて、なんてもどかしい。
刀剣男士の本意は、彼女にまったく、これっぽっちも届いていない!

彼女はどうやら、どうせ暇なら、という考えから誘われたのだと考えたらしい。違う、そうではないのだ。端的に言ってしまえば、仲良くなるきっかけが欲しかっただけなんだ。
見張りの有無なんてものも訊いていない。そもそも前田と平野は、見張りとして彼女の側にいるわけじゃない。

確かに彼女は、己の立場を弁えていた。けれど、弁えすぎていた。
この本丸で最も格下の、ぽっと出でしかない、部外者。確かにそうだ。今でもそう思っている刀剣男士だっている。それを間違いだとは堀川も思っていないし、警戒をすることだって悪くはない。全ては主のためだ。
でも、もう一月が経った。あっという間の、ほんの短い期間ではあるが、これから先もその時間はずっと続いていく。主が審神者として立ち続ける限り、彼女もその後ろに控え続けるんだ。ならば彼女とも歩み寄りたい、仲間になりたい。そう思うのは、自然じゃないのか。
主だって気にかけている。だから共に城下町へ向かう許可を出してくれた。
それでも彼女に、その思いは届かない。

「で、でもほら、欲しいものだってあるだろう? 服とか、髪飾りとかさ」
「ああ、それに、城下町には美味しい甘味処もあるんだ。一度行ってみるのも良いと思うよ」

二の句が継げないでいる堀川に、燭台切と歌仙が助け船を出す。しかし、やっぱり、彼女はきょとんとした顔でしばし言い淀んでから、首を振った。

「現時点で必要なものは彼に揃えてもらいましたから、大丈夫です。甘味処も、彼と刀剣男士さんたちだけの方が、楽しめると思いますし」

彼女が今着ているのは、最初の頃に堀川が渡したジャージだった。着心地が良かったのか、本格的に本丸の手伝いをし始めた辺りで、二着目を購入している。
本丸にいる間の彼女は、ほとんどずっとそのジャージを着回していた。食事時のみ、元から持っていた私服に着替えている。けれどそれも二セットのみ。秋服のようだから、じきに肌寒くなってくるだろう。
格好を気にする和泉守の相棒を名乗る堀川にとっても、格好良さを自他共に求める燭台切にとっても、季節の移り変わりを愛し雅を追求する歌仙にとっても、彼女の現状は「必要なものは揃っている」などとは言えなかった。

だが、どこまで踏み込んでいいものかわからない。
いいから一緒に行こうと言い切っていいのか。衣服はもっと多く持つべきだと言っていいのか。髪だって、彼女の長さであれば様々な髪飾りが試せるだろう。彼女ほどの年齢であれば、化粧も色々試したいはずだ。

ああ、正直に言おう。堀川は、そしてついでに歌仙は、彼女を着飾りたかった。
他にも彼女を着飾りたいと思うものはいくらか存在する。特別美人というわけではないが、きっと化粧映えする顔だろう。彼女がしっかりと化粧を施した顔を間近に見た今剣も、彼女は和装が似合うだろうと言っていた。
仲良くなるきっかけが欲しいのも事実だ。彼女に気晴らしをさせたいのも本音だ。だけどそれ以上に、本丸の紅一点となった彼女を、思う存分着飾ってみたかった。

「なに、お前城下町行かねえの?」

でもどう言えばいいのかがわからない! ともどかしくなっていた彼らを救いだしたのは、他でもない主だった。ひょこりと厨の出入口から顔を覗かせ、ほんの少しいたずらっぽく笑う。
「わり、聞いてた」と付け加え、厨の中に入ってくる。

「まだここについて分からないことも多いし、皆さんの邪魔は出来ないから」
「はー……真面目か。演練や城下町のことだって知らねえだろ。勉強の一環じゃねえか。行こうぜ、一緒に買い物。冬服も必要だろ」

一瞬、本当に一瞬だ。彼女が心底嫌そうな顔をしたのを、堀川は見てしまった。ちょっとした悪戯が歌仙と和泉守にバレてしまった時の、鶴丸とまったく同じ表情だった。
げえ、最悪だ。そう言いたいような顔。
そしてやっぱり言い淀み、しばしの後に諦めたような様子で、肩を落とした。

「そこまで言うなら、お供させていただくけど。……ていうか演練も行くの?」
「補佐役は同伴オッケーらしいぜ」
「へえ……そうなんだ」

関係を良好にしていくのは、難しいかもしれない。最初からもっとうまく立ち回れていたら良かったのにな、と堀川は少しだけ意気消沈する。
それでも、ようやく足がかりは見つかった。もっと歩み寄ってみよう。そう心に決めて、彼女を見やる。

ほんの僅かでも嬉しそうに見えた顔に、ほっとした。

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