悋気 [16/56]


有り体に言ってしまえば、悔しかったのだ。
今剣は洗濯物を干している彼女を眺めながら、あの日を振り返る。入浴中に押しかけてしまったのはやはり悪いことをした。本当にその時しか二人きりで話せる時間がなかったのだから、仕方ないのだが。

初鍛刀の今剣は、五年に近い時を主の傍で過ごしてきた。痛ましい姿も、ようやく笑えた日の姿も、一人きりの部屋で泣き叫んでいた時の声も、声を上げて大笑いできた姿も、全て覚えている。今剣が初めて中傷になった時なんて、今までにないくらいに慌て、震え、怯え、けれど全身全霊で手入れをしてくれた。
仰ぐべき主であり、守るべき人間だ。主が居たという元の世界のことなんて、忘れてしまうくらい愛してあげよう。そうしていればきっと、主は心からもっと笑えるし、今以上にずっと元気になる。そう思っていた。

今剣が見つけた侵入者によって、それは叶うはずのない夢に過ぎなかったと、知ってしまったけれど。

その頃の主は、もう霊力の残りが半分をきっていた。初期以降は四部隊全てを稼働させても問題なかったのが、次第に苦しくなり、部隊を減らして負担を減らして、二部隊が限度となっていた。
それでも時折主は寝込んでしまっていたし、歩き回れるくらい元気な日でも、顔色は悪かった。
政府から、このままだと霊力が枯渇し死んでしまうだろうと告げられた日なんて、見ていられない程だった。離れはぐちゃぐちゃに荒れ、初期刀である山姥切の声も、もちろん今剣の声も届かないくらいに、主は泣き叫びながら暴れていた。
どうして俺が、なんで、何で俺なんだ――その声は今も、今剣の耳に貼り付いてしまっている。

彼女が来てから、主は落ち着いた。
どうするべきか、いっそ刀剣男士の神気を主に与えるしか、それとも神隠しをしてしまえば、なんて不穏な言葉も出てきていた頃だったのに。そんなことするまでもなく、彼女がそこに現れただけで、全ての問題があっさり解決してしまった。
主の霊力は彼女が供給することになった。主の存在証明は彼女がしてくれた。主は夜中に咽び泣くこともなく、ぐっすり眠れるようになった。笑顔が増えた。良いことだらけだった。

悔しかった。今剣たちでは何も出来なかったことを、あっさり解決した彼女がどうこうと言うよりは、何故自分たちではダメだったのか。それが疑問でならなかった。
彼女よりもよほど、刀剣男士たちの方が主を愛している。
彼女よりもよほど、刀剣男士たちの方が主を知っている。
それでも主が心の拠り所に選んだのは、彼女だった。それが悔しくて、情けなくて、仕方なかった。

彼女は己を、今剣にとっての岩融のようなものだと言った。たまたま、現時点ではそうなのだと。
例えるなら、他の本丸にも多く存在する岩融の中で、たまたまこの本丸に来た岩融が、今剣にとっての拠り所となっている。そういうものだろうか。自分は今剣であると、証明してくれる相手。
そうであるのなら、しょうがない、と思った。代替はきくかもしれない。でも、今剣は今ここにいる岩融を失いたくない。主にとっての彼女も、そうなのだろうと。
仮に失ってしまった時、次にいつ、その代替品が来るかもわからないのだから。


仕方ないから、認めてあげよう。主にとって必要なものを、主が求めているものを、刀剣男士である己が蔑ろにするわけにはいかない。
あれは無くてはならないものだ。気にかかるところがないでもないが、そこばかりを突っついて逃げられてはかなわない。

今週の洗濯当番である和泉守と歌仙に挟まれ、何やら小言を言われているらしい彼女を見つつ、今剣はひょいと庭に降りる。
今日は非番だけれど、ほんの少し手助けしてやるくらいなら、誰も文句は言わないだろう。

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