歓迎 [15/56]


興味を持つもの、怯えるもの、嫉妬するもの、覚悟を決めるもの。
ある種平穏であった本丸に波紋を呼んだ彼女を、鶯丸は歓迎していた。
前者のそれらは、刀剣男士、あるいは人としての感覚に近い。鶯丸は神として、彼女を歓迎していた。この本丸に必要なものであると、理解していた。

数日間、暇を見つけては彼女を観察していたが、あれは特別魂が清いものではない。汚れているわけではないが、惹かれるようなものでもなかった。
例えるのなら、神が好む霊力は霊山の湧き水。彼女の霊力は、市販されている水。綺麗ではあるし、飲むと美味しい。だが、それだけのもの。
しかしその水は、いくら飲んでも減ることはない。彼女の内で無尽蔵に貯められていく水は呪具を通して主に供給され、主という蛇口から刀剣男士たちに流れていく。
いわば、贄だ。主である審神者を生かすため、この本丸を存続させるための、生贄。
彼女を歓迎するのは、当然の理だった。

鶯丸が彼女を歓迎し、好意的に見ていた理由は他にもある。
他の刀剣男士も口にしていたが、彼女は思っていた以上に聡明で、従順な女だった。刀剣男士を敬い、主の立場を尊重し、己の身を弁えている。
それに違和感を持つものもいたが、鶯丸は好感が持てた。
あれは良い女だ。彼女が来てから主の精神は随分と安定している。主の霊力が増えつつあることで出陣や遠征の機会も多くなり、資源も小判も増え、主が政府に小言を言われることもなくなった。刀剣男士の練度も徐々に上がり、演練で勝てることも増えてきた。主の霊力が本丸にも多く循環してきたことにより、畑の作物だって常に豊作。馬たちも生き生きとしている。
良いこと尽くめだ。変わらず主はこの本丸の主であるのだし、彼女を厭う理由は一つもない。

だが、刀剣男士たちが彼女を信用しきれない理由も、鶯丸はわかっていた。

彼女はよく言い淀む。言おうとしていた言葉を飲み込み、何を言うべきか考え、当たり障りのない言葉を口にする。
そして、物分かりが良すぎた。鶯丸は当時を知らないが、彼女と同じ状況であった主はそれは痛ましい様子だったと言う。主を保護した本丸の審神者が今の主を目にし、ああよかったと涙ぐんだ姿はよく覚えている。
生来の気質によるものでは、と言われればそれまでだ。だとしても、彼女は現状を受け入れるのが、あまりにも早すぎた。主が舌を焼き、喉に小骨を引っかけ、食道を爛れさせながらようやく飲み込んだものを、彼女は冷めたお茶でも飲むかのようにあっさり飲み込んだのだ。
多かれ少なかれ違和感を覚えるのは、仕方のないことだった。

だから鶯丸は、彼女に問うた。
悲しくはないのか。さみしくはないのか。何故そんなにもあっけらかんとしているのか。
彼女はやはり、言い淀んでいた。鶯丸を見上げ、何故だか僅かに目を細め、数秒の後にぽつりと呟く。

「私は、まだマシですから」

なるほど確かに、聞きかじった主の状況と比べれば、彼女はまだ良い方だろう。何よりも最初から、主という彼女を知った者がいる。
だがその言葉には、まだ他の何かが含まれている。
嘘は言っていない。けれど何かを隠している。そりゃあ信用されないのも致し方なしと思えるほど、隠すつもりがあるのかと訊きたくなるほど、あからさまな黙り方だった。

「何が、マシなんだ?」

敢えて問いかければ、彼女はやっぱり言い淀み、そうして首を左右に振った。
鶯丸を見上げ、いたずらっ子のような笑みを貼り付ける。

「細かいことは気にするな、でしょう?」

その一言で、彼女の隠し事の片鱗は察せた。
鶯丸の記憶にある限り、彼女の前でその口癖を口にしたことはない。他の刀剣男士や、あるいは主が話した可能性もあったが、彼女はわざとそれを口にしたように見えた。
自ら言うつもりはないが、推測なり憶測なりは、好きにすればいいというわけである。
つまり彼女は刀剣男士を、少なくとも鶯丸のことは、あらかじめ知っていたのだ。どこでどうやって知ったのかはわからないが、鶯丸の口癖をするりと言える程度には。

愚かしいと感じたのは、そのように己は疑わしい存在である、と思わせる言動。
賢しいと感じたのは、それを言った相手が、鶯丸であること。

ああそうだ、確かに細かいことだ。
彼女は己の立場を弁えている。神の怒りに触れるような真似を、刀剣男士を識っているのならば尚更に、彼女はしないだろう。したくもないはずだ。
ならば彼女の隠し事とやらは所詮些事であり、気にするだけ無駄となる。
彼女はこの先も、主が必要とする限りずっと、この本丸に霊力供給機として存在するだろう。それさえわかっていれば、彼女が何を隠していようとどうでもいい。
主に害さえないのなら。

「美味い茶葉があるんだが」
「……はい?」

今度は言い淀んだわけでなく、単純に理解が追いつかなかったのだろう。間をあけて疑問符を浮かべた彼女に、くつりと笑う。

「そうだな、八つ時にでもいれてやろう。茶菓子は何がいい」

彼女は困惑していた。それもそうだと思うが、細かいことは気にせずに食べたいものを言えばいいのに、とも思う。

何はともあれ、このまま彼女がここに馴染めば良い。
そうすればいずれ、ただ綺麗なだけの水も、霊山の湧き水に変わるかもしれない。

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