不安 [12/56]


その日、同田貫は洗濯当番だった。また、審神者である主の霊力供給機、もとい審神者補佐としてこの本丸で過ごす彼女も、洗濯当番を割り振られた日だった。

彼女が住むようになってからそれなりの日数が経ったが、同田貫は未だまともに彼女と会話をしていない。
おそらくまともに話した刀剣男士は、今剣、鶴丸、堀川、和泉守、御手杵の辺りだけだろう。前者三人は置いとくとして、後者の二人は、どこか審神者に好意的だった。とはいえ同田貫の目からしてみれば、和泉守は兄貴風を吹かしているだけのようだし、御手杵は女の身体に好奇心を抱いているだけのようだが。

洗われたばかりの洗濯物を、不服ながらも慣れた手つきで物干し竿に干していく。何枚干しても追加の洗濯物がやってくるのは、この本丸に四十をかろうじて超す刀剣男士がいるからだ。
衣服だけでなくタオルや布巾、シーツなど、洗うものはいくらでも出てくる。

「追加、持ってきました」

ぱたぱたと小動物のように駆け寄ってくる彼女の手には、細腕が折れてしまわないかと不安になる量の洗濯物を積んだ、籠が抱えられていた。思わず同田貫はぎょっとし、半ばひったくるような勢いで籠を受け取る。
あっけにとられた様子の彼女は、数秒何かを言い淀んだものの、結局「ありがとうございます」と頭を下げ、おそらく次の籠を取りに踵を返した。

「どうされたのですか、同田貫殿」
「あー……、いや」

同じく洗濯当番である一期一振が、籠を抱えたままの同田貫を不思議そうに見やる。
彼女が視界から消えたと同時に籠をおろし、がしがしと後頭部を掻いた。一期一振が彼女の消えた方へ視線を向け、どこか穏やかな様子で、顔を緩ませる。

「女子がいるというのは良いですな。場が華やぐ」
「そうかあ? 俺はなんつーか、その内ぽきっと折れるんじゃねえかって見てるだけで不安になるぜ」
「彼女は人の子ですよ」

シーツを干していた太郎太刀が会話に混ざってくる。視線は、シーツに向けられたままのようだ。
確かに人間だ。もちろん同田貫だって、それはわかっている。

「そういう意味じゃねえよ。腕も脚も、細いだろ? なのにこんな重そうなもん持って、大丈夫なのかよ」
「一般的な女子と比べれば、さほど細くはないと思いますが」
「そうなのか? なんにせよ、姿形からして俺らとも主とも違いすぎる。最初みてえに、主の側でじっとしといてくれた方がまだ良かった」

ため息を一つ。
彼女が未だ帰って来ないのは、洗濯が終わっていないからか、それとも洗濯室担当の石切丸、厚、にっかりとなにか話でもしてるのか。

本当に、主の側でじっとして、出来れば手伝いなんてもの言い出してこなければよかったと思う。
前提として、同田貫は彼女を嫌っているわけではない。だからといって好意的に見ているわけでもないが、ただただ、見れば見るほどに妙な不安感に駆り立てられた。
あの風呂場で見た、ほとんど裸のような姿。刀剣男士たちと、己の主と、あまりにも違いすぎる体格。短刀と比べればそりゃあ彼女のが勝るが、同田貫の辺りと比べれば随分と細い手足。小さな身体。
あれは自分が触れていいものじゃない、と同田貫は感じていた。蜻蛉切のように触れれば切れるぞ、というわけではないが、触れるだけであっけなく壊れそうな、それくらい弱いものに見えていたのだ。

だから同田貫は、不安だった。
離れの縁側を雑巾で拭いている姿。山盛りの洗濯物を抱える姿。先週、飛んでしまった洗濯物が離れの屋根に落ち、彼女が拾いに行ってしまったところを見た時なんて、今までにないくらい肝が冷えた。
いつ死ぬかもわからない。目を離せばきっとすぐに死ぬ。だからってずっと見ていれば寿命が縮む。刀身がすり減るような不安感だ。
さすがに口には出せないが、同田貫は彼女の――同田貫の目にはそう映る――か弱さが、怖かったのだ。得体が知れなくて。扱い方がわからなくて。

その点、和泉守はすごいと素直に感じる。
彼女が屋根にのぼろうとした件、それを止めたのは和泉守だった。二階の外階段から柵にのぼり、そのまま屋根に飛び移ろうとしていた彼女を「何してんだ!?」と驚きながらも引き止め、すぐさま彼女を回収する。その間に堀川が洗濯物を拾い、彼女は和泉守に抱えられたままおろおろとしていた。
同田貫には無理な芸当だ。あんな持ち方をしてしまえば、きっと彼女は潰れてしまう。潰してしまう。
「ったく、焦らせんなよ」「ダメですよ、危ないことしちゃ」などと窘めることだって出来やしない。同田貫は自分の見目や口調が女に好かれづらいことを理解している。きっと怯えさせてしまうだけだろう。

実際、先の籠を受け取った、正確にはひったくった時だって、彼女は怯えていたに違いない。

「これが最後ですー!」

少しだけ呼吸を乱しながら、再びぱたぱたと彼女は現れた。やはり、両手をいっぱいに伸ばして、重そうな籠を抱えている。もはや腹から上がほとんど見えていない。
わかっていたはずなのにまたもやぎょっとしてしまった同田貫より早く、今度は一期一振が籠を受け取った。

「ありがとうございます。重かったでしょう」

籠から手を離したことで顔の見えた彼女は、数秒の間をあけて笑う。

「いえ、これくらいしか出来ませんから。大丈夫です!」

二の腕の筋肉を強調させるような姿勢をとっていたが、服の上から確認出来るような筋肉は見当たらなかった。
それに気付かないのか気にしないのか、では干すのを手伝いますね、と彼女は布巾類の入った籠を手に、物干し竿の前に立つ。たまたま太郎太刀の隣に並ぶ形になったからか、より小ささが際立って、ぞくりとした。

いっそ主に、あいつに手伝いをやめさせるよう言った方がいいのでは。そんなことを考えてしまう。
太郎太刀は我関せずといった風だし、一期一振は彼女の背を眺めながらご機嫌な様子だ。そんな中で自分だけが、まるで彼女に怯えているような状況となっているのが、心底から遺憾だった。
だとしてもやはり、理解出来ないものには近付きたくないのだ。
遡行軍であれば斬ればいい。刀剣男士であればそもそも理解出来ない、という事にはそうならない。余所の審神者や政府の人間なんかは、関わる機会が然程ない。
だが、彼女はいつでも視界に入る。朝昼夕の食事時は主の側に座っているし、週の半分ほどは母屋で何かしらの手伝いをしている。目が合えば挨拶をしてくるし、触れようと思えば触れられる距離にいる。

何故誰も同田貫のような不安を抱かないのか。それが同田貫には疑問だった。女と接した経験がないのは、誰だってほとんど同じようなもんだろうに。

「あの、正国さん?」

ふと気が付けば、どうにも居心地悪そうに彼女が同田貫を見上げていた。何かしただろうかと思ったが、何もするはずがない。何か出来るはずがない。
硬直してしまった同田貫を哀れに思ったのか、一期一振が含み笑い気味に口を挟んだ。

「同田貫殿、あまりにも彼女を見過ぎですぞ」
「は!? あ、あー……クソッ。……悪い」
「あ、いえ。何か不手際があったのかな、と思っただけなんです」
「ねえよ、ンなもん。洗濯物干すのに手際も何もねえだろ」

ほら見たことか、と頭を抱えたくなる。和泉守や、それこそ一期一振であれば、もっといい言い方が出来ただろう。
怯えさせてしまったはずだ。口を噤んでいるのがその証拠だ。
彼女は主に霊力を供給しているのだから、これが原因で出て行くなどと言われると困る。大いに困る。同田貫はまだまだこの先も、この本丸で刀を振るい続けたい。けれど他に何をどう言えばいいのか、まったくわからない。

「それもそうですね。失礼しました」

が、彼女は深く頭を下げただけだった。そうして物干し竿に向き直り、作業を再開させる。
ぽかんとしてしまったのは同田貫だけでなく、一期一振もだった。けれどそんな二人に気付くことなく、彼女は手早く布巾を干していく。

今でも同田貫の目に、彼女は弱そうで理解の出来ない生き物、として映っている。けれどそんな印象の中に、じわりと、何か違和感のようなものが滲んだ。

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