仕事 [9/56] ほぼ一方的とはいえ家事手伝いの了承は受け取った、ことにした、ので早速昼食から料理の手伝いを始めたんだが。 これがまあ、想像をはるかに越えて重労働だった。 炊飯器も鍋も全て業務用だし、食器を洗う流しは、あ〜昔のバイト先のキッチン思い出すわ〜といった感じのもので、こりゃ手強いぞ……と震える。いつかは一人で回せるようになれば刀剣たちの負担も減るなフフフーンとか思ってたけど、これは無理ですわ。過労死待ったなしのやつですわ。 ていうか料理でこれなら掃除洗濯もえげつない気がする。もう業者に外注した方が手っ取り早くない? 給食センター作ろう? それでもどうにか食らいつく勢いで、野菜を洗って皮を剥いて切って、とひとまずは単純作業を請け負う。調理に関しては、任される日が来るのなら追々、といったとこだろう。 どうやら台所の雰囲気を見る限り、これはこれで刀剣男士たちの趣味や息抜きになっているようだし。 ところでやっぱり、業者とまでは行かずともあの自動で野菜を切ってくれる機械くらいは導入すべきじゃないだろうか。手が攣りそうだ。 作業がてら訊いてみると、料理番は六人一組を週替わりで担っているらしい。今週は今剣、岩融、堀川、山伏、鳴狐、秋田の六人だ。 合計六班が存在し、それぞれのリーダー的立ち位置、つまり班長を堀川、鶴丸、歌仙、光忠、鶯丸、石切丸が担当している。 料理番でない他の五班は掃除や洗濯を担い、余ったものは他の内番であったり非番であったりと、日常生活についてはそんな感じだそうだ。 特に料理と洗濯は重労働のようで、それを担う二班は出陣遠征の部隊から外される。元より審神者である彼の霊力云々によって二部隊しか稼働出来なかったのだから、今まではそれで充分だったんだろう。 今後彼の霊力が安定してくれば、四部隊全てが稼働出来るようになる。そうなると、徐々に手は足りなくなってくるかもしれない。 早く仕事覚えよう、と。次はサヤエンドウの筋取りに取りかかった。 夕方には洗濯物の取り込みと畳む作業、各自室への配達を手伝った。畳んだ後の洗濯物くらい、大広間にでも置いといて各自取りに来させればよくねえ? と思いはしたが、出陣遠征組はやはり疲れているのだろうし、洗濯当番として割り振られている側は他に仕事があるわけじゃないのだし、まあこれでいいんだろう。 特に気にもせず太刀組なんかのパンツや褌も丁寧に畳む私を、洗濯当番の一人である歌仙が何とも言いがたい表情で眺めていたが。洗濯前のはさすがにどうかと思うけど、洗った後なら別に問題なくないか。 その後は遅ればせながら夕食作り、今度は皿出しや簡単な盛り付けなんかを手伝い、食後には皿洗いを手伝い、と忙しなく動き回り、疲れはするがこっちの方が落ち着くな、と思った。 やっぱり彼の側にいるだけ、なんてのはどだい無理な話なのだ。私のメンタル的な意味で。 「けれど、あなたのしごとはあるじさまのおそばにいることでしょう」 「言われてみれば」 ラスイチの皿をしまい終えたところで、今剣にツッコまれる。 今日一日、私が彼と接したのは朝昼夕の食事時に、おやつの時間くらいのものだ。私が彼の側にいなければ、霊力の供給は――されてはいるんだろうが――緩やかなものになるだろう。だからあの研究員っぽい人は、なるべく側にいるように、と言ったのだろうし。 「手伝いばかりも考えものか……どれか一つだけにするか、いっそ書類整理の方向で手伝うべきか……? でも機密事項とかもあるだろうしな……」 後で洗濯室に持って行くため布巾をひとまとめにしつつ、ううんと考え込む。 なるべく彼の側にいること、私の負担にならないようにすること、この本丸の家事を手伝うこと。この三つを両立させるのは存外難しいようだ。 とはいえざっと計算してみた感じ、睡眠時間も合わせれば九〜十時間ほどは彼の近くにいるんだが。それでも半日には満たないし、もう少し時間は増やした方がいいんだろう。目安は十五時間くらいだろうか。 「他の班長たちと相談して、あなたの当番も決めておきましょうか? 来るか来ないかわからないより、そうしておいた方が僕たちも気が楽ですし」 「いいんですか? 結局、余計な手間をかけさせてしまっているような」 「手伝い自体は僕たちもありがたいですから。今日の調理や後片付けも、夕方の洗濯物も、いつもより早く終わりましたしね」 堀川の言葉から微妙に、ほんと微ッ妙〜に棘を感じるのは、私が単純に引け目を感じているからだろうか。 霊力供給機だの審神者補佐だの言われても、結局はこの本丸にとって私は異物でしかないんだろうし、みたいな……あれそれが……。 まあ、だとしても刀剣男士側で私の立ち位置も決めておいてくれるならありがたい話だ。若干気になりはしつつも結局お願いすることにした。 夜。離れの風呂で一人優雅な入浴タイムを楽しんだあと、私は与えられた自室でぼんやり、開け放した窓の向こうを眺めていた。 少し冷たい風が頬を撫でる。風呂で温まった身体にはちょうど良い涼しさ。 隣の部屋で、きっと彼はとっくに寝入っているのだろう。横目に壁を見やり、見えるはずのない向こう側を想像する。 耳元のピアスに指先で触れて、そのまま頬杖をついた。ひんやりとしたチェーンが中指に引っかかる。 目を伏せて、考えようとしていたことを全部、脳の奥底にしまい込んだ。 ここが彼の本丸で、彼は私にとってただの元同級生で、この本丸にとって私は部外者で、でも彼にとっては現時点では必要な存在。とりあえず、それだけをわかっていればいい。 まだたったの数日。この生活が、もしかしたらこの先、何年も続くかもしれないんだ。 心も口も、閉ざしておけばなんてことない。私は彼より、マシなのだから。 |