話し合いの日、当日。

しとしとと小雨が庭を濡らしている。月も星も厚い雲に隠れ、空は暗く何も見えない。
仄かな明かりの灯る渡り廊下を、こんのすけ、私、三日月の順で進んでいく。こんのすけの尾には飾り紐が結われていて、それが歩く度に揺れるのが愛らしい。それを眺めながら目を伏せる私は、珍しく正装だ。政府から支給された、審神者としての衣装。初日以降着るつもりは無かったが、今日はそれを着るべきだと思った。
叔父の本丸の行く末を、決める日なのだから。


広間へと辿り着けば、そこには既に全ての刀剣男士が揃っていた。三日月も含めて、四十二振の刀剣男士。圧巻だ、と心の隅で思う。
落ち着いた様子のもの、未だ納得いかなさそうなもの、私を見てどこか複雑そうな笑みを向けてくれるものと、反応は様々だ。
入ってすぐの場所に腰を下ろし、こんのすけと三日月は私の斜め後ろに控える。

用意しておいた前置きを述べれば、彼らも似たようなものを用意していたのだろう、一期一振が代表して告げる。ほとんど頭に入ってこないそれを申し訳なく思いながらも聞き流していれば、一人が私の正面に出てきた。
まともに顔を合わせるのは初めてだが、彼のことは知っていた。
……叔父の初期刀、山姥切国広。

「俺たちの思いを聞いてもらう。これまでの話を聞き、皆で考え、出した結論だ」
「……はい」

頷いて、先を促す。
審神者ネットワークで見聞きしていたものよりずっと凜とした様子の山姥切国広の瞳は、叔父のものとよく似ていた。

「俺たちがこの姿になってから主と認めた人間は、あの人ただ一人だ。それは、やはり変えることが出来ない。この思いを変えたいとも思わない。初日のアンタは主の死を目の当たりにしたにも関わらず、涙の一滴どころか哀しむ素振りすら見せなかった。そんなアンタを、俺たちは拒絶した。血の繋がらない俺たちでさえこんなにも苦しかったのに、アンタが平然としているように見えたからだ。
 けれど、和泉守兼定が言っていた。アンタに、自分より哀しんでいるもののいる場で、泣くことは出来ないと言われたと。その言葉の意味を、全員で考えた。……だが、俺たちは刀だ。人の形を得たとしても、人間の心や考え方まで、真に理解することは出来なかった」

「教えろ」と、鋭い声が降ってきた。視線を向ければ、和泉守兼定がこちらを見据えている。
全ての言葉に応え、私の言葉を伝えると、決意してこの場に来た。彼らが望むのなら、私はこの気持ちをさらけだそう。そうすることで、先に進めるのなら、幾らでも。

「私が叔父と共に過ごした時間と、あなた方が叔父と共に過ごした時間には差があります。私はそう頻回に叔父と会うことが出来ませんでした。ですが、あなた方は数年間の日々を、叔父と共に暮らしています。私と叔父、あなた方と叔父では、関係性にも違いがあります。人の身を得てから、心を得てから、愛しい人を亡くすのは初めてでしょう。それも理由のひとつです。
 哀しみは量れるものではありませんが、客観的に比較はできるものだと……私は思います。私の抱く哀しみと、あなた方が抱く哀しみには大きな差があった。目の前で叔父を喪い、より哀しんでいるものの前で、死に目にあうことすら出来なかった私こそが哀しいのだなどと、泣き崩れることは出来ません」

納得してもらえるかは解らないが、これが私の本心だ。

「この場で、私に哀しむ資格など無いと……私は、そう判断しています」

視線を下げてしまったので、彼らの表情はわからない。けれど小さな舌打ちを耳が拾い上げて、胸の内だけで苦笑した。やはり納得はしてもらえないか。理解すら、してもらえたかどうか。
「人間は哀しむのにも資格がいるってのか」と、どこか不機嫌に聞こえる和泉守兼定の言葉に、先の舌打ちも彼のものだったのだろうかと考える。……どうでもいいことだ。

「私は、そう思います」
「だとすれば……僕たちにも、哀しむ資格は無いね」

眉尻を下げ、苦笑気味に呟いたのは燭台切光忠だった。
何故、と視線を上げた私の目が問いかけていたのが解ったんだろう。彼は隻眼を真っ直ぐ私に向けて、心底申し訳なさそうな表情のままに、言葉を続ける。

「僕たちは主を救うことが出来なかった。何も出来ず、ただ慌てて、嫌だと泣き叫んで、……それだけだ。曲がりなりにも神なのに、人の子一人救うことさえ出来なかった僕たちに、彼の死を哀しむ資格はない」
「――っそんな、ことは、」
「君がそう言ったんだろう?哀しむことには、資格が必要だと。彼の死に目にあえなかった君に資格が無いのなら、彼を救えなかった僕たちだって同様だ」

そう言われてしまえば、口を噤むしかなかった。どう言えばいいのかわからず、私は唇を噛んで、燭台切光忠から目を逸らす。

彼の言葉は、間違ってはいない。けれど納得は出来ない。先の私の言葉を聞いていた彼らも、もしかしたらこんな気持ちだったのかもしれないと、そう思った。
私の正面にいる刀剣男士たちは、血は繋がらずとも叔父の家族だ。みんなが叔父を大切に想っているし、叔父もまた、愛おしんでいただろう。
人の生き死には、神様であったとしてもどうこうしていいものじゃない。彼らが叔父を救えなかったことに、責任を感じる必要はない。私がそう告げたところで、きっと彼らは――今も私をじっと見つめている彼は、その言葉を受け入れはしないだろう。
私が彼らの言葉を、受け入れてはいないのだから。

「……アンタは、主の死を、哀しんでいるのか」

山姥切国広が、助け船と言ってもいい言葉を投げかけてくる。
答えるのは、怖かった。口に出してしまえば、認めざるを得なくなる。言葉と一緒に感情まであふれ出してしまいそうで、また、この前のような醜態をさらすのは嫌だった。そう思ってはいても、私には本心を答える以外の選択肢は、無いのだけど。

「――かなしいに、決まってるじゃないですか」

振り絞ったような声は、自分でも笑えるくらいに、震えている。

私が産まれた頃から一緒にいてくれたお兄ちゃんが、まだ死ぬような歳でもないのに、急にいなくなった。もう、一生会えなくなった。それを哀しく思わない、わけがない。哀しいに決まっている。どんなに気持ちを誤魔化そうと、哀しくなんてないふりをしようと、この本丸に遺るお兄ちゃんの気配を感じるたびに、胸が痛くて痛くてたまらなくなる。会いたくて堪らなくなる。
今目の前にお兄ちゃんが現れたら、年甲斐もなく泣いて、抱き付いてしまうだろうと思うくらいに。お兄ちゃんの笑顔に、体温に、優しさに、また触れたくてしょうがない。

……でも、それを言って、何になる。
叔父はもう居ない。会うことはできない。仮に触れられたとしても、それは怖気がするほどに冷え切った、もう動かない身体にだ。

吐き出したくてたまらない、どうしようもない駄々のような本心を押し込んで、再び口を開く。やっぱり声は、震えていた。

「哀しいですよ、泣きたいほどに。喚きたいほどに。でも、泣き喚いたところで叔父は帰ってきません。それに私は、叔父の本丸を機能させるという使命があります。嘆き悲しむ暇は、……本来なら……ありません」

そっと混ぜ込んだ皮肉に、自嘲の笑みを漏らす。不本意ながら嘆き悲しむ暇はあった。余裕は、無かったが。
私の言葉に辺りは静まりかえって、いっそ笑えるくらいだった。しとしとと、雨音だけが広間を満たしていく。小雨の割に、止む気配はなさそうだった。

「……先日の、返答をしていませんでしたね」

障子の向こう側に意識をやりながら呟く。反応を示したのは一期一振と薬研藤四郎で、それに加え歌仙兼定がそっと視線を私に向けた。
いつまでも哀しい哀しくないの話をしていても、感情論に終わりは見えない。もう今の私に、じっくりと話し合いを続ける余裕はなかった。ほんの少しでも集中力を欠けば、今にも泣いてしまいそうだった。

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