朝食は三日月とこんのすけと三人で、オムレツとボイルしたウインナーに、サラダを用意した。何故かこの三日月には洋食を作る才能があるようで、私が作ったオムレツは少し歪なのに対し、三日月が作ったオムレツは高級ホテルも真っ青な完璧ぶりだ。
審神者ネットワークでは燭台切光忠が右に出る者はいないくらいの料理上手らしいが、洋食に関しては三日月が勝つんじゃないかと思ってしまう。まあ、燭台切光忠の料理を見たことがないので、何とも言えないが。

先までのごたごたが無かったかのように、私たちは穏やかな朝食を終える。
その後は三日月が書庫に行き、こんのすけが政府からの指示書をまとめ、私は食器洗いをした。こんのすけ曰く、今までの報告書通りの状態なら、予定通り任務の猶予は半年間……つまりあと五ヶ月程度で打ち切るそうだ。
まあ母屋の彼らは常通り日課をこなすように出陣、遠征を行っているようだし、政府的には半年も猶予を与えたくはないんだろう。慮るは刀剣男士と審神者の関係のみだ。出来ればあと二ヶ月以内にはどうにかして欲しいとのコメント付きだった。
私がきちんと審神者の業務を行えたとして、現時点以上の戦果は見込めないと思うのだけど。

「っと、そうだ三日月。私はこの後、ちょっと万屋へ行ってきます」
「ほう、珍しいな。何を買いに行くのだ」

書庫の小説は粗方読み終えてしまったらしく、今は少女漫画を読んでいる三日月になんとなく遠い目をしながら伝える。
三日月は漫画から顔を上げ、きょとんとした表情を向けてきた。

「通販では買えない物ですか?」
「まあね。何を買うかは内緒です。すぐ戻ってきますから」

不思議そうに尻尾を振るこんのすけの頭を撫で、二人にまとめて告げてから、私は外着に着替えるため自室へと向かった。
 
審神者という職業と本丸の景観上からか、審神者には和装の人が多い。と言っても私は養成所にいた頃に見た先輩審神者数人しか知らないから、現状何割が和装なのかは知らないが。
私は、動きやすいから現代の衣服の方が好きだ。着物や浴衣の、あの帯がどうも受け付けない。袖もだ。身動きしづらいし、呼吸もしづらいし、トイレに行くのだって面倒臭い。ジャージ、Tシャツ、健サンの快適さたるや。
最近は三日月が、梅干し食べたら種を思いっきり噛んじゃった時みたいな顔をするから、それなりに部屋着にも気を遣っているけれど。

着替えた外着は、審神者となる前に着ていたものだ。別段お洒落でもなく、かといって多分ダサくもない、現代ファッション。軽く化粧をして、忘れ物がないよう鞄の中を確認する。そうして、二人に「行ってきます」と声をかけ、離れを出た。
こんのすけは心配そうに私を見送り、三日月は少女漫画に視線を落としたまま手を振ってくれた。

離れを出て、人目に付かないよう道を選びながら本丸出入口の門へと向かう。そこにはゲートがあり、操作できるのは審神者とこんのすけ、そして許可証を持った刀剣男士のみだ。恐らくこの本丸の刀剣男士たちは、その許可証を持っているのだろう。申請が面倒だと養成所で先輩が言っていたが、果たして叔父がわざわざ申請したのか、それとも政府が与えたのか。

「何をしているんだい?」
「っ、」

びくっ、と身体を震わせる。あと少しで門に着く、といったところで、後ろから声をかけられてしまった。誰だろう、恐る恐る振り返る。声に棘はなかったように、思えたけれど。
振り向いた先には、米俵を抱えた黒ジャージ姿の刀剣男士がいた。噂の燭台切光忠だ。米俵を二つ、何でもないように抱えている辺りさすが刀剣男士といったところか。
そういえば門の近くに蔵があったな、と頭の隅で考える。そうこうしている内に、「聞こえてる?」と再び声をかけられた。片方の米俵を地面に置いた燭台切光忠が、私に向かってひらひらと手を振っている。

「っああ、すみません。ちょっと万屋に向かおうとしていたところです」
「そうなんだ。気をつけてね」
「はい、失礼します」

会釈をし、再度門へと歩き始める。
彼は歌仙兼定と同じく初日の事態を静観していた側の刀剣だが、私のことを快く思っていないのは他の刀剣男士と同じだろう。その割にはえらくフレンドリーな対応だったな、と「気をつけてね」との言葉と共に浮かべられていた笑顔に疑問符が浮かぶ。元々、そういう性格なんだろうか。
それはそれで私に問題があるわけでもないので、良い人なんだろうと結論付けてゲートの操作を始める。その頃には随分遠くに行っていた燭台切光忠が「あっ!」とここまで聞こえてくるくらいの声をあげた。
なんぞや、とつい視線を向けてしまう。驚いたことに、彼の視線もこっちに向けられていた。

「ねえ、万屋に行くなら、ついでに僕も一緒に行っていいかな?」
「……えっ、あ、おぉ……はい?」
「ありがとう!じゃあ、準備してくるからちょっと待ってて!ごめんね!」

そう言ったが早いか、彼は米俵を二つ抱えて母屋へと走っていった。刀剣男士すごいなあ、と私はやや現実逃避をしながら見送る。
米俵って確か六十キロだろう。てことは約百二十キロを抱えて彼は……いやこれ以上考えるのはやめておこう。もう結論出ちゃってるけど。
 
……どうにも、彼が何をしたいのかがわからない。


既に開く準備は万端整っているゲートの前で、十分ほどの待ちぼうけ。本来ならば既に万屋へ向かっていて、なんならもう帰り支度をしている頃のはずだったのに、どうしてこうなった。
両腕を組んで溜息を吐き、燭台切光忠が戻ってくるのを待つ。これがもし、万が一、新たないじめ方法だったとしたらどうしようなんて考えながら。新たなも何も、別に此処の刀剣男士にいじめられた事なんてないのだが。
『あいつあんなとこで待ちぼうけしてんよププー!』とか、どっかで見られてたらどうしよう、と思ってしまうのはネガティブ人間の悪い癖だ。他人は言うほど自分を見てはいない。うん。
あと三分待っても来なかったら勝手に行こう。そう決めた瞬間に、「ごめーん!」と声を上げながら燭台切光忠が駆け寄ってきた。先までのジャージ姿ではなく、スーツのような格好だ。戦装束かとも思ったが、草摺やら何やらはついていない。帯刀はしているが、まあそりゃ本体を置いてくるような真似もしないだろう。

「ごめん、待たせちゃったね」

ふう、と私の傍らで一息吐く燭台切光忠に、ううん今来たとこー、なんてセリフが脳裏を過ぎっていったが「はあ、いえ」だけで済ませた。今来たとこではないしな。というかこのネタは一体何年前からあるのだろう。

「じゃあ行こうか」
「……はい」

なんだか、ペースを乱されてしまう。何とも言えない気持ちになりながら、ゲート接続のボタンを押す。機械的な音がして、ゲートは万屋へと繋がった。先導するように、燭台切光忠がゲートを通る。私もその後に続き、通るべき人を通したゲートはまた機械的な音と共に、姿を消した。
目の前に広がるのは、審神者と刀剣男士、そして政府の息がかかった人間のみが入ることの出来る、異空間だ。万屋だけでなく、甘味処や呉服屋、宿なんかもある。宿とか一体誰が使うんだ。ちなみに近々ショッピングモールも建つらしい。次元の狭間にあるこの街は一体どこに向かおうとしているんだろう。

万屋へと向かっていれば、燭台切光忠が私と並ぶように歩調を緩めた。

「今日は何を買いに来たの?」
「まあ……色々と。貴方は何を買われるんですか?」
「ちょっとした調味料が無くなりかけているのを思い出してね。通販より、此処に買いに来た方が安いから」

なるほど。金銭面まで気にしている辺り、審神者ネットワークで聞き及んでいた通りに彼は本丸のオカンらしかった。本人がそれを聞いて気をよくするかは解らないので、口には出さない。
特にこの街の醸造家が造る醤油は美味しいらしく、それが買えたらいいなあ、と彼は顔を綻ばせていた。
そういえばこの刀剣男士、お金は持っているのだろうか。私は必要最低限のお金しか持っていないから貸せないぞ。私の考えを見抜いたのか、燭台切光忠は「ああ、安心して」と小さな財布を見せてくる。

「主にちゃんとお給料を貰っていたからね。自分のものはちゃんと自分で買うよ」
「でも、食材や調味料は、本丸の必要経費なのでは?」
「そうだけど、それを勝手にこだわってるのは僕だから」

へえともふうんともつかない声で返し、まあそれならそれで、と会話を終える。
本丸の維持に必要な経費は最初から彼ら側に与えられるようにしているし、この様子ならきちんとやりくりはしているのだろう。調味料にこだわりたくなる気持ちはよくわかる。
数百円で済む醤油に何千円もかけて、その上それを経費で落とすのは如何なものかと思う気持ちも、まあわかる。

先に辿り着いたのは万屋で、「じゃあ私は此処で」と当然のように伝えれば、彼は目を丸くして驚いていた。
「えっ」との呟きに、こちらまで「えっ」と返してしまう。何だ、私は何かを間違っただろうか。

「女の子を一人置いてなんていけないよ。僕はここで待ってるから、気にしないで見ておいで」
「えー……」

何とも言えない声が出た。
……なんというか、ああ……わかった。この、燭台切光忠という刀剣男士が、いまいち解らなくて、どうにも苦手だと思ってしまうこの気持ちの理由。……彼は、本音はどうあれどこまでも『良い人』なのだ。
女子にはこうすべきだとか、こういう場面ではこう動くべきだとか、そういう理想論を素でやってのける人。
こういう人が、一番怖いんだよなあ……。三日月とは違う方向で……。

「どうかしたの?もしかして、気分が悪い?」
「ああいえ……いいえ……大丈夫です」

諦め、暫く待ってもらうことにする。この手の人は、何を言っても無駄だ。決して自分ルールを曲げようとしない。ならば私は、諦めるしかないだろう。
買う物は決まっていたのでさっさと選び、ついでに目に留まったものも一緒に購入する。「お待たせしました」と外に出れば、「ゆっくり見ていて良かったんだよ?」と心配そうに言われてしまった。……ああ、もう、どうすればいいんだ……。

「君の用事はそれで終わり?」
「はい」
「じゃあ、後ちょっと、僕の用事に付き合ってもらってもいいかな」

有無を言わせぬ、提案。私は半ばやけくそになり、勿論ですと微笑んだ。
……帰ったら、こんのすけに癒してもらおう。

燭台切光忠はその後、醤油と酒、塩、砂糖といった調味料の類を購入していき、更には通りがかった肉屋で特売されていた塊肉をお買い上げ、そして更に甘味処でお土産だと人数分の水無月を購入。
そしてそして更に、簪や帯飾りなんかを売っているお店で「これ、君に似合いそうだよね」などと言いつつ簪を買おうとしたのでそれだけは必死に止めた。こんなにも必死になったのは、もしかしてこの本丸に来てから初めてなんじゃないかってくらい必死になった。

「はあ、今日はたくさん買い物が出来た。この街だけは刀剣男士だけじゃ来られないからね、助かったよ。ありがとう」
「いいえ……、って、あれ?そうなんですか」

ぐったりとしつつ、燭台切光忠の言葉に目が丸くなる。それは初耳だ。

「知らないの?この街で何か問題が起きちゃいけないからだよ。主っていう引き止め役がいないとね」
「そうなんですか」

確かに言われてみれば、ちらほらと見える買い物客も審神者と刀剣男士の組合せ、もしくは審神者のみだ。刀剣男士のみの姿は、どこにも無い。
そんなルールがあったとは知らなかった。マニュアルをもう一度、ちゃんと読み直す必要があるかもしれない。この本丸に来てから、審神者業なんてまったくと言っていいほどしていないのだし。
離れに設置した鍛刀部屋は勿論のこと、手入れ部屋なんてあのピザトースト切断事件以降まったく使用されていない。掃除だけは一応、しているけれど。マニュアルだけじゃなく、養成所時代の教科書も見直した方がいいかもなあ。

帰り道を歩きながら、これからのことを思う。
まずは二日後の話し合い。それまでに、私はこの本丸でどう生きていくのかをはっきりさせなければいけない。胸の内にある考えを、口に出せるようにならなければいけない。
泣かず、喚かず、あの日のような失態を犯さぬよう。そのためには、三日月とこんのすけにも色々と手伝ってもらう必要があるだろう。あの二人には本当、世話になりっぱなしだ。

「なんだか、嬉しそう」
「そう、見えましたか?」
「うん。君も、主みたいに笑えるんだね」

大きな袋を三つも抱えた燭台切光忠が、寂しげに笑う。私は今、嬉しそうにしていたのか。それがなんとなく恥ずかしくて、頬を掻く。

「――しいなあ、」
「え?」

ぽつりと呟かれたそれは、あまりにも小さな声すぎて私の耳では拾えなかった。顔を上げた私を、燭台切光忠はじいっと見下ろしている。
金色の瞳は無感情に私を見下げていて、怖気が背筋を震わせた。……考えろ、思い出せ。聞こえたはずだ。……私は今、彼に、何と言われた?

――羨ましいなあ。

気が付いた瞬間に、血の気が失せる。
きっとこの人は、何で叔父はもう笑えないのに、私が笑えているのかって、そう思ったに違いない。だからこそ、怖くて、申し訳なくて、喉が震えた。
どんなに羨ましがられても、私は、叔父の代わりに死ぬことも、生きることも出来ない。

きっと真っ青になって俯いた私の頭を、ぱっと笑顔になった燭台切光忠が「ごめんね、何でもないよ」と言いながら撫でる。全身が総毛立つ程に、それはとても、優しい手つきだった。



(羨ましいなあ、良いなあ。彼にはこんな風に、嬉しそうな顔で笑ってくれる主が居て。羨ましいなあ、僕も欲しいな……)

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