終始4 [5/27]


それからの十日間は早かった。
手入れ部屋は連日フル稼働で刀装が壊れれば新しく特上をいくつも作り、ブラック企業さながらの労働時間で審神者の私さえも寝る間を惜しんで書類作成に勤しむ。
検非違使は、いざ求めてみれば墨俣を何周しても現れなかったり、かと思えば一周の間に三連戦となったり、と出現率が読めない。八日目の辺りで、恐らく理論上は戦場のどこででも検非違使と遭遇する可能性があるのだろう、と政府からの見解が送られてきた。遡行軍の敵本陣のように場所が決まっているわけではなく、奴らはどこからでも現れる。
部隊を入れ替え練度を組み替え検非違使と戦い続けた結果、先の推測は正しいと言って良いだろうと結論付けられた。
検非違使は遭遇する刀剣男士部隊の、最高練度のものを想定して部隊を組んでくる。六十から六十九、七十から七十九、とどうやら十刻みごとに強さを変えてくるようで、部隊内の練度を揃えれば特に苦もなく勝利を収めることが出来、特に部隊内全員が七十台後半の時はさして脅威でもなかった。強いて言うなら、槍に先手を打たれたり打ち残してしまったりした時なんかは、徐々に傷を増やされるのが鬱陶しかったが。

十日目の今日で、ひとまずの調査は終了だ。検非違使への対策はとれたと言っていいところまで来た。政府から報酬となる小判や資材も受け取り、調査のため送られたお守りもそのまま報酬の一つとなった。
本丸は十日ぶりの全休となり、しかし審神者である私と近侍の歌仙、大倶利伽羅。そして手伝いを志願してきた長谷部と平野が執務室で膨大な報告書をまとめている。
私の下瞼にはくっきりと深く黒い隈が出来ていて、肌の調子も人生最悪レベルのコンディションだったが、今更どうしようもない。普段は申し訳程度の化粧をしているが、今日は顔の下半分をマスクで覆っていた。

「少しでも眠った方がいいんじゃないかい」
「いや……いい、大丈夫。どうせ全部チェックしなきゃいけないし、そんなら今終わらせて後でがっつり寝る方が良い。二日は寝て過ごす」

姿勢悪くパソコンを睨み付けつつ、手だけは忙しなく動かし続ける。
これが全部終わったら死んだように寝て、その後現世か城下町でアホみたいに遊びまくってやる。そう心に決めながら。臨時ボーナスも入ったんだ、三セットくらい私服増やしてやる。別段着る機会もないけど。

途中、光忠がおやつを差し入れてくれたり、前田と堀川がお茶を煎れてくれたりと休憩は挟んだものの、全休としておきながら私たちがようやく本当に休めたのは、日付が変わってしまってからだった。
気の抜けまくった雄叫びを小さくあげて、画面に映し出される『送信しました』の文字を見送り、そのまま後ろに倒れ込む。
いつもなら歌仙にはしたないと窘められるところだが、今日ばかりは仕方ないと溜息を吐かれるだけに留まった。

ぼんやりと天井を見上げ、このまま寝てしまいたいが風呂にも入りたい、と逡巡する。長谷部や平野は言われる前に部屋の片付けを始めていて、歌仙は寝床の用意を、大倶利伽羅は風呂の用意をしに席を立った。至れり尽くせりである。
彼らにとっては本来の業務外のことをさせていたのに、文句一つない。これが同田貫や御手杵であっても、きっと文句は言わないだろう。彼らは恐ろしくなるほどに、優しい神様なのだ。

「明日明後日も全休。本当の休み。書類仕事も無し。明後日の午後は出かけるから、長谷部とあっくんはそのつもりで、あっくんに伝えといて。明日明後日に城下町に出かけたいって子がいたら、通行手形渡しとくから、明日の……あー……十三時くらいかな、まあ私が起きた頃に教えて。明日は一日部屋から出ないから、こんのすけも呼んどいて。あと何か言っとくことあるかなあ……」

そのままの姿勢でぶつぶつと呟く指示を、長谷部が細かくメモしている。あっくんこと厚への指示は、平野が伝えてくれるそうだ。
明日の食事と明後日の朝食はどうするかを問われ、ああ、と吐息のような声をあげ、思案した。

「明日はいらない。お腹すいたらこっちで勝手に食べるから、明日は歌仙か長谷部以外は離れに近付かないように。明後日の朝は、届けてくれると助かる」
「かしこまりました。では、そのように」
「うん。平野はもう、先に部屋戻っていいよ。ありがとう、助かった」
「いえ、主のお役に立てたのなら、嬉しいです。ではお言葉に甘えて、お先に失礼しますね。おやすみなさいませ、主、長谷部殿」

長谷部と共に返事をし、頭を下げて執務室から出て行く平野を見送る。
歌仙と大倶利伽羅はまだ戻ってこない。ついでに夜食の用意でもしてくれてるんだろうか。

「長谷部」
「はい」

手を伸ばせば、そのままそうっと引き起こされる。よいしょと親父くさく呟いて、その場で胡座を掻いた。長谷部は私のそういう粗野なところを、叱ったり窘めたりすることはない。
髪を束ねていた布を引き抜けば、はらりと跳ねた髪が落ちる。紫色の細長い布。蜻蛉切が消えても何故か消えなかったそれを、長谷部がじ、と見つめているのを気配だけで感じる。

指先だけで長谷部を手招き、その耳元に唇を寄せた。やや硬直する様子を察しながらも、長谷部にしか聞こえないような声量で、小さく呟く。

「私の傍に最期まで居るのは、歌仙と大倶利伽羅のはずだったんだ。でもそれは、あの日までの話。今はもう違う。彼らは私の傍に居られない。……ねえ、長谷部」
「……はい」
「君は、絶対に折れちゃダメだよ。私が死ぬその日まで、折れることは絶対に許さない」

ぴくり、長谷部の身体が震える。
女郎蜘蛛が獲物を捕らえるように、長谷部の首へ腕を回す。今まで誰相手にも、短刀相手にだって一度もしたことのない行為に、きっと長谷部は驚いていた。それでもそんな気持ちをおくびにも出さず、長谷部の指先が、躊躇いがちに私の背へ触れる。

「その言葉を、貴方は、歌仙や大倶利伽羅にも伝えたことがありますか」
「?無いけど」
「――蜻蛉切、にも?」
「無いよ」

誰にも言ったことなんてない。長谷部だけ。
私は長谷部が求めている言葉を、そっと告げる。薬のように、毒のように。

「君が折れるのは、私の最期の日、私の傍でだけだ。それ以外の場では、絶対に、何があっても、何をしてでも、折れないで。約束」
「……ええ、約束、です。俺は、絶対に折れません。貴方の、主の最期の日まで」

不可視の糸が、私と長谷部の間を繋ぐ。神と交わした契約の証。私の刀は、これで、まあ一度くらいは不慮の破壊を免れることが出来るだろう。
ぱっと両手を離し、約束だよ、ともう一度口にして、笑った。長谷部は今にも泣きそうな目で、不可視の糸を握り締めるようにしながら、へたくそな笑顔を見せた。

「主、貴方は何を考えているのですか」
「強くなりたいだけだよ。より強い刀剣を、より強い霊力を。そうすれば誰も折れないし、誰にでも勝てるでしょう?」


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