終始2 [3/27]


幾つもの本丸で刀剣破壊が相次ぎ、その度に審神者たちが心に傷を負おうと、政府はそれが癒える日なんて待ってはいられない。これは戦争なんだ。仕方ない。
雷鳴と共に現れる、青い炎を纏った未知の敵。一週間の間に何度も急かされていた報告書を大急ぎでまとめ、政府から送られてきた資料にも目を通す。

審神者から政府へ、一番最初の報告は八日前。私が引きこもる一日前のことだった。幸いにもその審神者は刀剣破壊を起こすことはなく、ほぼ全振が軽傷未満。その他の報告の中にも、練度に関わらず、軽傷程度で済んだ部隊はちらほらと見られる。
しかし、私のように刀剣破壊まで至ってしまった本丸も数多い。中には部隊の半分が破壊された者、唯一の初期刀を喪った者もいる。よく報告できたな、と純粋に思った。

政府は彼の敵を、検非違使と名付けたらしい。敵がそう名乗ったわけではない。
遡行軍も刀剣男士も差別なく攻撃してくる彼らは、歴史の流れそのものを守っているように見えたそうだ。いわゆる、タイムパトロールってやつだろうか。
歴史を『修正』することも、それを阻むため時間移動を繰り返すことも、検非違使は是としない。

未知の敵に検非違使、と名付けたところで彼らの詳細がわかるわけでもなく。それはやはり、優秀と政府が判断した本丸の幾つかが、調査という名目で出陣回数を増やすよう要請されていた。
審神者の中でも古参に分類される者たちの中で、特に良い戦績を修めている本丸。審神者となったばかりでも、入手刀剣の多い本丸。国ごとに行われる演練にて、常勝の本丸。
その中の一つが、私の本丸で。つまり私にも、出陣回数を増やし、検非違使を調査・撃退せよとのお達しが来ていた。


背後で、一週間前の出陣について書類をまとめていた大倶利伽羅へと振り返る。名を呼ぶよりも早く振り向いた彼に、無言で書類を渡された。

「ありがと」

大倶利伽羅は小さく頷き、また筆をとる。その背を数秒眺めてから、書類へと視線を落とした。

部隊長、鶴丸国永。以下、蜻蛉切、厚藤四郎、歌仙兼定、太郎太刀、蛍丸。練度は、上は七十一、下は三十二、と開きがある。刀種は太刀一振、打刀一振、大太刀二振、短刀一振、槍一振。統一性はない。
一旦書類を置き、他本丸の報告を検非違使被害の大きかった本丸と小さかった本丸に振り分けていく。
どこかに共通点があれば、打開策の一つくらい、見つかるはずだと願って。



 *



「正直、主があそこまで落ち込むなんて、思わなかった」

慣れた手つきで昼食の用意をしながら、燭台切光忠は一人言のように呟く。
厨には燭台切以外に、歌仙兼定、堀川国広、平野藤四郎、獅子王の四振が立っていて、それぞれが包丁や野菜やお玉なんかを手にしたまま、燭台切へと視線を向けた。
少しの間空白が落ちて、獅子王がぽつり、「まあ……確かになあ」と同意を示す。
すぐに視線を手元に戻した歌仙へと堀川、平野が視線を向け、けれど何も言うことはなかった。

「あ、悪い意味とか、蜻蛉切さんだからとかじゃなくてね。主は、僕たちをきっと、道具の延長線上にあるモノとして見てるだろうと……そう思ってたからさ。純粋に、驚いたんだ」
「さすがに、道具とまではいかないと思うけどな。でも、燭台切の言いたいことはわかる。俺も主は、俺たちの内誰かが折れたところで、じゃあ仕方ないか、くらいで済ませられる人間だと思ってた」

燭台切も獅子王も、そんな審神者に文句があるわけではない。現状の扱いを嫌だと感じたことはないし、彼女は良い審神者たろうと努力をしている、そう感じている。
皆を平等には愛せないが、皆を愛する審神者でありたい。そう告げた審神者の言葉は、この本丸に居る刀剣男士なら誰もが耳にしたことがある。その言葉通り、彼女は刀剣男士たちを愛していた。
それが何に向ける愛情なのかは、人の身を得てまだ半年程度の刀剣男士たちには、よくわからない。

「それでも主さん、泣きませんでしたね」

思い出したようにぽつり、堀川が呟いた。そういえば、といった表情で燭台切も獅子王も頷き、また暫く沈黙が続いて――燭台切が、目を伏せる。
例えば、折れたのが僕だったとして。さすがに仲間を喪ったばかりの本丸で、それを口にすることは憚られた。こんな思いを誰かに聞かれることも、格好を気にする燭台切には、あまり許容できるものではなかった。だから心の中だけで考える。
それは獅子王も、堀川も、平野も、程度に差はあれど同時に考えたことだった。

例えば、折れた刀剣が、自分だったとしたら。
審神者は蜻蛉切の時と同じように、誰の目にも明らかな動揺を見せてくれるだろうか。全身の力が抜けて、立ち上がれないほどの絶望を感じてくれるだろうか。それとも彼の時以上に泣き叫び、人目も憚らずわめいてくれるだろうか。

答えを知っている歌仙だけが、黙々と野菜の皮を剥き続けていた。
近侍である歌仙と大倶利伽羅以外は知らないが、審神者はこの一週間、声を嗄らし目を腫らすほど泣き喚き続けていた。
彼女は、この本丸の刀剣男士たちが想像する以上に、この本丸を愛している。刀剣男士たちを愛している。それは、家族に向けるような愛情でも、友や恋人に向けるような愛情でも、共に戦をする仲間へ向けるような愛情でもない。
所有者が、所有物へ向ける愛情だ。愛着、独占欲、所有欲。そんな風に言い換えた方が適切かもしれないもの。
審神者はとても人間らしく、愚かで、無知で、傲慢な、子供だった。
だから勿論、折れたのが蜻蛉切でなくとも、それが誰であろうとこの本丸に住まう彼女の刀剣男士であったのなら、彼女は人知れず泣き喚くだろう。己の物が壊されたのだから、子供らしく泣くだろう。
そして、きっと――……。

「なあ歌仙、その大根、かつらむきする必要あったか?」
「え?……ああ、いつの間に」

しゅるしゅる、と薄く剥かれた大根が、束となってまな板に積み重なっていた。
獅子王に指摘されてようやく気付き、皮を剥いていただけのはずだったのにな、と歌仙は苦笑いを滲ませる。
この本丸最古参の初期刀であり、厨の主でもある歌仙が、この場でぼんやりしてしまった理由など一つしか思い当たらない。他の四振は苦々しく眉尻を下げ、話題の発端となった燭台切、そして獅子王が歌仙へ謝罪した。

「ごめん、主を悪く言うつもりなんて、本当に無かったんだ」
「俺も、ごめん。初期刀なら尚更、気持ちの良い話じゃなかったよな」
「ああいや、違うんだよ。違うんだ。確かにするべき話ではなかったかもしれないけれど、ああいう言葉が出るのも主の責任だからね。僕はただ、」

一拍置き、かつらむきにしてしまった大根をどう処理したものか考えつつ、歌仙は再び口を開く。

「あの敵の調査は、きっとこの本丸にも依頼されるだろうから。これから忙しなくなるんだろうなと考えていただけさ。主はこの六ヶ月程で、現時点で揃えられる全ての刀剣を揃えた審神者だからね。政府からの信頼は厚い」
「それもそうですね。主は度々、政府から通常業務とは別の依頼を受けられていますから」

平野の同意に頷き、歌仙はそれから話題が、あの未知の敵へと移行したことに小さく息をついた。
大根は夕食の添え物に使えばいいだろう。大根についてはそう結論付けたところで、押し黙ったままの堀川に気が付く。しかし歌仙が何かを言うよりも早く堀川は視線を上げ、何故か歌仙にニコッと笑ってみせてから作業を再開した。

大倶利伽羅が、昼食後に大広間へ集まるよう、審神者からの言伝を告げに来たのは、それからすぐのことだった。


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