水先3 [26/27]


翌朝の私は、うっすらと残る頭痛に顔を顰めながら、部隊編成に悩んでいた。
博多と蜻蛉切を、せめて特までは育てておきたい。が、低レベルの子たちは長曽祢と浦島を育てた時に大体が二十を超えてしまっている。まだ一桁台なのは山伏と秋田と――とりあえず四振いれば大丈夫だろうか。
検非違使さえいなければ、低レベルの子を部隊長にして大太刀と共に厚樫山にでも連れてくんだが……重傷になった蜻蛉切なんて見たくもないし、堅実に上げていくしかないだろう。

執務室で頭を悩ませる私の斜め前、開け放した障子の向こうの縁側で、鶯丸がのんびりと茶をしばいている。その傍らでは五虎退の虎とこんのすけが、すよすよ昼寝をしていた。
用もないのにこんのすけが姿を見せているなんて、珍しい。彼なりに私を心配しているんだろうか。歌仙や薬研とはまた別枠で私の拠となっている管狐に、口元だけで笑う。

「ところで鶯、君、今日畑当番じゃなかった?」
「ああ、よく休ませてもらっている」
「畑当番は非番の意味じゃねーよ」

適当な紙くずを投げてみたが、あっさりとキャッチされた。ゴミ箱を掲げてみせれば綺麗に投げ入れてくれたので、とりあえず溜息混じりに拍手をしておく。

普段、刀剣男士たちはあまり離れへ寄り付かない。初期の頃の私が、それを好ましく思っていなかったのが理由だろう。
基本的に歌仙以外は近付けさせなかった。それが次第に薬研、長谷部、平野、大倶利伽羅……と増えていって、その内にどうでもよくなった。まあ、寝起きや風呂上がりにさえ特攻してこないのなら、好きに来ればいい。今はそう思っている。
それでも自分からそう言ったわけではないから、まず用事が無い限り、来るものは少ない。用もなくふらりと現れるのは、鶴丸くらいのもんだ。他の子たちは大概、茶を持ってきたとかおやつだとか、ちょっと訊きたいことがあるだとか、何かしらの用事を作ってからやって来て、それが終わると帰っていく。

鶯丸は、寄り付かない側の刀剣だった。サボるにしても私に見えないとこで上手くサボっていたし、茶や茶菓子を持って来ることもない。気になることがあったとしても、それは歌仙や鶴丸に訊いて消化していただろうし、わざわざ離れにまで訊きに来ることはなかった。
それがここ数日、不自然なほど離れにやってくる。
まあどうせ、蜻蛉切を気にしている私を気にかけてくれてるんだろうけど。にしても、もうちょっとやり方があるというか、他の子に頼んでも良かったんじゃないだろうか。
普段寄り付かない奴が数日間連続でやってくるなんて、不自然でしかない。
鶯丸は騒ぐことも邪魔することもなく、ただそこで茶を飲んでるだけだから、空気みたいなもんだとはいえ。

「まあ、別に怒りはしないけど。あとでちゃんと戻りなよ」
「そうだな。あと一刻ほど休んだら行くか」
「一刻って約二時間ですけど。休みすぎじゃね?」
「細かいことは気にするな」

はいはい、名言いただきました。

とりあえず蜻蛉切と博多の育成部隊はこんなとこでいいだろう、と第一部隊を組み終え、時計へ視線を向ける。
出陣は……十一時くらいからでいいか。
細々とした雑務を片付けつつ、居住区の方へ式神を飛ばしておく。鶯丸に頼んでもいいし、こんのすけを起こしても良かったんだが、前者は動きそうにないし後者は忍びない。式神は手っ取り早く用件だけを伝えてくれるから便利だ。

ふと気が付けば、鶯丸の目が私へ向けられている。
主、と呼ばれ、「なに」とだけ顔も向けずに返した。傍らの棚を漁り、残ったお守りの数を確認する。

「蜻蛉切と、また、逢いたいか」

第一部隊分のお守りを取り出してから、意図せず険しくしてしまった視線を、鶯丸へ投げる。開いた口を一旦閉じて、深く呼吸をして、肩の力を抜いた。

「蜻蛉切なら居るでしょう、此処に」
「――そうか。そうだな」

何が言いたいの。そう、問いかけようとした。でも薮蛇をつつく真似はしたくなかったから、目を逸らす。
維新の時代に、まだ検非違使は出ていない。お守りだって別段必要のない場所だ。それでもわざわざお守りを引っ張り出したのは、喪いたくないものが、部隊の中に居るからで。

「君がそれを分かっているなら、いいんだ」

鶯丸の視線は、もう私に向けられてはいなかった。雪の降り積もる庭を眺める、後ろ姿しか私には見えない。もしかしたら庭なんて見ていないかもしれないけど、どうでもよかった。

こいつもわかってんのか。
頬杖をついて、どう跳ねてんのか未だにわからない後ろ髪を睨め付ける。わかっているのかもしれない。わかっていないのかもしれない。
これだから古い刀は嫌になる。人の身を得てからまだ一年も経ってないくせに、刀として、神として、人を理解しているから。
だとしても何もしないのなら、私にとってはわかってないのとおんなじだ。

「ていうか鶯、寒くないの?」
「君が中に入れてくれるなら、こたつが恋しくなってきた頃だが」
「なら居住区に戻れよ」
「あちらには長谷部がいる」

畑当番の片割れは長谷部だったか。可哀想に。
溜息を吐いて、好きにすれば、とだけ言い放つ。思いの外機敏な動きで立ち上がった鶯丸はすたこらさっさとこたつに入ってきて、急に彼が動いたからか子虎とこんのすけがびっくりしていた。こんのすけたちも手招けば、わらわらとこたつに集まってくる。

「十一時から出陣させるから、その頃には長谷部も呼ぶよ」
「あと四半刻もないじゃないか」
「足せば一時間の休憩でしょうが。充分すぎるわ」

すっかり冷め切ってるだろう茶を啜ってから、鶯丸はこたつに潜り込む。魔力があるな、だなんていつだかに鶴丸も言ってたようなことを言うもんだから、ちょっとだけ笑えた。
どこに落ち着いたもんか悩んでいる様子のこんのすけを膝に載せ、端末へと視線を戻す。
部隊長の位置に表示されている蜻蛉切の名に、少し、目を伏せた。

「主さま?」

気遣うようにこんのすけが私を見上げる。もふもふとした背中を撫でて、首を左右に振った。
大丈夫。私は、夢の景色を、私の進む道筋を、しっかりと覚えている。歩む方向を、間違うことはない。
微かに笑って、一旦結成画面を閉じた。

「やっぱり、冬の景趣は冷えるね」


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