水先2 [25/27]


夢を見ていた。
私は蜻蛉切と城下町に出ていて、途中、蜻蛉切とはぐれる。それは声をかけることなくふらりと道を逸れた私の所為で、蜻蛉切の責任ではない。
数分後に再会した蜻蛉切はどこか不思議そうな様子で、けれど、私から離れてしまったことを真摯に謝ってくれた。私も謝り、それでもどこか、夢現のようにも見える蜻蛉切に「どうしたの?」と問いかける。

「主殿とはぐれた際、女人と少々ぶつかってしまい――……いえ、何でもありません」

そう?と私は特に気に留めず、じゃあ帰ろうかと背を向けた。
蜻蛉切はしきりに、きっとその女性が去っていったんだろう方向を気にしていて、時折、私のことも気にしていた。
その時は、蜻蛉切にも春が来たのか?くらいに考えていて。私を気にするのも、気をそぞろにしているせいでまたはぐれてはいけないからだろうと、そう、考えていた。


ぱちりと目を開けば、肩に外套がかけられていた。道理で温かいと思った。
傍らに座る歌仙が、呆れたように私を見下ろしている。窓を開け放したまま、何もかけずに居眠りをするなんて。そんな小言を聞きつつ申し訳程度の謝罪をし、手元の球体を袋にしまう。
すっきりとした顔をしているね。そう、歌仙が呟いた。穏やかな微笑みは、私を心配しているものだ。まだ一年に満たない付き合いでも、それくらいはわかる。
小袋を首に提げ、口元に弧を描いた。夢を見たの。静かに答える。

「そういうことだったんだなって、今になると、わかるものだね」

浮かべる笑みはきっと、不審に思えるくらいのものだっただろう。歌仙に外套を返し、クローゼットから己の羽織を取り出す。
歌仙は暫し困惑していた風だったけれど、見た夢が私にとって良いものだったと判断したんだろう。そろそろ夕食の時間だよとだけ告げて、部屋を後にした。
こういう時に踏み込んでこない辺り、歌仙はとても優秀だと思う。踏み込んできたところで、何も言いはしないけれど。
だって私に、それを言うことは許されてないし。

胸元の小袋を服の上からそっと押さえて、目を閉じる。
そういうことだったんだね、蜻蛉切。きっとこの夢は私が私に見せたものだろうから、君にとっては不本意だろうし、望んですらいないことなんだろうけど。
私の目的。私の願い。私の進みたい道。それが全部、わかった。

「蜻蛉切、君の二振目を今日、顕現させるよ。きっと私は彼も愛せる。だってこの本丸の刀剣だもの。きっと君と同じくらい、この本丸の力になってくれる。君の錬度も追い越して、君が見たことのない景色も見て、強く逞しい槍として、この本丸を支える一振になってくれる」

――見れるかどうかはわからないけど、見守れるのなら、見守ってあげて。

誰にも届かない言葉を呟き、羽織を翻して部屋を出た。
夢に見た景色は、今も私の脳裏に、しっかりと焼き付いている。



 *



博多と蜻蛉切を顕現させた大広間は、普段の夕食時よりも賑わっていた。席順も決まりはなく、各々が好きなように座っている。
私の傍らには長谷部、鶴丸、三日月が座っており、他の場所よりは静かにのんびりと酒を飲んでつまみを食べていた。次郎の座っている辺りなんかは酒豪が集まって酒を掲げているし、博多は粟田口と共に、蜻蛉切は歌仙や鶯丸と穏やかに飲んでいるようだ。
時折長谷部が気にかけるように酒を注ぎ足してくれるのは、私が蜻蛉切を眺めているからだろう。蜻蛉切自身も気が付いているのか、何度か私の元に来ようとしたのを、歌仙に止められている。

「やはりあれが気になるか」
「まあそりゃ、気にもなるよなあ。この本丸では初めての二振目だ」

三日月は滑稽なものを見るように、鶴丸は仕方のないものを見るように。そんな目で私を見やる。蜻蛉切へ向けていた視線を二振に向け、そうだね、と何てことないように頷いた。
ぱちり、ぱちり。三日月も鶴丸も、長谷部でさえ、驚いたように瞬きをする。

「二振目に対しての接し方は政府も色々と頭を悩ませてるところだけど。此処に蜻蛉切の一振目は居ないから、あの子が一振目みたいなものだよ。私はそう接するし、君たちもそうしてあげればいい」
「一振目のことは隠す、ということかい?」

鶴丸の言葉には、やんわりと首を振る。
あの蜻蛉切は二振目だけど、一振目が折れて存在しない以上は一振目と大差ない。元々本霊から分かれた分霊、という点においては同一の存在だ。一振目と二振目を区別する必要はないし、あの蜻蛉切には一振目と変わらぬ働きをしてもらう。

「別に、こっちから君は二振目だよ、と言う必要はないってだけだよ。あの子が気付いて、気にしたのなら、話してあげるといい。一振目が居たけど折れたんだって。別に禁忌扱いはしてない話題だし」

きっと鶴丸もびっくりの、あっけらかんとした言い方だった。事実、私はさして気にもせずそれらを口にした。
長谷部に注がれた酒で時々喉を潤しながら。光忠や歌仙の作ったつまみで胃袋を膨らませながら。何でもないことのように。一振目は折れた、と。

あからさまに静まりかえるものだから、こっちまで驚いて三振を見やる。鶴丸がぽかんとし、長谷部が気まずげな表情をする中、三日月だけがただただ真っ直ぐに、私を見つめていた。
何かを探るような、品定めをするような、そんな視線。ふ、と目元だけで微笑んで、それを受け流す。

「蜻蛉切が戸惑うこともあるだろうから、そんな時は手助けしてあげて」
「……あいわかった。主がそう言うのなら」

あーるじい、とすっかり酔っぱらった獅子王の声に呼ばれ、仕方なく席を立つ。食事時の移動を窘められないのは、夕食というよりは宴会だからだろう。
長谷部を伴って獅子王や同田貫、御手杵たちが集まっている辺りに向かい、三日月と鶴丸には背を向ける。

「主は一体、どうしたんだ。吹っ切れたとはまた違う様子だが」
「さてなあ。人の子は我らの想像すら軽く越えることを、容易に思いつくからな」

鶴丸は私に聞こえないよう小声で話していたけれど、三日月はきっと、私に聞こえるように言っていた。
それでも聞こえなかった振りをして、覚束ない足取りで私を引っ張る獅子王に軽く苦笑をしておく。

三日月は苦手だ。あの目がだめ。何でも見透かすような目、彼らが人ではないのだと雄弁に語ってくれる、三日月の浮かぶ瞳。
ちらと一瞬だけ振り返れば、三日月は嗤っていた。その目も口も、名の通りに歪めて。
……きっと全部をわかっているだろうに、そうやって嗤うだけで何もしない。その理由が私にはわからなくて、でも察することは出来て。
だから小さく、舌先をべ、と突きだして顔を背けた。子供っぽい自覚はあるけど、それくらいしか今の私には出来なかった。


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