憂薬1 [20/27]


幼い外見にそぐわず、短刀どころか、下手をすれば打刀や太刀よりも大人びている薬研藤四郎。その男前っぷりは審神者であれば誰しもが知っており、短刀の中では彼を愛用する審神者も多い。
頼りがいがあり、その逸話から医療の心得もあり、聞き分けも良く、世話焼きな面もありながら、引き際は心得ている。
この本丸の審神者は薬研藤四郎という刀をそう認識していたし、この本丸の薬研藤四郎もそれを理解して、そう在ろうとしていた。


穏やかな太陽が本丸を照らす中、審神者は執務室で出陣の指揮をとっていた。と言っても審神者が戦場において関わるのは進軍撤退、陣形選択の指示のみで、片手間に雑務も進めている。
傍らで雑務の手伝いをしているのは、今日は非番だったはずの薬研だ。

一軍は出陣中、二軍他数振は遠征。遠征部隊の中には、日頃書類関係の手伝いに駆り出されることの多い平野も含まれていた。
審神者は一軍所属の歌仙と大倶利伽羅を近侍としておきながら彼らを本丸から離すことが多く、代理として近侍になることが多い二軍のメンバーもまとめて遠征に出すことがある。各部隊内の親睦を深めさせようとでもしてるのか、軍ごとでの行動をさせることはよくあった。
よって、今日の審神者には近侍がついていない。内番をあてられているものたちは各々畑仕事や馬当番、手合わせなどに精を出し、非番のものはそれらを手伝ったり手合わせを観戦したり。手形をもらい城下町へ出かけるものもいれば、部屋でごろごろしたり、厨で夕食の下拵えをしたりするものもいた。

そうやって各々自由に使える時間の中、茶と茶菓子を載せた盆と共にふらりと離れへ現れ「何か手伝うことはあるか?大将」と声をかけたのは、薬研自身の意思である。
審神者にとっても歌仙に次いで気心知れた存在だ。茶を受け取ってから数枚の書類を手渡し、これをまとめるよう頼んだ。
それが、一時間ほど前の話である。

今日の部隊長である厚に敵本陣へ辿り着いた旨の連絡を受けながら、審神者は横目に薬研を眺めた。鶴翼陣での戦闘開始を伝え、手元の書類を捲る。
初鍛刀の薬研。この本丸に、二番目に喚ばれた刀。にも関わらず、現状一、二軍どちらにも在籍していない。現時点で審神者が重用し、一軍にも入れさせた短刀は、九番目に喚ばれた厚藤四郎だ。薬研ではない。
その現状を薬研がどう思っているのか、審神者は少しばかり気にしていた。
一軍選抜の時、初太刀でありながら二軍に降ろされた獅子王はいくらかの文句を溢していた。長谷部は歌仙や大倶利伽羅に嫉妬を抱いていたし、燭台切も数日ほどは落ち込んでいるような目をしていた。
けれど薬研に、そういった様子は見受けられなかった。文句を言うこともなく、厚に嫉妬を抱くでもなく、落ち込むでもなく。大出世じゃねえか、と厚と肩を組み、彼が一軍に選ばれたことを喜んでいるようにすら見えた。
粟田口の刀たちは、他のどの刀派よりも同族意識が強いように思える。だからこそ、選ばれたのが厚藤四郎であるのならそれは粟田口が選ばれたことであり、喜ばしいことなのだと。そう考えて喜んでたのかもしれない。

でも、私が薬研だったのなら。審神者はいつだったかに、そう考えたことがある。
審神者が薬研だったのなら、確かに喜びはするかもしれない。けれどそれ以上に、自分の方が先に主の元へいたのに、と腹の中に澱みを抱えてしまう気がする。主に頼られ、用いられ、側にいたのは自分なのに。
人間なら多かれ少なかれそう考えてしまうのは必然と言える。しかし、彼らは人間ではない、刀剣男士だ。
だから審神者は、考えるのをやめた。多分刀剣男士ってそういうもんなんだろう。薬研の態度を額面通りに受け止めて、まあ気にしてないならいいや、と気にすることもやめた。
仮に薬研が心の底では憤りを抱えていたとしても、今更一軍の短刀を厚から薬研へ変えることも出来ないのだ。審神者は、無駄な労力は使わない質だった。

「お、誉は厚か。帰ったらねぎらってやんねえとな、大将」

いつの間にか審神者の傍に寄り、薬研はモニターを見上げている。驚きは指先を震わせるだけの最小限に留め、そうだねと審神者もモニターを見やった。
帰還の報告を受け、これを承諾する。通信を一旦切って、ゲートのある正門へ向かった。薬研もその後に続き、太刀や大太刀相手の手合わせで腕を磨いていた厚の努力を審神者に教える。

「大太刀を一度で仕留めるなんざ、俺にはまだ出来ん。厚は随分と成長したんだな。暫く厚とは手合わせをしてないが、もう勝てなくなっちまったかもしれん」
「そりゃまあ、錬度に差があるとね」
「……だな。俺も早く追いつかなきゃなあ」

薬研が厚に追いつくかどうかも、審神者次第だ。一軍として毎日戦場に向かっている厚の錬度はめきめきと上がり、対して出陣の機会がそう多くない薬研の錬度は五十台のまま。
もうすぐ上限である九十九に辿り着くだろう厚相手に、勝てる見込みは少ない。そして追いつくとしても、それがいつになるかはわからない。
刀剣男士は出陣して遡行軍を倒さなければ、錬度が上がることもないのだから。

「ただいま!大将っ」
「おかえりあっくん、みんなも。ひとまずお疲れ」

誉は俺がとったんだぜ!と満面の笑みを咲かす厚に褒め言葉を告げながら、審神者の意識はやはり薬研へと向く。
歌仙たちに労りの言葉をかけている薬研に、目立った変化はない。いつも通り、頼りがいのある男前な、薬研藤四郎のままだ。

執務室で一軍に指示を出していた時。ふと感じた神気の乱れは気のせいだったのだろうか。一瞬で霧散したそれに、審神者は薬研の横顔を眺めることしか出来なかった。
気のせいだったのなら、それでいいのだけど。そう考えながらも、審神者の胸中には何かが引っかかったままだった。


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -