月明5 [19/27] ただいまあと正門をくぐると、一番に迎えてくれたのは薬研だった。正確にはたまたま、そこにいただけのようだったけれど。 「思ったよりも早かったな」と微かに嬉しげな表情を見せ、歩み寄ってくる。 「お疲れさん。おかえり、大将」 「ただいま。何も変わりなかった?」 「長谷部が少し拗ねてたくらいだな。後で慰めてやってくれ」 「そうする」 苦笑を漏らし、玄関へと向かう。私の二歩後ろ、三日月の隣に並んだ薬研は三日月にもお疲れと言葉をかけていた。「まったくだ」と返す声が聞こえた気がするが、まあ聞き流しといてやろう。 庭で戯れていた短刀たちも私の気配に気が付いたのか、玄関に辿り着くまでにわらわらと集まってくる。おかえりなさい、おかえり、遅かったな、早かったな、現世はどうだった――いくつも降り積もってくる声に、適当に返事をしつつ玄関へあがる。 「おかえり、大将!」 「ただいま、あっくん。長谷部どこいるか知ってる?あと歌仙とくりから」 三日月は早々に離れていき、それを見送ることもせずひとまず離れへ向かっていれば、途中で厚も迎えにきた。 私の後ろには薬研と平野と五虎退が残っていて、その三振に軽く目線だけを合わせてから、私の問いかけに答える。庭に出ていた薬研たちは、長谷部たちの居所を知らなかった。 「歌仙はわかんねえけど、長谷部なら自分の部屋にいるぜ。大倶利伽羅は同田貫たちと道場だ」 「そう、ありがと。くりからに伝言頼める?明日からの出陣遠征について話するから、執務室に来るようにって。歌仙も見かけたらでいいから伝えといて」 「了解!」 元気良く頷いて離れていった厚を見送り、そういえばと後ろの三振へ振り向く。 彼らが持ってくれていた荷物の内、五虎退に持たせたものは全振への土産だった。厨に持って行き、適切な箇所へしまうなり配るなりしてくれと頼んで、五虎退と平野も離れていく。 残った薬研がスーツケースといくつかの紙袋を軽々抱えたまま「俺は追い払わなくて良いのか?」と皮肉るように笑った。 「薬研までいなくなったら、荷物全部私が離れまで持ってかなくちゃいけないじゃん」 「そりゃ困るな。すーつけーすを引き摺ったら、歌仙から大目玉を食らいかねん」 「そゆこと」 横並びに、離れまでゆったりと進む。 初鍛刀の薬研は歌仙に次ぐ古株で、察しも面倒見も良いから気に入っている。別に病弱なわけじゃないが、ちょくちょく体調を崩す私にとっての侍医みたいなもんでもある。 戦闘面においても頼りになる子だ。なんだかんだと今のところ、一軍にも二軍にも属してはいないけれど。 「三日月との泊まりはどうだった」 少しだけ、窺うように訊く様子は薬研らしからぬものだった。大人びているように見えて、この子も拗ねている側の刀剣なんだろうかと思いつつ、そうだなあ、と語尾を伸ばす。 「蛍や鶴丸に、三日月の出陣準備、もう手伝わなくていいよって言おうか悩む感じだった」 「ああ見えてあの御仁は、一人の時はちゃっちゃと準備を済ますからなあ」 「スーツのジャケット、ハンガーにまでちゃんとかけてたんだよ?ドライヤーも使いこなしてたし。まあ、私にされたくないから必死こいて修得した可能性もあるけど」 温風でざっと乾かしたあと冷風でキューティクルを整えるみたいな芸当をブラッシングしながらあっさりやってのけた三日月を見た時は、誰だこいつ……と真顔になってしまったほどだ。そういうのは加州や乱のやることだろう。 今でも思い出せるあの瞬間の驚きを事細かに伝えれば、薬研はけらけらと声をあげて笑う。「ああ、確かにそりゃあ、鶴丸じゃあないが驚くな」と笑い交じりな同意に、でしょ!?とやや大袈裟に声を出した。 「本当、自分だけで出来るならここでもそうしろっての」 「そんだけ、三日月が自立してるってことだろう」 言われたことの意味がわからず、疑問符の滲んだ顔で薬研を見やる。 離れへと続く渡り廊下に差し掛かったところで、薬研はどこか寂しそうに、優しげな表情で私と目を合わせた。 「大将は何でもかんでも自分で決めて、そのまま突き進んじまうからな」 「……そうでもないけど」 「少なくとも俺にゃそう見えるんだ。依存先は増やした方がいいぞ。それが自立するってことだ。な、たぁいしょ」 無理矢理あけた手で、ぽすんと頭を優しく叩かれる。 私が触れられるのを好んでいないことくらい、薬研はとうの昔に知っている。だから、私に触れる時なんて怪我や病気の治療時くらいしかない。 それでも今この、何でもない時に触れてきたってことは、何か相当な理由があるんだ。どうにかして、どうしても伝えたかった、何かが。 手袋越しにも関わらず温もりは届いたのに、その何かが、私にはわからない。 「善処、するよ」 だから目を逸らしながら、そう答えるしか、なかった。 |