月明4 [18/27]


翌日執り行われた葬儀は、それはそれは盛大なものだった。
泣いている人こそいないが、これだけの人に見送られるのだから祖父の人生はきっと良いものだったんだろう。恐らく、件の知人以外の全てが、その死を歓迎していたとしても。

「主の祖父は随分と慕われていたのだな」

葬儀場の隅に設置された喫煙所の中、煙をくゆらせる私の背後で三日月が呟く。煙たそうに顔の前で手を扇いでいるのを横目に眺めながら、「本気で言ってる?」と言葉尻に笑みを含ませた。
返ってくるのは、溜息にも笑い声にも聞こえる、吐息。

祖父、というか私の実家は、ここらではそれなりに名が知られていた。ヤのつく自由業とまではいかないが、限りなくそれに近い自営業。家はでかいし金もコネもある。豪族、とでも言うのが一番近いだろうか。
頭が硬く、時代錯誤な金の亡者。私が抱く祖父の印象はそれで、周囲の人々もおおよそ私と同じ印象を抱いていたんだろう。あの人は好かれていなかった。厭われていた。
そんな祖父を唯一敬愛していたのが、喪主を代行している知人だ。
詳しくは聞いていないけれど、知人にとって祖父は命の恩人であるらしい。彼は祖父のためなら何でもやったし、祖父が黒と言えば白も黒、左と言えば右も左、そういう考え方をしていた。
祖父亡きあと、私の実家は彼が継ぐことになるらしい。そういう遺書が認められていた、と顔を合わせた知人は恐る恐る告げてきたが、興味もなかったのでお好きにどうぞと答えた。
実家の財産を彼が食い潰そうと、今以上に増やそうと、審神者となったその日に絶縁された私には関係ない。

「祖父様を慕ってたのは彼だけだよ」
「喪主の男か。あれは良い目をしていた」
「……三日月が男を覚えてるなんて、珍しい」

誰に似たのか、演練で美人やかわいこちゃんに会えばすぐナンパしようとするくらい女好きで、男審神者や男性職員には目もくれない三日月が。まさか、知人を覚えていて、更には褒めまでするとは思わなかった。
半分ほどの長さになった煙草を灰皿に落とし、一つ深呼吸をしてから喫煙所を出る。三日月の視線は、遠目に見える受付でぺこぺこと頭を下げている知人へと向けられていた。

「俺が今まで見た審神者に、ああいう男は居なかったからなあ」

つられるように知人へ目を向ければ、彼は気が付いたのか、私と視線を合わせてから深く頭を下げた。昨日もさっきも、飽きるほどに頭を下げていたというのにまだ足りないらしい。

「審神者は基本的に、善良な人間が多いから」

意図せず小さくなった声で、囁くように呟く。
知人は確かに、祖父を敬愛していた。祖父を裏切るようなことは、あの人が死んでからもしないだろう。言いつけは破らない。でも、言われてないことはやる。

本丸の担当官から聞かされていた。知人は政府の職員になるそうだ。時の政府、私たち審神者が所属する世界に、彼もやってくる。
祖父が守り積み上げてきた金とコネで、さて、知人はどこまで上り詰めるだろうか。
上り詰めた先で、何をするんだろうか。なんとなく想像できるそれに口端だけで嗤って、目を伏せた。

「なんというか三日月は、野心家というか、自分が望む一点のみ以外はどうでもいい、みたいな人間が好きだよね」
「視野の狭まった人の子は、時に大胆なことをするからな。見ていて愉しい」

演練で出会った女審神者にすげなく接されながらも、ゆったりと口説いていた姿を思い返しつつ、もう一度嗤う。
趣味悪い、とは思ったけれど口にはしなかった。



 *



知人に個人的な挨拶をすることもなく、出棺を見届けたところでさっさと葬儀場を後にし、タクシーで駅まで向かう。
大きな駅だったので地下街で私と三日月の私服を適当に見繕い、その場で着替えてから新幹線に乗った。私服を持ってこなかったのは、午後の目的地に行くことを本丸を出てから思いついたからだ。
それを思いつくまでは、知人の顔を立てて葬儀も最後まで付き合うつもりだった。

駅弁を買って車内で黙々と食べながら、新幹線で一時間。政府の建物とは真逆の方向。辿り着いた先で再びタクシーに乗り、二十分弱。
辿り着いたのはこの時代に珍しい、古風且つ立派な門構えの屋敷だ。本丸は和風建築なので、私は見慣れているが。
周囲とは切り離された世界のような場所を興味深そうに眺める三日月を無視し、さっさと屋敷内へ入る。既に連絡は入れていたのであっさりと通され、奥へと案内された。
通された先は客間ではなく、鍛冶場の手前。

私の目的は、蜻蛉切だった破片を溶かし、別の形にしてもらうことだった。
別にやろうと思えば本丸内の鍛刀部屋でも出来る。けれど私は、私にも刀剣男士にも関わりのない人の手で、それをやってもらいたかった。誰の意思も願いも入らない、ただの鉄の塊にしてほしかった。

受諾してくれた職人に頭を下げ、小袋に入った破片を渡す。詳細は聞かず、ふたつ返事でよくわからない依頼を受けてくれた職人には感謝しかない。
とりあえずは持ちやすいよう球体にでもしてくださいと頼む。出来上がるまでの間は屋敷でゆっくりするよう言われたが、それを固辞して私たちは屋敷を一旦出た。
待たせていたタクシーに乗り込み、近場の複合商業施設へ向かう。大概の店は揃ってる複合施設は、数時間の暇潰しに最適だ。

「良かったのか」

タクシーが発車してから数分後、三日月がぽつりと呟く。三日月自身が良し悪しを考えているわけでも、私を慮っての発言なわけでもないことは、声音から察せた。

折れてしまった蜻蛉切。その破片にはもう何も遺っていない。それでもこれは蜻蛉切の破片だと、見ればわかる。蜻蛉切だったモノだと、本丸にいる誰しもがわかる。
でもそれを溶かしてしまえば、もう別物だ。蜻蛉切の気配どころかそこに居た痕跡すらなく、それはただの鉄の塊になる。
それが良いことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。それでも私はそうしたかった。無関係な誰かの手で、一振目の痕跡を失いたかった。
そうして残るのは、ただの鉄の塊を大事に身につける、審神者だけだ。

「折れたものにばかり、執着してらんないから」

窓の外へ視線を向けながら返答する。
心にもない答えだと、何の話かすら知らない運転手にさえわかってしまいそうな言葉だった。それでも事実で、本心だ。
三日月が横目に私を見やるのが、窓ガラスに映る。

「よい顔だ。認めたくはないがな」

趣味悪い、と今度は口にした。


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