月明3 [17/27]


私はあまり現世に戻らない。たまの買い物や気晴らし、会議なんかのために行くことはあるが、それも長くて半日程度だ。
会うのは同僚か政府の役員のみ。現世の知り合いに連絡をとることもしないし、身内なんて以ての外。だから今回は異例の出来事と言えて、長谷部が取り乱すのも仕方ないと思えた。

私の抱える『事情』とやら。それは先の通り誰にも教えるつもりはなかったし、今更改めて話すのも面倒臭いことだった。
知っているのは、一部の政府職員、こんのすけ、そして不本意ながら三日月のみ。
三日月が知ってしまったきっかけは、政府職員が私の本丸に来た時、その話題を出したことだろう。刀剣男士のほとんどは遠征に出ており、数振り残っている程度の本丸で、私は結界をはるのを怠った。政府の人が来ている時は私が呼ぶまで離れに近付かないよう予め言いつけていたし、そもそも刀剣男士たちは基本的に政府の人間と接したがっていなかったからだ。
だから、油断した。
まさか、本丸内を散歩していた三日月が離れの側まで来るとは思っていなかった。そういえば政府の者が来ているのだなと思い出し、興味を抱くとも思わなかった。人数分の茶と茶菓子を盆に載せ、応接間へ入ってくるなんて、想像もしなかった。

歴史修正主義者に本丸を襲撃され、命を落とした母。
瑕疵本丸の主として、刀剣男士に斬り捨てられた父。

いつも笑みを絶やさない三日月が、その時ばかりは表情というものすら忘れたかのように、呆然としていた。私と政府職員も驚きに硬直し、こんのすけも顔を俯かせる。
中途半端に結果だけを知られ、あらぬ想像をされては困る。私は土下座せんばかりに謝り倒す政府職員を落ち着かせながら、三日月を部屋に招き入れ、離れに結界をはった。

被害者の娘でありながら加害者の娘にもとれるような状況。それを私は好ましく思っていなかった。忌まわしくすら思っていた。
刀剣男士に知られたら、絶対に面倒臭くなる。一から十まで説明をしたところで、全員が全てを納得してくれるとは限らない。だから黙っていた。教える必要もないと思っていた。
だってあの両親は、私の育成にほとんど関わっていない。血が繋がっているだけの、ほとんど他人だった。
それでも親子というだけで一緒くたに考える者は存在する。沈黙は金、言って損することはあれど、得することはないのだ。

三日月は、全てを聞き終えたあと、じっくりと時間をかけて頷きながら「それで、俺はそれを黙っていればよいのだな?」と私を見つめた。
その頃には三日月に対して少なからずの畏怖を抱き始めていたが、戦力として重宝していた三日月を自分の都合でどうこうするつもりはない。無言で頷き、そうしてくれると助かる、と答えた。
何かしらの条件を出すわけでもなく、三日月は了承と謝罪のみを述べた。私はそれを受け入れ、信じた。


今回現世へ行くことになったのは、祖父が亡くなったからである。
現状残った唯一の血縁者。それも病で亡くなったのだから、これで私は天涯孤独の身ということになる。
行きたくない、と思っている理由は単純だ。私と祖父の仲は、決して良好とは言えなかった。

歴史修正主義者との戦争は国どころか全人類の今を賭けた大事でありながら、今でも眉唾物と考えている人間が多い。
異形の敵。過去への時空移動。刀の付喪神。時の政府が大々的に発表をしているわけでもないのだから、眉唾物と思うのも仕方はない。
戦争をしているのは知っているが、今のところ一般市民に何か影響もなく、ニュースで見る他国同士の戦争以上に一般市民にとっては関係のない出来事だった。
だからか、時の政府や審神者を、なにか訳の分からない宗教関係者だと思う者も少なくない。……祖父は、それだった。
審神者となった父母を悪い宗教にひっかかった愚か者とこき下ろし、私のこともその娘だからと忌み嫌った。私もそんな祖父を頭の硬いバカだと嫌っていたし、そこら辺はおあいこなんだが。
そんなわけで、私はあの人が嫌いだった。あの人の住む家も嫌いだった。だから中学を出てからは知人のつてで学校に近い平屋に住んでいたんだが――それも、審神者になったから今では空き家だ。万一の時のために、今でも借りたままではあるけれど。

葬儀の喪主は、その知人が引き受けてくれたらしい。今回のことを報せてくれたのも彼だ。
せめて線香くらいはあげてやってくださいと頼まれれば、断るわけにもいかない。あれで唯一の血縁者、というのは事実なんだ。
通夜と葬式に顔だけ見せて、終わり。祖父も私に冥福を祈られたとこで、不愉快に思うだけだろう。



 *


遺骨の入っていない墓参りと、案の定埃のにおいが充満していた自宅訪問、そして知人に何度も何度も頭を下げられて疲労度が限界に達した通夜も終え、私と三日月はタクシーに乗っていた。
初めての経験ばかりだったからか三日月はどことなく楽しそうに見えて、でもそれを隠すように表情を消していた。一応、状況を気遣ってはいるらしい。
夕食は通夜振る舞いで済ませたのでそのままホテルへと直帰し、真っ直ぐに部屋へと向かう。エレベーターに貼り付けられた大浴場やスパ、最上階のバーラウンジなんかの広告を三日月はそわそわ見つめていたが、何も言わなかった。
バーラウンジくらいなら連れてってもいいかと思うけど……三日月のことだ、そこらのお一人女性をひっかけてお部屋に遊びに行きかねない。さすがに弁えるだろと断言できるほど、私は三日月をその点においてだけは信用していなかった。

「余所見しないと誓うなら、バーラウンジくらいは連れてくけど?」
「同じ部屋に寝泊まりするだけで嫁気取りか」
「こちとら責任者なんだよ」

さすがにそこまでは、恐らく多分きっと、しないんじゃないかなあ〜……?とは一応二割くらい信じているが、引っかけた女性とワンナイトラブ決められても困る。
刀剣男士と人間との交わりは、あまり推奨されていない。並以上の霊力を持つ審神者ならまだしも、霊力を持たない一般人相手であれば人間側に何が起きるかわからないし、場合によっては刀剣男士側に影響が出る可能性もある。
ていうか絶世のイケメンとワンナイトラブしちゃった!明日友だちに自慢しよ!くらいのノリな女性が朝起きたら神嫁になってました、とか可哀想にも程があるだろう。ただのホラーだぞ。

「主と酒を酌み交わしてもなあ……」
「そっちが行きたそうだったから提案してやったのにこいつ……」

エレベーターを降り、名残惜しそうに溜息をつきながら三日月は首を左右に振る。疲れたからさっさと風呂入って寝る。そんな感じのことを告げて、やっぱり名残惜しそうにエレベーターの方へと振り返っていた。
……一ミリくらいは可哀想に思えるから、今度光忠や鶴丸辺りと現世に連れてってやろう。あの二振なら存外常識的だから、ストッパー役にもなってくれるだろうし。

「明日の葬儀は夕刻には終わるのだろう。本丸で帰りは遅くなると言うておったが、何か用事があるのか?」

お洒落は苦手でいつも人の手を借りる、と常日頃言っていながら手際良く脱いだジャケットをハンガーにかけている三日月を微妙な顔で眺めつつ、ああ、と思考をずらす。
そもそも火葬までついていくつもりはないから、昼前には言ってある予定はすべて終わるはずだ。じゃあそれから夜まで、移動時間を除いて何をするのか。

「別件でね。少し遠出」
「護衛を頼んでおきながら、教えるつもりはない、と」
「文句が?」
「無いとは言わぬが。悲しいかな、俺は刀剣男士だからなあ。主に異は唱えられぬ」

よく言う、と空笑い、ハンドバックから取り出した小袋をそうっと手のひらで包む。
慈しむでも悲しむでもない様子の私を、三日月は静かに眺めていた。


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