過言3 [13/27]


審神者の仕事は、刀剣男士を用いて、この戦争に勝つこと。つまり、刀剣男士がいなければ審神者は己の職務を全うできない。刀剣男士を手に入れること。育てること。管理すること。
審神者の仕事は、この戦争の武器である刀剣男士を、喪わないことだ。

「堀川国広は私の刀なのに何で勝手に刀解しろとか言われなきゃなんないの!?」

滅茶苦茶なことを言ってる自覚はあった。
出陣するなと言ったのは私。勢いとはいえ、要らないと言ったのも私。その結果堀川が刀解を望むことくらい、想像できた。
それでも私は堀川の言葉を許容できなかったし、しようとも思わなかった。
堀川は驚きの眼差しで、胸倉を掴む私を、見つめている。

「、だ……って、主さんが、」
「知らないよ悪いのは堀川じゃん私の刀なのにそっちがそう思ってなかったんじゃん!」
「…………ガキかよ……」
「あんたらと比べたらそりゃガキだよ!!」

堀川の後ろでぽそりとぼやいた和泉守に、噛み付かんばかりにキレる。
子供じみた癇癪だ、自覚はある。頭のほんの隅っこ、一欠片だけの冷静な部分が落ち着けと慌てているけれど、残りの九割以上が怒りに染まっているせいで落ち着くなんて選択肢はとれなかった。

私が胸倉を掴んだせいで、いつもはピンと皺一つない堀川の装束には、皺が寄っている。リボンタイも緩んで、今にもほどけてしまいそうだった。

何が言いたいのか、何を言えばいいのか頭の中がぐるぐるして、そういえばこういう風に誰かに対してキレるだなんて、いつぶりだろうと片隅で考える。
記憶に無かった。誰かと顔を合わせて喧嘩することも、こんな風に人前で怒りを露わにすることも。
何かを言おうとして口を開き、でも言葉が出てこなくて閉じる、を繰り返している内に、手の力が抜けていく。怒りが少しずつ霧散していって、もう、どうすればいいのかわからなかった。
歌仙によってやんわりと堀川から引き離され、とすん、畳にお尻をつける。
我ながらどんだけ子供だよとツッコんでしまいたい気持ちの中、目尻に浮かんだ涙が頬を伝っていった。

「……っ主、」

すぐに歌仙が気が付き、驚き混じりに目元を拭ってくる。袖をそんなことに使っていいのかと思いつつ、されるがままでいた。

わからない。私がどうしたいのか。私は、どうすればいいのか。どうすれば正しく、円満にこの諍いを終わらせられるのか。
審神者としてはきっと、不穏分子となる存在なんて、早く刀解するべきだ。歴史改変をほんの一欠片でも望む刀剣なんて、手元に残す理由がない。刀剣たちの和も乱れるし、その一振に引き摺られて、他の刀剣まで望んではいけない可能性に手を伸ばしてしまうかもしれないのだから。
でも、そうわかっていても、堀川を失いたくない私がいた。初めての脇差。今までずっと、一緒に戦ってくれた子。仲間でも友だちでも家族でもないけれど、大切な武器だった。私の刀だと、思っていた。

「主は、歴史を……過去を変えたいと、考えたことはないか。ほんの一片、一時の迷いだとしても」

いつの間にかすぐ側まで来ていた三日月が、私の頭を、髪を梳くように撫でてくる。その行為に顔を顰める余裕もなく、問われた言葉だけを脳内で反芻した。
過去を変えたいと、考えたこと。

「審神者としてではなく、人の子としてのそなたも、考えたことすらないのか?」
「……そりゃ、少しくらいは、あるけど」

今だって、少しだけ考えている。
あの日、堀川と和泉守を函館へ出陣させなければ。出陣させたとしても、私が戦場の様子を視ていなかったら。くだらないたらればだ。過去は、変えてはならない。

「しかし、審神者だからと思い留まり、その考えを打ち消したのであろう」
「何が言いたいの、三日月」
「……それはこの堀川も同じだと、納得は出来ぬか」

相変わらず、三日月は私の頭を撫で続けている。そんな状況じゃないくせに、歌仙と堀川が悪い意味でそわそわしているのが見えて、ちょっとだけ笑えた。
私は誰かに触れられるのが、あまり好きじゃない。頭を撫でられるのは、一番嫌いだ。付き合いの長い歌仙と堀川だけが、この場でそれを知っている。

「可能性を望んだだけ。和泉守によって、それは断たれた。してはならぬことだと、改めて理解した。俺たちは刀剣男士として、歴史を変えまいとする主に喚ばれたのだから、そのようなこと思うことさえ許されぬのだと。理性によって、己を諫めた。それはそなたも、同じだろう?」

一瞬だけ三日月に目を向け、すぐに伏せる。
わかってたことだった。私も堀川も、程度に違いはあっても、同じだ。
審神者になる前は、過去を変えたいと考えたところで、叶いもしない願いだった。過ち、失ったもの、うっかりミス、強くてニューゲーム。人生のやり直しを空想したことなんて、いくらでもある。
刀剣男士も一緒なんだろう。刀だった頃には、どんなに願っても振るわれるだけの己では、人に触れることすら、視てもらうことすら出来ない己では、起こる事象に対して何も出来なかった。どれだけ考えても、手を伸ばすことさえ出来なかった。

でも今は、審神者となって、時空を行き来するゲートを扱うことが出来る。
でも今は、刀剣男士となって、人の身を得た上で過去へと向かえる。
してはいけないことだとわかっていながら、どうしても考えてしまう。そう出来る道が、あの時は諦めていた道が、目の前にあるのだから。

「主が審神者として堀川を処断すべきと考えるのなら、主自身も、罰を受ける必要があるんじゃないかな」
「……歌仙」
「そうだろう?主も過去改変を望んだことが、少しとはいえあるんだ。今はその考えを振り払ったと言うのなら、それは堀川も同じことだよ」

唇を噛む。どうするのが、正しいのか。

「なあ、主。俺は確かに国広を止めたが、前の主をもしかしたら、と考えたのは、俺だって同じだ。あんたは刀解を拒んでいるようだが、それでも審神者として処分しなけりゃなんねえと思うなら、俺も一緒にしてくれ」
「っ兼さん!」
「そうじゃなきゃ、理不尽だろう」

堀川を刀解するなら、和泉守も。そしてそうするとしたら、私も審神者を辞めるなり何なりしなきゃいけない。
全員、過去改変を望んだことは、同じなんだから。

言われたことをじっくり飲み込み、顔を上げた。

「歌仙の主って、誰」
「それは勿論、君以外にいないさ」
「三日月の主は?」
「俺を呼んだのはそなたであろう?」
「和泉守の主は、誰?」
「今目の前にいる、あんただ」

じゃあ、と。堀川を見据える。

「堀川国広。君の主は、土方歳三なの?」
「……いいえ。あの人は前の主だと、僕はさっきも言いました。今ここに居る僕の主は、主さん、あなた一人です」
「その言葉に、偽りは」
「ありません」

三日月と歌仙の元から離れ、未だに滲んでいた涙を拭い、堀川の正面に正座する。膝と膝が触れるか触れないかくらいの距離。
真っ直ぐに視線を合わせて、頭の中を整理した。

「過去を変えてはならない。私は審神者だし、君たちは刀剣男士だから。どんなに欲しいものが目の前にあっても、ちょっと手を伸ばしてみることすら赦されない。赦しちゃいけない。堀川の前の主が戦死した時、見知らぬ少年が助けに来たことなんて無かったでしょう?私だって、こうなる前に君たちを函館に出陣させない方がいいよと教えてくれた女なんて、いなかった。だから今、私たちはこうしてる」

真剣な表情で、堀川が一つ頷く。

「私はこの本丸を円滑に運行する義務がある。君たち刀剣男士を戦力として育て、失わないよう尽力する責任がある。今まで戦力となり、これからもこの本丸を支えてくれるだろう堀川、そして和泉守を失うわけにはいかない。私だって、審神者の職から退くつもりはない」

本丸の空を覆っていた暗雲はいつの間にか消え去り、雷雨も止んでいた。
この本丸の天気は、審神者の影響を受ける。

「君が私の刀だと言うのなら、私を主だとするのなら、もう二度と過去改変の意を私に悟らせないで。二度目があれば、審神者としての私は君を処断しなければいけなくなる」
「はい」
「……無かったことには出来ないけど、今回はこれで終わりにしよう。堀川は暫定一軍に復帰で。練度的に、堀川の方が近いしね」

そっと右手を差し出し、苦笑を浮かべる。堀川は一瞬戸惑いを見せた後に、同じく手を差し出した。

「私は使える子が好きよ。それは本当。でも、君を使えない子だと思ったことはない。ごめんなさい、堀川国広。先の発言は取り下げます」
「ううん、僕の方こそ、ごめんなさい。刀の身でありながら自ら刀解を志願するなんて、分を越えた発言でした」
「……言わせないようにするよ。刀解なんて、過去改変なんて考えもしないくらい、今を楽しめるように」

右手同士の握手は、武器を持たないこと、つまり敵意がないことを示すもの。
この子は私を裏切らない。そういう信用を表すものだった。


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