過言2 [12/27]


それで、堀川国広はどう答えたんだ。フォークを置いた長曽祢が、静かな声で問いかける。

「どうしてですか、って。ちょっと声震えてたかな。驚いているように見えた。兼さんも。三日月だけは、じっと状況を見据えてたけど」


どうしてですか。そう返してきた堀川に、私は逆に「どうして?」とせせら笑うように問い返した。
どうしても何もない。私が欲していたのは、最初から戦力のみだ。この戦争で扱える、強い刀。力だけがあれば良いわけじゃない。信じて頼り、用いることの出来る刀でなければいけない。いつ折れてしまうかもわからず、いつ刃がこちらに向くかもわからない刀を、誰が用いると?誰が、信じると?

「裏切る可能性がある子に信頼を寄せるほど、私の心は広くない」

淡々と告げ、堀川と和泉守にあとは好きに過ごすよう伝える。三日月だけをその場に残し、新たに蜂須賀と宗三、乱を加えて函館へと出陣させた。
堀川は何も言い返さず、和泉守は何かを言おうとしていたけれど堀川が制して、二振は下がった。その後どこに行ったかは知らない。部屋に戻ったかもしれないし、道場で手合わせでもしたかもしれない。どうだったとしても、興味すら湧かなかった。

どの刀剣男士にも、裏切る可能性はあるのか。よくよく考えてみれば、それもそうだ。
戦国時代や幕末、志半ばで死に絶えた偉人は数多い。その愛刀が主を生き存えさせたいと、せめてその意思を遂げるまではと考えるのは、普通だと思った。
私が刀剣男士だったとしても、そう思うかもしれない。でもそれは、思ってはいけないこと。考えることすら、赦されない。私は審神者なのだから。彼らは、審神者の用いる刀なのだから。


「――だからって、考えまでどうこうは出来ないしね。清らかで強い霊力を持つ審神者なら、言霊で縛ることも出来るだろうけど。私は一ヶ月くらい御祓しないと無理かなあ」
「御祓をしたら、主さんもそんなこと出来るの?」
「霊力だけはばかみたいにあるからね。ただその質が、おわかりの通り残念なので。そこらの妖怪ならまだしも、神格持ち相手には難しいな」

浦島の質問に答えつつ、少しだけ笑う。
そんなことが容易に出来たとしても、私はやらない。あれはきっと、力尽くで押さえつけてはいけないものだ。可能性でしかないものを、確定させてしまいかねない。

「そもそも、本当に堀川が私を裏切るとまで考えてたかは、わからないんだよ。ただ目の前にいる主を助けたかっただけで、それがどういう結果を生むかは、まだわかってなかったかもしれない。……ここら辺はうやむやにしたから、実際のとこは堀川に聞かなきゃわからないけどね」

聞く気もないけど。そんなの、答えがどっちだろうと知りたくもないし。浦島と長曽祢から目を逸らし、一人言のように呟いた。


それから三日、程だろうか。私は堀川と顔を合わせることもなく、他の子の育成を進めていた。勿論暫定的に一軍となっていた、歌仙を中心とした部隊の育成も。
そこには、堀川が居るはずだった。歌仙と堀川は二ヶ月以上、同部隊に所属していたんだ。連携も出来ていたし、兼定派の歌仙と、同じく兼定派である和泉守の相棒だった堀川は、どこか相性も良かったように思う。
だけどその日以来、暫定一軍は歌仙、大倶利伽羅、獅子王、光忠、鶴丸、蛍丸となっていて。


「でも、話を聞く限りは今のとこ、喧嘩……って感じじゃないように思えるんだけどなあ」

はくりと一口大に切ったシフォンケーキを口に入れ、しゅわしゅわと溶けていくような食感を味わったあと、浦島は不思議そうに首を傾げる。
もっとこう、長曽祢兄ちゃんと蜂須賀兄ちゃんみたいに、言い合いとか睨み合いとかしたのかと思った。そう続いた言葉に「浦島……」と長曽祢は黒歴史を掘り返されたような顔をする。ほんの数日前だが、それなりに反省もし、恥じ入ってもいるようだ。

「喧嘩になったのは、その後。もう二〜三日後くらいだったかな。歌仙も気にかけてたみたいで、事情を知ってる三日月に色々聞いて、話し合いの場を設けたんだよ。私と堀川と兼さん、歌仙と三日月で、離れに集まってね。私は大分ぶすくれてたけど」

あの時の私は正直、自分が悪いとは一欠片も思っていなかった。裏切る可能性があるものを、好んで使いたがるなんてとんだドMだ。私は被虐趣味なんて持ち合わせていないし、冒険心なんてものも持ってない。
手元に置くのは、安心出来るものがいい。普通なら誰だってそう思うはずだ。本丸に在るべきは敵を斬り伏せる刀であって、私の喉元を狙う刀ではない。うっかり指先を切ってしまうようなものでも。

だから、話し合いなんてする必要もないと思った。私は自分にとって危ないものを遠ざけただけで、それをわざと壊したわけでも、捨てようとしたわけでもない。
堀川の考えを変えることだって不可能だ。主の言うことなら聞いたかもしれないけど、私は主じゃないんだから、私が何を言っても無駄でしょう、って。

「まあつまり、拗ねてたんだよね。仲良いと思ってたのはこっちだけだったのかよ、みたいなさ。堀川は初めての脇差だったし、フォロー上手な子だから、歌仙と一緒になっていろいろ助けてももらったし。……信用してたんだ。だからこそ、」
「……つらかった?」

しょんぼりとした顔で、慰めるように私を窺う浦島。くすりと一度だけ笑って、首を振った。

「長曽祢にも言われたけど、私、子供なんだよ。つらいとか悲しいとか、確かにそういうのも思ったかもしれないけど……一番は、むかついた。正直結構真面目に腹立ってた」
「あ……主さんより、主ちゃんって呼んだ方がいいかな!?」
「浦島、それはおかしいと思うぞ」
「ちゃん付けは年齢的にちょっと……主さんでお願いします」

天然なのか狙ってなのか、場の空気が軽くなる。
あの時、あの場に浦島がいたら、喧嘩にまでは発展しなかっただろうか。そんな叶いもしないイフを考えるだけ考えて、即座に否定した。

あの場に居たのが他の誰だとしても、私と堀川が揃っていた以上、あれは避けられない事態だったんだろう。



――……



「だって、堀川の主は私じゃなくて、土方歳三なんでしょう。私はそんな刀を用いたくない。いつ、函館に出陣して帰ってこなくなるかもわからない刀なんて、誰が使いたいって思うの?私が使う刀は私が決める。歌仙にだって文句言われる筋合いない」
「あの人は、前の主です!兼さんにだって、言われました。歴史は歴史だって、良くも、悪くも。確かにずっと、もしかしたら、ひょっとしたらって考えてました。だけど、兼さんが泣いてたんです、泣いて、それでも過去は変えちゃいけないって、だから僕も!」
「それでもそう思ってたのは事実じゃん。いつまたそう思うかもわからない。私たちは歴史を守るための戦いをしてるんだよ。その手の中に、正史を変えようとする奴がいたら和だって乱れるかもしれない!私にはこの本丸を正常に運行して、戦争に勝つ義務が、責任がある!」

最初は、冷静に話し合ってるつもりだった。私も堀川も、歌仙や三日月に促されるようにして、ぽつりぽつりと互いの気持ちを吐露していた。
それが気付いたら、大声での言い合いになっている。
途中和泉守が「バっおま、それは言うなよ!」と場違いに顔を赤らめていたが、そんなの誰も気にしてなかったし、私と堀川は気付いてもいなかった。

落ち着くよう半ば強制的に歌仙に黙らされ、珍しく大声をあげた所為で痛んだ喉を咳払いで整える。
堀川も勢いで立ち上がりかけた身体を和泉守と三日月に押さえられていて、ほらやっぱり、と薄く笑った。

「理由が、きっかけがあれば、いつそうやって牙を剥かれるかもわからない。私は負け戦なんてしたくない。常に勝てる状態でありたい。それでも勝てるかわからない戦なのに、内側から壊れるかもしれないなんて、まっぴらごめんだ」
「……主さんは、どうしても僕が、裏切ると」
「思ってるよ。それがいつ、どういう状況でかはわからない。それでも一度だってそう考えてしまったのなら、もうその考えは打ち消せない。誰かの言葉で一度は立ち止まったとしても、その望みに背を向けたとしても、また機会が来たら手を伸ばしてしまう。人間ってそういうもんだよ。それって多分、刀剣男士でも変わらないと思う」

お互いに身体を押さえられたまま、さっきとは打って変わって静かに呟き合う。話し合いをしているはずなのに、一人言を話してるような気持ちになった。
黙り込む堀川の視線は床に縫いつけられていて、私はそんな堀川の頭頂部を、じっと見つめている。半ば、睨むかのように。

「信用を築くのは大変だけど、崩れるのはあっという間なんだ。あんなちょっとのことでこんなにも疑う人間だったのかって、こんなにも子供な審神者だったのかって、堀川だって呆れたでしょう。知らないけど。そういうことだよ」

目を逸らし、誰にも向けないまま独りごちる。

「私たちがしてるのは戦争なんだから、安心して使えない子は要らない。私は、使える刀が好き」

その場にいる誰もが、口を開かなかった。沈黙が続きすぎて、静けさがいっそ煩わしくすら思える。
今時アナログな時計が針を刻む音と、自分の鼓動しか聞こえなかった。
どくん、どくん、とうるさく、徐々に早くなっていく鼓動は、私が不安を抱いているからだろうか。
ここまで言うつもりはなかった。堀川のことは確かに、口にした通り全てが本心だけど。使えないとまでは思ってない。好んで手元に置きたくはないけど、そういう刀にだって使い道はある。何より堀川国広は、優秀な、戦力になる刀だ。使えるものなら使いたい。でも、と不安はやはり付き纏う。
それに、歌仙たちだって、こんな子供じみた癇癪を起こす審神者だったのかと呆れ果てたかもしれない。それでも歌仙は離れないだろうという自信があるけれど、三日月や和泉守は?私は『審神者としての判断』という建前に隠した『ただの我が儘』で、使える戦力を失おうとしてるんじゃ――。

「……わかりました。じゃあ、主さん。僕を刀解してください。倉庫にまだ、別の堀川国広が居たはずです。そっちの僕ももしかしたら、また、前の主をと考えてしまうかもしれないけれど、ここにはもう兼さんがいるから、大丈夫だと思います」
「なに、言って」
「だって、使えない刀が居たって、邪魔なだけじゃないですか。僕だって刀としての矜持があります。主に振るわれず、飾られることすらなく埃を積もらせていくだけなら、解けて消えてしまった方がいい」

ぷちり、何かの切れる音がしたような、そんな気がした。
先まで抱いていた不安は掻き消え……いや、塗りつぶされる。私の胸に溢れた感情はまさしく怒りで、それも噴火するんじゃないかってくらいの勢いな――……まあつまり、ブチギレだった。

暫くそのまま、諦念の浮かんだ面でこっちを見据えてくる堀川と見つめ合う。真っ直ぐ、十秒だか一分だかわからないけれど、じっと。ずっと。
そうして歌仙に小さく離すよう告げ、その声音に驚いたのか困惑したのか、腕の力が緩んだ隙を見逃さず、私は歌仙の拘束から抜け出した。その勢いのままに、三日月や和泉守の静止も振り切って、堀川に掴みかかる。
そうして、叫んだ。

「ふざっけんなアホかおのれは!」

瞬間、土砂降りの雨と轟音の雷が本丸を襲い、外からわあわあと初めての雷雨に慌てふためく刀剣たちの声が聞こえた。


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