諍縁5 [10/27]


第一部隊点呼〜、と遠い目をしながら口を開く。

「部隊長、浦島虎徹!刀装、盾兵特上、軽歩特上!」
「二番、長曽祢虎徹。刀装は軽騎兵特上を二つだ」

以下、江雪左文字、大和守安定、鶯丸、の計五振を、今日の第一部隊として出陣させる。
江雪は未だに「戦は……嫌いです……」と落ち込んでいたが、他にいい具合の練度な刀剣がいなかったのだ。ついでに特がつくくらいまで育ってくれたらありがたいんだが、それまではまだまだ長い。

維新の記憶を中心に、長曽祢と浦島の練度を上げるのが今日の目的だ。ある程度上がったら陸奥守も加えて、江戸の記憶の方にも向かう。
蜂須賀の練度は特がついたばかりの二十五。これと同じになるまで彼らには頑張ってもらう予定である。
問題は練度上げに適したマップにはほとんど検非違使が出てしまっていることだが……まあ練度はおおよそ揃っているし、全体のレベルも低いから重傷まではいかないだろう。多分。


最近政府から与えられた携帯端末越しに陣形指示等を行いつつ、他の作業も並行していく。疲労管理に部隊長を入れ替えたり、途中休憩も挟んだりして、どうにか今日中に長曽祢と浦島の練度が二十五を迎えた。その頃には日もとっぷりと暮れていたが。
これが三日月の「頼まれ事」であり、彼の提案を実行するための必須事項だった。

あの夜、三日月は言ったのだ。三振共の意見が相容れず、解決策も無いのなら、強硬手段に出るしかないだろうと。つまり、三振に手合わせをさせ、勝った奴の意見を尊重すればいいというわけだ。負けた二振はそれに従う、と。
三日月の出した案の割に結局のところ力業なんだが、時間をかけず解決させようと思ったら、確かにそれしかないよなあ……とも思う。こういうところが体育会系本丸だなとも。
意見を主張したければそれに見合う力を持ち、その上で押し通せと、まあそういうことだ。細かいこと考えだすとめんどいし。

けれど、練度差があると不公平になる。二十五の蜂須賀に、一か二か程度の長曽祢、浦島が勝てるはずもない。だからこその、練度上げだ。
同じ練度であれば、あとは刀種とステータスの差しかない。そしてそれは、状況や作戦なんかで覆せるものだ。実際、ほぼ同練度の堀川は、歌仙に勝ったこともある。
だから後は、あの子たち次第。勝つも負けるも自分次第だ。
本当は時間をかけて解決すべき問題なんだろうけど、こればかりはこの本丸の方針、ということで理解してもらうしかない。他人を気にかけるってのは普通のことのように思えて、存外めんど……疲れるのだ。


さて、翌日。
本丸の東に設置された道場の中には、虎徹兄弟の三振、私、歌仙と三日月と堀川、計六振と一人が居た。
虎徹兄弟には大体の説明を済ませ、三振同時、一対一対一の手合わせをするよう伝えてある。用いるのは己が自身、つまり真剣だ。破壊までは至らせないが、重傷ないし戦線崩壊まではやむなしとも言っている。現時点で自分の主張を妥協できるなら、共闘して二対一にしても良いとも。
まあとにかく、好きに戦れってことだ。あまりにも酷くなったら歌仙たちが止める。

「君たちの主張は相容れない。なら、その刀で自分の主張を押し通せ。真作の誇りを、真贋関わらぬ兄弟愛を、贋作と言えど劣らぬ力を。話し合いで済まないのなら力で、技術で、相手の意見をねじ伏せればいい」

道場の中心で向き合う三振を見渡せる位置に正座し、淡々と話す。

「例えば浦島が他の二振に勝てるほどの力を持つのなら、蜂須賀と長曽祢が喧嘩になっても止める事ができる。そういうことだよ。実行できない意見ならさっさと捨てればいい。この本丸に必要なのは、戦力だ。使えない刀は要らない」

目の端に肩を竦める堀川を捉えつつ、手を叩く。乾いた音が道場内に響き、空気が変わった。
三振の視線が、私へと向けられる。

「私は、使える子が好きなんだ。その刀がなまくらではないと、ついでに教えてほしいな」

にっこりと笑い、話を終えた。
目を伏せた歌仙が数秒後に合図をし、虎徹兄弟の手合わせが始まる。

真剣での斬り合いを、私が間近に見る機会は少ない。演練くらいが精々だろうか。それでも演練は基本モニタールームから眺めるし、普段の手合わせは木刀を使わせているし、こんな間近に見るのはほとんど初めてと言っていいだろう。
今のところは共闘する気配もなく、三振共がやや戸惑いを見せつつ組み合っている。浦島は脇差なだけあって小回りの利く動きを見せ、蜂須賀はそれに的確な反応を、長曽祢はずっしり構えている印象が強いか。
練度が同じとはいえ顕現した時期に差があるし、蜂須賀優勢かとも思っていたが、実際はそうでもない。拮抗しているように見えて、今のところは浦島が優位だろうか。

そのままの状態が暫く続き、五分が経ち、十分が経ち――三十分程が経過したところで、はあ、と肩を竦めた。

「もういいや。歌仙、終わらせて」

本当はもっと早く止めても良かったんだが、もう少しすれば或いは、と思っている内に三十分も無駄にしてしまった。
歌仙の静止をきき、三振共が中傷一歩手前くらいの傷を負ったところで、刀同士のぶつかり合う音が止む。後に残るのは、疲労感からか荒くなった虎徹兄弟の呼吸音だけだ。

「蜂須賀も、長曽祢も、浦島も。本気、出してないでしょう」

溜息混じりの問いかけは、ほとんど断定形だ。三振共が沈黙だけを返してくるのを見て、やれやれと首を振る。

本気を出してない、出せないってことは、つまりそういうことだ。蜂須賀も長曽祢も浦島も、自分の主張が一番正しいとは思っていないし、誰かの主張をねじ伏せたいわけでもない。一番めんどくさいやつ。
自分が折れるわけにはいかない。でも、誰かの意見を折りたくもない。だから手を抜く。真剣の手合わせで、刀の付喪神が。意識的にか無意識にかは知らないけれど、手を抜いたのは事実だ。
もう一度落とした溜息に、ぴくりと反応を示したのは蜂須賀だった。付き合いの長さが違う分、私の考えを少しくらいは理解しているんだろう。

「自分は使えない刀だと、四半刻もかけて主に示したんだから、覚悟はあったんだよね?」

正座をやめてゆるく胡座をかき、膝に頬杖をつく。笑うことすらせず無表情に告げれば、蜂須賀が唇を噛むのが見えた。
刀解される、とでも思っているんだろう。蜂須賀の考えを察したのか、浦島も顔を青くし、長曽祢は射抜くように私を見据えている。歌仙、堀川が戦闘態勢に入るのを横目に眺め、やめなと左手を振った。

「蜂須賀虎徹は今後一切、長曽祢虎徹に不要な喧嘩を売らないこと。加えて、浦島虎徹の行動を制限しないこと。勝てる自信もなく、自分が正しいという認識すらないまま売る喧嘩なんて、不毛にも程がある。喧嘩を売るなら長曽祢が何かを違え、自分が正しく、勝てると思った時だけ売れ。
 浦島虎徹は、蜂須賀虎徹と長曽祢虎徹を無闇に近付けようとしないこと。兄弟であれ他人であれ、仲良くできない相手というのは存在するのが普通なんだ。浦島は蜂須賀とも長曽祢とも好きに仲良くして構わないけれど、それを二振にまで強要するのは酷ってものでしょう。時間が解決することもあるし、浦島が二振を黙らせられるくらい強くなったのなら、その時に仲良くさせればいい。
 長曽祢虎徹は、蜂須賀虎徹に必要以上に関わらないこと。喧嘩は売るな、買うな。君が真作に負けず劣らずの優秀な刀だってことくらい、戦場での君を見れば分かる。別に兄弟という括りにあるからって仲良くする必要も兄ぶる必要もない。長曽祢虎徹は長曽祢虎徹。一緒に居て楽しい子と連んで、喧嘩にしかならないような子とは距離を置くことを覚えなさい」

一拍を置き、足はそのまま、上半身だけ姿勢を正す。

「これは命令です。これからは誰も、君たちの関係を補い手助けることはありません。解決できないなら距離を置き、頭を冷やすことを覚えてください。他者のことなんて、誰も思い通りになんて出来ないんですよ。自分の気持ちですら、ままならないんですから」

三振共が予想外だったのか、目を丸くして私を見下ろしている。
「刀解、しない……のか?」と恐る恐る口にしたのは蜂須賀で、溜息を吐きそうになったのをなんとか抑え、ゆるゆると首を左右に振った。

「使える子を捨てるほど、甘い戦場じゃないし。君たちにはこれからも戦力になってもらう。その為の手合わせだったんだよ」

あんま意味なかったけどね、と脳内で付け加えつつ。

これで解決、大団円とは言えない結果だ。それでもここまで主に言われて、尚問題を起こすような子たちではないだろう。
解散を告げ離れへと戻ろうとすれば、少しの間をあけて、長曽祢が追いかけてくる。
そういえばこっちの問題は完全にすっぽ抜けてたなと、頭を抱えたい気持ちになりながら振り向いた。上向けた視線の先で、長曽祢は何とも言えない顔をしている。

「あんたは、思いの外おれたちのことを見ているんだな」
「そりゃまあ、審神者ですんで」
「……正直に言おう。女の、しかも子供の主だなどと、あんたを見くびっていた。付喪神であるおれたちを幼子のように扱い、戦場のことなど気にも留めない審神者なんだろうと」

すまなかった。そう頭を深く下げられて、暫し逡巡する。
子供、という年齢ではないんだが……大体合ってるっちゃー合ってるんだよな。刀剣男士を子供扱いしているわけでもないけど、目上に見てるか目下に見てるかと問われれば、目下に見ていると答えた方が近しい。事実、私は彼らを「君」「あの子」と称すことが多いし。
戦場のことなんて気にも留めない、とまではいかないが、私が口を出す場ではないとは思っている。ほとんどを歌仙や大倶利伽羅に丸投げしているし、戦場で私が関わる事なんて微々たるものだ。進軍撤退、陣形の指示は、政府から与えられた審神者の役割として、今でもきちんと行っているつもりだが。

それでもこの子は、そういった己の考えを間違いだと認め、今、頭を下げているんだろう。何をきっかけにそう思ったのかは知らんが、これを無下にするほど私は子供じゃない。
ぽすん、と長曽祢の下げた頭に手を置き、小さく息を吐いた。

「長曽祢の言う通り、私は女だし、君らと比べれば赤子のようなもんだよ。それでもこの本丸の審神者、主として立つことを命じられているし、私もそう在りたいと思ってる。私は君たちを平等に愛することも、扱うことも出来ない駄目な審神者だけど、みんなを愛する審神者でありたい。長曽祢もそう。この態度は目に余るものかもしれないけど、君たちをより強い刀に育てて、用いたいと、この本丸の戦力になって欲しいと思う気持ちは本当だから」
「ああ。おれが、主の振るうに足る戦力であると、示してみせよう」

頼りにしてるよ、そう微笑んで手を離す。
顔を上げた長曽祢も口端を上げて笑い、ところで今、機嫌は良いのか?とついでのように問いかけてきた。

「誰が何を言ったか知らないけど、私、君らに触れるくらいなら割といつでもするからね?」
「そうなのか?主の機嫌はわかりづらいから、判断材料の一つとなる、と聞いたんだが」
「そんな判断の仕方してたのかよ……」

道場の出入口の側で一部始終を見守っていたらしい堀川が、バツの悪そうに目を逸らしていた。


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