諍縁4 [9/27]


「君は何も考えていないのか!」
「痛ッてえ!」

ゴツン、と重く硬い音が室内に響く。
斜め前に正座する堀川は苦笑をしていて、正面で膝立ちをしている、今まさに私へと拳骨を落としてきた歌仙は深い深い溜息を吐いた。
拳骨はそりゃあ随分と手加減をされていたが、それでも私が刀剣男士だったのなら、軽傷は軽く過ぎただろうと思うくらいには痛い。たんこぶ出来てたらどうすんだと涙目で頭をさすりつつ、すんません、とついでのような謝罪をした。
執務室にはもう二振、光忠と三日月が座っている。光忠はあちゃあ、といった顔で堀川と同じく苦笑をこぼし、三日月はほけほけと笑っていた。訂正、あれ多分嘲笑ってるわ。

この人選――刃選?――の基準は色々ある。まず、歌仙がこの本丸の初期刀であり、刀剣男士の中で一番の発言権を持つ存在であること。堀川は誰とでもそつなく付き合う上にフォローも上手く、加えて新撰組刀として長曽祢と接点があり、浦島とも脇差同士ということで話す機会が多い。光忠には部屋が近いことから長曽祢のフォロー役を頼んでいるし、こちらも同じく誰とでもそつなく付き合えるタイプだから。
そして三日月は、この本丸では蜂須賀と存外仲が良い。それに全体を冷静に見据え、適切な対処を思いつくことに関しては、三日月が最も長けているだろう。だから呼んだ。正直あんま呼びたくなかったけど。

昨晩に起きた諸々を説明し終えた結果が、先の拳骨だ。長曽祢に喧嘩ふっかけたのは確かに私なのだが、言い訳をさせてほしい。
私が八つ当たりされてキレないような人間に見えるか?キレるとまではいかずともイラッとくらいは絶対するようなタイプだろう。仕方ないことだし何なら長曽祢が悪いし!……と言ったとこで拳骨が増えるだけだから、言い訳は心の中でしかしない。


「正直、この件が今日明日に解決するようなことじゃないとはわかってるし、むしろ解決しない方が普通に思えるんだよ。蜂須賀と長曽祢、長曽祢と浦島、浦島と蜂須賀。この二振ずつだけならどうとでも出来たけど、三振揃ったらダメだ。誰の意見も相容れないし、刀の真贋は話し合いでどうにかなる問題でもない。人間だったらさくっと距離置けばいい話なんだけど、ここじゃそうもいかない。本当にどうしても嫌なら刀解という手もあるけど、はっちーだって本気で長曽祢を嫌ってるわけじゃないし」

もう本ッ当にめんどくさい……と隠さず独りごちる。考えれば考えるほど、虚無顔で遠い目をするしかない。

「浦島くんが無理に二人を仲良くさせようとしなかったら、まだ良かったんだけどね……」
「それはそうなんだけど、無理でしょ。光忠だってくりからと鶴丸がめちゃくちゃ険悪だったら、どうにかしようと思うでしょう?」
「うん、まあ、そうだね。だからどうしようもないのかなあ。三人とも悪くないけど、三人ともに問題があるから、解決しない」

ううん、と悩みに悩む唸り声が部屋に満ちる。
私の勝手でどうにでもしていいなら、解決策くらいは幾らでもある。三振の内いずれかを隔離するとか、刀解するとか、誰か一振に本音を誤魔化すよう命令する手段もある。でもそれは、私の信条に反する行為だ。出来ないし、したくない。

「主さんは、どうしたいんですか?三人に仲良くしてもらいたい、ってわけじゃないんですよね」

顎に手を当てて考え込んでいた堀川が、徐に視線を上げる。その視線を受け、ゆるりと頷いた。
確かに私は、仲良くしてもらいたいわけじゃない。

「めちゃくちゃ自分勝手な自覚はあるし、今まで歌仙とかにも言ってきたけどさ。戦以外で面倒事起こされんのは嫌なのよね。まあその面倒事を堀川と起こした私が言えることでもないんだけど、それは棚にヨイショさせて」

ただでさえ戦の真っ最中の中、本丸内での面倒事にまで時間を割いてはいられない。いつ、また検非違使の時のように慌ただしくなるかもわからないし、あの時よりももっと酷い状況になる可能性だってある。それこそ、幾らでも。
みんな一丸となって!ワンフォーオールオールフォーワン!なんて言うつもりはさらさら無いけど、本丸の中がぎすぎすしてるのは嫌だ。疲れる。私も疲れるし、それにフォローを入れたり気にかけたりするみんなだって疲れるだろう。

私は、それを避けたい。
仲間という自覚を持って貰いたいわけでもない。友だちになれとも言わない。ただ誰かと喧嘩になってしまったのなら、相手の意見を尊重し合って、妥協できる点を見つけて、適度なところで折り合いをつけてほしい。
その為の部屋替えや部隊替えなら協力も出来るし、他の子たちだって要らない気を遣わなくて済む。

「私が求めてるのは戦力だよ。戦に関係ない場所で、自分だけでなく他の子の力まで削ぐようなことをされるのは、困るし不愉快だ。今だって光忠や鯰尾、加州に安定、堀川にも三日月にも歌仙にも、平野や厚に薬研だって、他のみんなも、虎徹兄弟のことで気を遣ってもらってる。その疲れが少しでも溜まって、戦場での判断ミスに繋がったら?その結果、誰かが折れたとしたら?――その責任は、全部私に降りかかる」
「つまり、己が責を負いたくないと?」

袖で口元を隠すようにして、三日月が目だけで嗤う。その言葉には、わざとらしくやれやれのポーズを向けてやった。

「負うべき責任は幾らでも負うよ。でも、虎徹兄弟のことは彼らの問題でしょう?この本丸の中でいちから起きた問題なら私の責でもあるけど、アレは彼らが刀剣男士となる前からの問題だ。あっちで勝手に折り合いつけてくれるのが、筋だと思うんだけど。私、間違ってる?」
「主としては割と」
「正しいとは言えないな」
「主さん自己中心的なとこありますからねえ」
「非難囂々かよ」

びびるわあ……と拗ねた顔を貼り付ける。
光忠、歌仙、堀川が否定をしたところで、けれど、三日月だけは笑みを貼り付けたままだった。そうして膝歩きで数歩進み、私の手が届く距離まで近付いてくる。

「ぬしはつまり、虎徹以外の刀剣に被害を出したくない。己にも害をもたらして欲しくない。そう言いたいのだな?」
「まあ。あの三振もこの本丸の刀だから、円満に解決出来るならそうしてほしい、ってのもあるけど」
「ふむ。そうかそうか」

三振と一人の視線が、三日月へと集まる。
何考えてんだこいつの目を隠しもしていなければ、三日月が人差し指を天へと向けた。

「一つ、頼まれ事をしてくれるか」
「悪い結果になったら全部三日月の所為にするからな」


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