熟睡できる、と確信をしていたのに、その日の夜もやっぱり夢を見た。 万屋で購入したものは全て長曽祢さんと御手杵が持ってくれたとは言え、ある程度歩いたし運動にもなったのに。頭も、随分と使ったつもりなのに。 夢の中の長曽祢さんは、後ろから私をぎゅうぎゅう抱き締めて、首と肩の間辺りに額を当てている。ベッドに寝転がっていたはずの私は、長曽祢さんの足の上に座るような姿勢になっていた。 何だろうこれは。サービスが過ぎる。 「あ、あの、なが、そねさん、これは」 「……だめか?」 頭の位置をずらさない所為か、少し篭もった、拗ね気味の声が聞こえた。 ンンッとまたせり上がってきた何かを必死に押さえ、強張らせていた身体の力を抜く。 「ダメじゃないけどさあ……夢でもこの姿勢は如何なものか……私溜まってんのかな……女でも溜まるのか……」 毎日毎日好きな人を夢に見て、手繋ぎ、頭を撫でる、抱き締めるというコンボをこなしてきた自分の脳に不安を抱く。脳というか身体というか。欲求不満なのかな……なんかやだな……。 暫くぐちぐちと独りごちていれば、不意に腹部に回されていた腕が両脇へと移動し、そのまま呆気なく身体を反転させられた。 長曽祢さんの太股にまたがって、彼と向き合っている。やっぱり私はそろそろ死ぬのかもしれない。一瞬だけ気が遠くなった。 胸の前で手と手を握り、顔を俯かせる。多少慣れたとはいえ、恥ずかしいものはどう足掻いても恥ずかしい。 これをあっさりと受け流せるようになる日なんて、永遠に来ないんじゃないかと思う。 ばくばくとうるさい心臓を、どうにか落ち着かせることが出来ないかと模索していれば、僅かに笑みを孕んだ吐息が額に触れた。反射的に、顔を上げる。 瞬間、胸の前でまとめていた両手を長曽祢さんの大きな手で掴まれ、反対の手で私の後頭部を支えられ、あ、と思っている内に、口付けられていた。口を薄く開いていた所為で、すぐに舌まで、入ってきた。 ありとあらゆるものが抜け落ちたような思考の中で、歯磨き粉の味だ、とだけ考える。 人間は許容範囲を超えると、どうでもいいことしか考えられなくなる生き物らしい。もしかしたら私だけかもしれないけれど。 何度か角度を変えながら、上顎や歯列、歯の裏側なんかを舐められる。舌を吸って、唾液を交換し合って、女慣れしてなさそうなのにこんなにキス上手いとかずるい通り越して卑怯だ、なんて考える。 身体の力もだけど、腰なんてもう、とっくに抜けた。 時折荒い息を漏らしつつの、貪るような、だけど優しいキス。だんだん頭の中が蕩けてきて、刀剣男士の体液は神気の塊だという知識は、こんな風に脳内で応用されてしまうのか、とくだらないことを考える。 人間の身体に余りある純度の神気が、思考を奪う媚薬紛いなものになるなんて、どこのエロ同人だ。……ああいや、なるほど、そういう知識があるからそうなるのか。現実の長曽祢さん、本当にごめん。 でも、ああ、むりだ。 大好きな人がこんなにも熱を持った視線で、必死に理性を繋ぎ止めているような表情で、私を見つめて、掻き抱いて、とても熱い口付けをしてくれる夢なんて。 「……あんたが、欲しい」 こんなの、拒絶するなんて、夢なら尚更、無理に決まってる。 ――… 何回イって、何回吐精されたのか、数えてたわけでもなし、覚えているはずがない。 好きだと、愛していると、頭の中がその言葉だけでいっぱいになってしまうくらいに、何度も告げられながら、何度も抱かれた。その度に私も必死に上擦った声を漏らしながら、私もすき、大好き、と返して。 私よりもずっと大きい身体に、逃げたいような気持ちになりながら縋って。 「あるじ、主……ッ、好きだ、ずっと、……手放したくない、誰にも、渡さない……」 そうやって、まるで思い描いていたような熱情をぶつけられて。 多分、きっとこれが最後だ。孕めと、呪詛のように、懇願するように、祈るように呟きながら吐精した長曽祢さんの首に腕を回したまま、私は身体を震わす。 随分とくたびれた身体の割に、脳内は澄み切っていた。 力を抜き、繋がった場所はそのままに、長曽祢さんが私の上へと落ちる。なるべく、体重はかけないよう自分の腕で支えながら。 私はそんな彼をあやすように頭を撫で、吐息と一緒に言葉を、宙に浮かべた。 長曽祢さんの耳元で宙に載せた言葉は、彼の鼓膜を震わせ、脳へと響く。 「大好きです、長曽祢さん。初めて会った時からずっと……きっと、これからも」 どこからともなく桜が舞う。 こんな時でも舞うんだなと宙のそれを一枚掴めば、霞のように消えていった。 「……――おやすみなさい、長曽祢虎徹」 カシャン、と無機質な音が鳴る。生身の肌の上に日本刀が落ちてきたものだから、私の喉からは「んぐっう」と無様極まりない音が出た。 右手で日本刀を退かしてから半身を起こし、人型の式神を二体喚びだしてベッドの片付けを頼む。 その間に手早く身を清め、着替えを済ませてから、日本刀を手に壁掛け時計を見上げた。 夜、というよりはもう早朝だ。四時半前を示す時計に、深い溜息を吐く。 「そりゃあ、毎晩途中で起きてたら、寝不足にもなるか……」 呆れ混じりの声と共に、腕の中の日本刀を見下ろす。 強制的に顕現を解いた、長曽祢虎徹。人体よりは軽いけれど、それでもずしりと重い、一振の刀。彼らは神様で、刀で。……決して人ではない。 そして此処には、呆気なくそんな神様にのせられた、愚かな審神者がいるだけだ。 「あー……はあ……。――さて、どうしようかな」 未だに鈍痛を伝えてくる腰に手をあて、再び溜息。 今までの夢が全部現実でしたって、やっぱりこれ、死んだ方が楽な気もする。 |