万屋へは、日本号と物吉くん、そして何故だか、長曽祢さんと御手杵まで着いてくることになった。本当に、どうしてこうなったのか。

そもそも、私の本丸では槍同士の仲が良い。加えて、長曽祢さんと日本号も外見年齢が近いからだろう、それなりに仲良くしている。
厨と倉庫へ調味料類の在庫確認に行った私と物吉くんをゲート前で待っていた日本号が、手合わせを終えて軽く汗を流してきた長曽祢さんと御手杵の二人と話し込んでいたのが、二人が着いてくることになった理由だと思う。
「調味料を買うなら、荷物持ちは多い方がいいだろう」と笑みを見せてくれた長曽祢さんには感謝と申し訳なさ、そして幾分かの恥ずかしさを抱く。御手杵はきっと、ついでに何か買ってもらえたらラッキー半分、なんとなく流された半分だろうから、感謝の度合いは些か下がるのだけど。

「こんな大所帯で行く必要ねぇだろって言ったんだがなあ。うちの主サマは人気者だ」
「だといいのだけど。付き添いのお礼は発泡酒でいいんだね、日本号」
「おっと、そいつぁちっといただけねえな」

横に並ぶ形でゲートをくぐりながらやりとりをする私と日本号を見て、反対隣の物吉くんはくすくすと肩を揺らして笑う。その後ろをついてくる長曽祢さんと御手杵は、なにやら手合わせについて話していた。

ゲートをくぐれば、あっという間に審神者と刀剣男士、そして政府関係者しか入れない町へと出る。
刀剣男士に馴染み深くするためか、江戸時代のような風景。此処に来る度に、映画のセットのようだと思う。
けれど此処は、時空の狭間に作られた、人々の生活がある実際の町だ。万屋や呉服屋なんかの従業員は、住み込みで働くような形で、この空間に生きている。
ちなみに奥へと進めば花街も存在するのだが、今のところ私個人に関わりは無い。

「先にあのお店に行っても良いですか?ちょっと買いたいものがあるので」

左手前に見える雑貨屋のような店を指さし、四人に問いかける。勿論と頷いてもらえたので、私たちはその店へと向かった。
物吉くんには好きな物を一つ選んでくるよう伝え、これなら堀川くんと博多も連れてくれば良かったな、と思いつつ店内を物色する。
御手杵も興味深そうに店内をぐるりと回っていて、日本号と長曽祢さんは入口付近のアクセサリー類を所在なさげに眺めながら、何かを話していた。

店内をある程度見回し、五分ほど悩んでから、長谷部には癒し効果のあるお香を、堀川くんには浅葱色の小物入れを、博多には小判柄の眼鏡ケースを購入することにする。
この眼鏡ケースの中に本物の小判を入れて渡せば驚きと笑いを提供できるだろうか、なんて考えてしまった私は、多分審神者という職に違う方向で染まりすぎた。

「主様、僕はこれが欲しいです」

軽く腕を引かれてみれば、物吉くんの手には四つ葉のクローバーが掘られた硯箱。高級そうな作りの割に手頃なお値段だったので、了解と頷いてそれを受け取り、会計に向かう。
途中、一応御手杵や長曽祢さんと日本号にも何か欲しい物はあったか訊いたものの、三人は揃って首を左右に振った。

「見てるだけで楽しいしなあ」
「その気持ちはわかるわ」

ちりめんで出来たぬいぐるみを掲げて呟いた御手杵に頷き返しながら、存外ぬいぐるみが似合うなあという感想を抱いたのは、とりあえず黙っておくことにする。

会計を終えた荷物は日本号が持ってくれるというのでありがたくお願いし、今度こそ万屋に向かう。
こちらでは買うものが決まっていたので、手早く調味料類をカゴに入れ、御手杵が持ってきた甘味類も値段を確認してからカゴに入れる。
洋食コーナーを興味深そうに眺める長曽祢さんをちらと見やってから、随分と値の張るお酒をこっそりカゴに入れようとした日本号を物吉くんが退治して、私も個人的に必要な茶葉や小物を選んでいく。

「日本号さんには僕がしっかりと目を光らせておきますね!」
「うん。よろしく、物吉くん」

すごすごとお酒コーナーに戻っていく日本号と、その隣で意志の強い笑顔を見せる物吉くんを見送り、他に何か必要なものがあっただろうかと店内を回る。
そうしている内にまた、まだ洋食コーナーを眺めている長曽祢さんを見つけたので、勇気を振り絞り、声をかけながら歩み寄った。

「長曽祢さん、何か欲しい物でもありましたか?」

長曽祢さん自身をなるべく見ないように、彼の視線の先へ目を向ける。さっきからずうっと興味深そうに見ていたのは、どうやらチーズのようだった。
そういえば最近、私の本丸では妙にチーズが流行っていた。気まぐれで冬の景趣にした日に、チーズフォンデュを作ったのがきっかけだったか。

「……いや、随分と種類があるんだな、と思っていたんだ」
「そうですね。……何か気になるのがありましたら、買いますよ」
「何か、おすすめはあるか?」

視線を感じるから、多分長曽祢さんはこっちを見てくれているんだろうけど。
……ああ、顔を見ながら話すことも出来なくて、現実の長曽祢さんごめんなさい。夢の中ならだいぶ慣れてきたんだけど、現実じゃやっぱりちょっと難しいです。そんなことを考えてちょっぴり自分を憐れみながら、そうですねえ、なんて悩む素振りを見せる。
私はあんまりチーズに詳しくない。私の本丸でのチーズ博士は、鶴丸と光忠さんの二人だ。私が気まぐれに作ったチーズフォンデュにいたく感動し、それ以降ありとあらゆるチーズを集めては食べ、その違いに驚き、笑い、本丸にチーズブームを起こした張本人たちである。

「定番ですけど、モッツァレラなんかはサラダやパスタにすると美味しいですよ。あとマスカルポーネは、クラッカーに載せてはちみつをかけると美味しいです」
「も……もっつあれら?」
「ンッ……」

……ぐ、となんとか、胸にせり上がってきた何かを耐える。
うん、まあ、うん。チーズ博士たちも最初はチーズの名前を上手く言えていなかった。多分だけど、やっぱり外国語には馴染みが無いんだろう。だから上手く呂律が回らない。わかる。理解は出来る。
でもいざ目の前で舌っ足らずに「もっつあれら」なんて、しかも疑問符付きで言われてしまえば、もう身悶えるしかない。本当に私のドツボをついてくる人だ。

「ちょ、ちょっと言いづらいですもんね」
「俺はもう言えるようになったぞ、モッツァレラ」
「うわっ」

なんとか笑顔を繕って長曽祢さんを見上げたところで、後ろからがばりとのしかかられる。
チーズの並んだケースの縁を持つことでなんとか身体を支え、頭に載せられた顎に軽く頭突きをした。

「御手杵、危ないでしょ」
「悪い悪い。でもそろそろ帰ろうぜ、暇だ。日本号はずぅっと物吉と言い合ってるしさあ」
「……日本号が引かないの?」
「物吉の方」

あちゃあ、と頭を抱える。多分、値引こうとする客と店員みたいな感じになっているんだろう。そこをあともう一声!的な。
そして物吉くんがまったく引かないから、長引いていると。

私の身体の前に垂らしている御手杵の腕を軽く引っ張り、止めてくるよと口にする。……はずが、私が御手杵の腕を引くよりも先に、なるべく優しげな手つきで、けれどはっきり、その腕が払いのけられた。

「御手杵。いつまでも主にのしかかるのは、どうかと思うぞ」
「ん?……あ、悪い。重かったか?ごめんな」
「ああいや、大丈夫……重かったのは事実だけど」

長曽祢さんが御手杵に、主は女人なんだからうんたらと説教をしている内に、そうっと長曽祢さんの顔を盗み見る。
審神者だからか、ある程度刀剣男士の機嫌の良し悪しはわかるのだけど……さっきと打って変わって、長曽祢さんの機嫌は急降下していた。目が笑ってない。

……これは、さて、どう受け取るべきだろうか。

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