翌朝の私は、幸いなことに夜中の夢をしっかりと覚えていた。
瞼を開き、ぼうっと天井を眺めてから布団の中に潜り込む。両手で顔を押さえて、頬の温度にびっくりした。熱い。きっと、茹で蛸みたいな顔をしているんだろう。

「ああ、もう、あー……なんて夢を私は……ああでも最ッ高だった……」

きゃあきゃあと布団の中で夢を思い出し、幸福に浸る。
大好きな長曽祢さんと手を繋ぐ夢、だなんて。本当に幸せだったとしか言えない。現実では絶対に、有り得ないことだから。

審神者と刀剣男士の恋愛は、禁止されている。
職場恋愛禁止、なんてナンセンスだとは思うけれど、その仕事に命が関わるのなら政府は正しい判断を下していると言えるだろう。
戦場で恋にうつつを抜かすなんて以ての外。神と交わることで色狂いになられても困る。単純に、刀剣男士と審神者では体力に大きな差がある。よって、審神者が業務を行えなくなる可能性も生まれる。
また、痴情のもつれの果てに、審神者が神隠しされてしまってはたまらない。審神者はこの戦争において重要な存在、いわば心臓だ。審神者がいなくては政府も刀剣男士も、戦うことはおろか抵抗することさえ出来なくなる。心臓が無くなってしまえば、優秀な脳も頑丈な手足も、意味を成さないのだ。

だから政府は、審神者と刀剣男士が恋仲になることを禁じた。審神者を減らしたくないから。戦争に対してのみ、真摯でいて欲しいから。
そして私は、そんな政府の命令を従順に受け入れている。人間のままで居たいから。神様はとっても綺麗で、だけどとっても恐いものだと教えられてきたから。

「でも、好きになっちゃったもんはしょうがないんだよなあ……」

布団の中から頭だけを覗かせて、溜息を吐く。
二ヶ月ほど前に検非違使から入手した刀剣、長曽祢虎徹。私は彼に、一目で惚れ込んでしまった。体格、物腰、声音、性格、全てにおいて好みドストライクだった。これで惚れるなという方が難しいと思う。
やって来たばかりの彼を他の刀剣に任せ、本丸案内へと連れて行かれるのを見送りながら「何あれ格好良すぎでは……?」と呆然のままに呟いた私に、「俺とどう違うんだ……」と日本号が遺憾そうに呟いていたのも記憶に新しい。

しかし、まあ、私もそれなりに経験のある大人なわけで。
好きだ好きだとは思うものの、なるべく態度には出さないようにしているし、他の刀剣たちとの扱いにも差は作っていない、……はずだ。
さすがに至近距離まで近寄られたら心臓がうるさくなるだろうけど、長曽祢さんがそう近付いてくることもないし。
だからこそあの夢が最高すぎたわけで……。

と、いきなり襖が開いた。

「主、朝餉の用意が出来そうだぞ。起きてんのか?」
「……起きてる。入室前に声かけと名乗り……いつ覚えてくれんの」
「こんな入り方すんのは俺くらいのもんだろ」

閉めた襖の前にどっかと座るのは、ここ半年程近侍を務めている日本号だ。
正三位なだけあって基本的に礼儀や所作もなっているというのに、私の部屋だけは何故か唐突に入ってくる。長谷部や博多に怒られても、私自身が怒っても、とんと聞き入れてくれない。

「もう慣れたけどさあ……他の子に示しがつかないというか……いやもういいけど」

半身を起こし、軽く手櫛で髪を整えながらベッドを降りる。
なんだかんだ近侍なだけあって、乱れたシーツを整えて着替えまで出してくれる日本号を横目に見つつ、小さくあくびを漏らした。近侍というか、親のようだ。
手洗いに向かってから顔を洗い、肌を整えて部屋に戻る。鏡台の前で化粧の準備を始めた私をじっと見つめる日本号が、鏡越しににんまりと笑った。

「今日は随分と機嫌が良いみたいじゃねえか。何か良い夢でも見たのか?」
「うぇっ、そんなわかりやすい!?」

思わず振り向く。日本号はやっぱりにやにやと笑っていて「さては長曽祢の夢か」とまで言い当ててきた。正三位こわい。
……一人くらいは話せる相手がいた方が、溜め込まずに済む。そう思って、日本号には長曽祢さんに惚れてしまった旨を伝えていた。時々、愚痴のような惚気のような恋バナにも、酒の肴にと付き合ってもらっていた。
それが、禍となる日が来ようとは。

黙り込んでしまったもんだから、自分の発言が的を射ていたことを理解したんだろう。日本号の笑みはますます深く、やらしいものになっていく。
近侍は物吉くん辺りにしておくべきだった。今更悔やんでも遅い。

「あんたがあいつに惚れて早二ヶ月、ってとこか。やらしい夢でも見たか?」
「見てません!私のは健全な恋なんだから」
「あんたの年で健全な恋愛っつったら、そういうことだろう」
「……この何言っても無駄な感じ……。……手を繋ぐ夢を見ただけだよ」

正直に話してしまった方が、変な想像をされずに済むだろう。
肩を竦めて鏡台に向き直れば、鏡の中になんとも言えない表情をした日本号が映っていた。呆れ面というか、憐れむ顔というか。腹立つ顔だ。

「まぁたそりゃあ……生娘みたいな夢を」
「健全ですから」
「よく言うぜ、酒飲みながらあんだけ長曽祢の体躯について熱弁してた癖に」

無言で、塗り終えた下地の容器を投げつける。普通にキャッチされた。

「あと化粧と着替えだけだから、先に広間行ってていいよ、日本号」
「……そうするかねぇ。このまま此処に居て、終わった端から化粧道具を投げつけられちゃたまんねえ」

投げさせたのは日本号なのだけど、とは言わないでおく。
ひらひらと後ろ手に手を振りながら、なるべく早めに来いよ、もう配膳の音がする、と最後に告げた日本号に頷き、その背を鏡越しに見送った。
手早く化粧を終え、着替えを済ませてから髪を整える。今日はポニーテールにしようか、それとも大人しめに簪でまとめようか。長曽祢さんはどんな髪型が好きなんだろう、とまで考えて、夢の中の彼の笑顔や、声や、体温が、鮮明に蘇った。

「ンアア……今日まともに顔見られる気がしない……」

勢い任せに顔を覆えば、やっぱり頬は熱いままだった。

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