私は、ああ今日も疲れたなあ、なんて考えながらベッドの中に潜り込む。ぎい、と微かに軋んだベッドとはもうすぐ十年になる付き合いで、初めの頃はピンクの水玉模様だったシーツも、今では落ち着いた若緑色の蔦模様になっていた。
ふかふかのベッドの中で目を閉じれば、すぐにでも眠気が襲ってくる。
今日も一日がんばったから、夜くらいはゆっくり休もう。そうして明日になれば、また、彼に会える。私の大好きなひと。大好きな、刀の付喪神様。
この想いを伝えられる日なんて、来ないけれど。……ああそうだ、せめて、夢の中でくらい、彼に大好きだと伝えられたらいい。大好きだと伝えて、その想いを受け入れ、おれもだ、なんて言ってもらえたら。あの大きな身体で、抱き締めてもらえたら。

そんな幸せな夢を願うくらいは、審神者にだって、許されてもいいはずだ。


――…


あるじ、と微かな声が聞こえた。起きてほしいような、眠ったままでいてほしいような、そんなあやふやな声音。
うっすらと瞼を押し上げる。視界には薄暗く滲む天井と、長曽祢さんがいた。
あ、ながそねさんだ。私の声は寝ぼけているようで、舌っ足らずになる。それが可笑しかったのか、長曽祢さんはちょっとだけ目元を和らげた。

「……夢?」

ぽつりと漏らす。頭上の長曽祢さんは一瞬目を丸くしてから、頷いた。
そっか、夢かあ。そりゃそうだよね、こんな夜中に、長曽祢さんが私の部屋に来るなんて有り得ないし。眠る前に長曽祢さんのことを考えたからかな、嬉しいなあ。
なんて良い夢だろう。しかも明晰夢。

身体を起こして、ぽんぽん、とベッドの縁を叩き、そこに座るよう長曽祢さんに促す。長曽祢さんはそっと頷いて、私のベッドに腰掛けた。
長曽祢さんがじいと私を見つめている。なんて、本当になんて都合の良い夢だろう。いつもはあんまり目も合わない……というか私が合わせられないし、基本的には彼の背中しか目に焼き付けられない。なのに今は、頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと眺め放題だ。夢の中だと解っているから、さほど恥ずかしがらずに私も長曽祢さんを見つめ返せるし。あの綺麗な金色を、じっくりと眺めたいと思ってたんだ。本当に、最高の夢。

「ええと……でも、いきなりこんな夢を見ちゃうと、何をしようか悩みますね。ああ、本当に嬉しいなあ……なんて良い夢。あの、ね、ね?ながそねさん」
「……何だ?」
「わああめっちゃ優しい声……こんな優しい声聴いたことない……夢すごい……」

せっかくだから何かをしたいししてもらいたいのに、長曽祢さんの声が優しすぎるせいで顔が熱くなってしまった。本題そっちのけで、私はわあわあとなりながら両手の平でほっぺを覆う。さすがに夢でも、こんな真っ赤な顔を見られるのは恥ずかしい。
なのに長曽祢さんが、私の左手をとって、頬に手を添えるから。

「熱い、な」
「わ、……あ、あっ……」

ますます、私の口はばかになってしまう。きっともう茹で蛸みたいになっていて、長曽祢さんから目を逸らしたいのに、逸らせない。どうにかこうにか目を伏せて、顔も俯かせて、それでも長曽祢さんの手は私の頬から離れない。
暫くそのまま、どきどきとうるさい心臓を落ち着ける作業に勤しんでみたけれど、落ち着くはずがなかった。だから勇気を出して、そろりと彼を見上げる。

「何か、したいことがあるんじゃないか?」

うっとりとしてしまうような表情で、長曽祢さんは笑っていた。
ばかみたいに呆けさせてしまった口から、吐息が漏れる。は、とも、ふ、ともとれるような、よくわからない音がした。

「あの、ね、長曽祢さん、えっと……えっとね」

言葉を探す。けれど適切な言葉は浮かんでこなくて、私は両手の指先を無意味に絡ませたり離したりしながら、もうなんでもいいや、どうせ夢なんだから、と言葉を続けた。

「手をね、こう……ぎゅうって、してほしい……ん、です」
「……それだけで、いいのか?」
「は、はい、あっえっと、指も絡ませてもらえたら、嬉しいなあ……なんて……」

長曽祢さんはきょとんとしたあと、ちょっとの間だけ肩を振るわせながら笑って「おやすい御用だ」と私の手を取った。
大きくてかたい手が私の手を包んだかと思うと、掌と掌をくっつけるようにして、少しずつ、ゆっくり、私の指と長曽祢さんの指が絡む。指の間を長曽祢さんの指がすべっていく感覚がなんだかくすぐったくて、ぴくりと指先が震えた。
ぎゅう、と優しく力を込められる。私の手と長曽祢さんの手はぴったりとくっついていて、隙間なんてないように思えた。
ちょっとだけ乾燥している、ごつごつとした大きな手。私の手が随分と小さく見える。
夢の中でも、手汗ってかくのかな。きっとしっとりしているだろう私の手は、気持ち悪くないだろうか。

「私、あの、どうしよう。……嬉しい、とっても嬉しいです。夢だけど、所詮夢でも、大好きな長曽祢さんと手を繋げるなんて。……ああ、ほんとう、どうしよう……こんな嬉しいなんて、夢なのに、うれしい」

そうっと、もう片方の手で長曽祢さんの手を包み込む。夢なのに、あったかくて、本当に長曽祢さんと手を繋いでいるみたいだった。本当に、此処に長曽祢さんが居るみたいだった。
朝になったらきっと、私は一人で寝ているだけなんだろうけど。それでもこんな幸せな夢を見られたんだから、明日はいつもよりも頑張れると思った。苦手な書類も、笑顔でこなせる。

「本当に、手を繋ぐだけでいいのか?」
「ふふ、ほんと、都合の良い夢。現実の長曽祢さんだったら、多分、こうはならないんだろうなあ。女人に触れるなんて、とか言いそう。長曽祢さん刀意識強いし、手を繋いでどうするんだ?とかの方が有り得るかな?」
「……今のおれならば、あんたの望むままに、何だってしてやるぞ」

静かに近付いてきた顔に、何故だか随分と落ち着いてきた私はへらりと笑う。
お互いの目元しか見えないような距離。現実だったら、私はそのまま後ろに猛ダッシュしてしまうだろう。でも今は、夢だから。どんなに嬉しくても、どんなに幸せでも、束の間の幻でしかないから。
恥ずかしがっておろおろして、逃げ出すなんて、もったいない。

「今は、これで充分です。あんまり変なことしちゃうと、明日、現実のあなたに顔向け出来ませんから」

繋がれた手にやんわりと力を込める。この体温を忘れずにいられるのなら、今の私はそれだけで充分だ。
長曽祢さんはちょっとだけ残念そうに眉を寄せて、けれどすぐに顔を離し、呆れたような笑みを浮かべた。こんなにじっくりと彼の表情を見るのは、多分初めてだ。

「これが一度きりの夢だったらどうすんだ」
「だとしても、たった一度でも長曽祢さんと手を繋げただけで、私は充分に幸せですよ」
「……健気だな」
「臆病なんです」

願わくば、この夢を忘れないままに、朝を迎えたいものだと思う。

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