防音結界をはったままの執務室。
日はすっかり落ち、夕食もとっくに終え、お風呂上がりの化粧水をつけている私の後ろで日本号がお猪口を傾けている。その横には、酔い潰れた国広の姿。潰れたというか、潰されたというか。

「部屋に戻れば良かったのに」
「勝利の美酒は幾らでも楽しめるんでね」
「……ま、それはわかるけど。私ももう一杯もらおうかな」

乳液もつけ終え、濡れたままの髪をタオルで拭きながら日本号に歩み寄る。
ありがたくお酌をしてもらい、我ながららしくもなく、一気に煽った。良い飲みっぷりだ、と日本号が機嫌良さそうに表情を綻ばせる。

「本当、ある意味勝利よね。たった二ヶ月ちょっととは言え、長かった」
「あんたが此処まで計画的な女だとは、最初は思ってもみなかったがなあ、女は恐いぜ」
「ふふ、そうじゃないとこんな男所帯で女一人、審神者業なんて出来ないよ」
「違いない」

二杯目もあっという間に飲み干す。

ああ、本当に気分が良い。こんなに美味しいお酒は、国広が練度上限に達したのを祝ったあの日以来かもしれない。いくらでも飲めそうな気がしてくる。
明日も仕事はあるから、さすがに弁えるけど。

「長曽祢には、ばらさねぇのか?」
「言ったじゃん、夕方。私は長曽祢さんの好きなままの私でいますって」

三杯目を飲みきり、ごちそうさまと手を合わせてから、用意していた白湯を湯呑みに注ぐ。
ついでに日本号の分も用意して、濡れたままの髪をもう一度タオルで拭った。


今回の出来事は、基本的に長曽祢さんの責任というか、長曽祢さんが一人で勝手にやったことだった。
私と同じく一目惚れからの滑り落ちコースだったらしい長曽祢さんは、それでも接点が少なく、ろくに仲を深める機会も無いことに悩み、あの日、衝動的に私の部屋を訪れた。
そして起きてしまった私が夢だと勘違いしたので、そのままその勘違いに乗っかった、と。そういうことである。
私が、この夢は夢じゃないと気が付いたのは長曽祢さんと交わった時。それは正しく、事実だ。

でも、長曽祢さんが知らないことは、もっとずぅっと、たくさんある。
私がきっと、長曽祢さんが好きになるべきじゃない女だってことも、長曽祢さんは知らないんだ。それでいい。知らないままの方が、幸せだ。

「私の喋り方、演技くさくなかった?」
「あれで演技だったら、俺なら腹を切るな」
「そう?日本号たちは知ってて良かったね」

演技だ、って。

私は長曽祢さんが大好き。これは事実。
長曽祢さんとの逢瀬を、夢だと勘違いしていた。これも事実。

でも、現実で長曽祢さんと接していた私は、基本的にほとんど嘘だ。素を見せるのは限られた刀剣男士の前でだけ。それ以外では、大人しくて芯のある、でもちょっぴりお茶目な、みんなを愛している優しい審神者。
私が演じられる範囲で出来る、良い子ちゃんの理想像。

「長曽祢さんはね、絶対大人しい子が好きだって思ったの。だから敬語で、好き好きオーラも控えめにして。三歩後ろを歩く大和撫子、なんてのはさすがに出来ないけど、私、頑張ってたでしょう?」
「本当にな」
「だからって本当に好かれるとは思ってなかったし、あの数日間は予定外だったけど。概ね計画通り、ってね。本当に、勝利の美酒だわ。今は白湯だけど!」

満面の笑みを日本号に向ける。返されたのは呆れ笑いだったけど、まったく気にならない。

「それもこれも、手助けしてくれた日本号のおかげだよ。ありがとう、日本号は最高の近侍だわ。よっ、正三位!」
「酔いすぎだろ。……ま、そう言われんのは悪くねえ。あんたの手管もなかなかだったぜ」

ふふ、と声に出して笑う。
これからは審神者として働きつつも、幸せな毎日が待ってるはずだ。演技も半永久的に続ければ、事実になる。私が選択を間違わなければ、幸せな毎日がずっと続く。私が生を、終えるまで。
こんなに嬉しいことはない。大好きな人と結ばれる。大好きな人が、私を看取って、いつか自分の領域へ連れていってくれる。そこでずっと、大好きな人と一緒にいられる。本当に、幸せだ。こんなに幸せでいいのだろうか。

――良いに、決まってる。

「でもな、主」
「うん?」

ほんの僅か表情を翳らせていれば、ぽんと頭を撫でられる。
長曽祢さんとは全然違う触り方だ。ぐしゃぐしゃとタオルごとかき混ぜるように撫でられて、いたたたたと声をあげた。傍らの国広が身動いだが、起きることはなかった。


「重々承知してんだろうが、俺たちは神だ。侮るなよ」

タオルで顔を隠された状態のまま、告げられる。
日本号がどんな表情をしているのかなんてすぐにわかったから、私は、口元に笑みを浮かばせた。

「知ってるよ。恐くて綺麗な、私の神様」

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