結果として、政府の定期検診はなんとかやり過ごすことが出来た。
「良かったですね、主様!」と笑う物吉くんに私も笑顔を返し、侵食度の高い審神者へと配られる冊子を手に、本丸へと戻る。

私の背には、札の貼られた一振の刀が、布に包まれたまま背負われていた。


本丸に戻ってからはいつも通りの業務をこなし、夕方には一段落つくことを目指す。

刀の状態となって早一週間の長曽祢さんに関しては、謹慎中だということでひとまずの説明をしていた。
罪状は日本号が適当にでっち上げたようで、それを聞いたらしい清光が「それは……仕方ないな……」と若干引き気味の表情で呟いていたのを思い出す。日本号は一体、長曽祢さんにどんな罪を与えたのか。知らないままの方が幸せでいられそうだ。

「ていうか、何で主、ずっと長曽祢さん持ってんの?鍛刀部屋とかにしまっといたらいいのに」
「清光はなかなかキツいこと言うね……。持ってないと、顕現しちゃうんだよ。元々私の霊力ってそんなに強くないから」
「ふうん……?」

そんな会話があったのは、昨日のことだったか、一昨日のことだったか。

考えている内に手はしっかりと業務をこなしていたようで、予定通り夕方には一段落ついた。
執務室に日本号と物吉くん、国広を呼び、私の後ろに控えてもらう。防音結界をはった部屋の中で、私の正面に一振の刀を置いた。
貼られっぱなしだった札を、一週間ぶりに剥がす。

「――長曽祢虎徹」

名を喚べば、姿を現す。
手入れをしたから、長曽祢さんはいつも通りの戦装束の姿で現れた。ある程度状況は把握しているようで、目を伏せ、膝を離した正座の姿勢で、ゆっくりと頭を下げる。

「そこまでする必要は無いですよ、楽にしてください。後ろの三人は、恥ずかしながら全ての事情を知っています」

久しぶりに見る長曽祢さんの姿には、否応なしに胸が跳ねる。反応してしまうものは仕方がないと諦めて、それでもどうにか平静を装ってみせた。
先の行動を巻き戻しにするよう、長曽祢さんがゆっくりと顔を上げる。
どう表現するのが適切だろうか。私を見据える表情は、苦々しそうにも、申し訳なさそうにも見え、けれど、後悔はしていないように思えた。憤りが見られなかっただけ、ましだと思おうか。

「何かしたいことがあるんじゃないかと、あなたは私に問いかけました。……今度は、私があなたに問います」

私もきっと、長曽祢さんと似たような表情をしているんだろう。
状況を苦々しく思い、強制的に顕現を解いたことを申し訳なく思い、でも、全てにおいて後悔はしていない。
いっそ本当に夢であったのなら、こんな恥ずかしい思いはせずに済んだだろうに、とはちょっとだけ思ったけど。夢だと思ってた頃の私を、長曽祢さんの記憶から消し去りたいとは結構思ってるけれど。真面目に。

でも、過ぎたことをどうこう言っても仕方がない。過去は変えられず、変えてはならないものだ。
変えてもいいのは、変えられるのは、未来だけ。

「長曽祢虎徹。あなたは私に、何を望みますか」

真っ直ぐに彼を見据える。
心臓はやっぱりうるさいけれど、もう、それを押さえ込むつもりはなかった。

「――正直に言っても、言わずとも、叩き斬られそうだな」

私の視線を受け止めてから私の背後に目をやり、長曽祢さんは耳の下辺りを指先で掻く。
儘ならんなあ、と独り言のように微かな声を漏らして、姿勢を正した。
長曽祢さんと私の視線がこんなにもはっきりと絡むのは、夢だと思っていた、あの時だけだったのに。こんな状況になったから、現実だとわかっている今でも目を逸らさずにいられる。……良いんだか、悪いんだか。

「手に、触れてもいいだろうか」
「すみません、それは許可しかねます」
「だろうな。現のあんたは、そういう人だ」

長曽祢さんは目を伏せて、口元だけで笑う。
けれどすぐに、その表情は硬いものになった。

「人前で宣言するような質じゃあないんだが……、あの夜に言った通りだ。おれは、あんたが欲しい。誰にも渡したくなんか、ないんだ」

真剣な表情で私を射抜く反面、後ろの三人には敵意に似た何かが篭もった視線を向ける。
どこで歪んだんだろうなあこの人、と心の隅で考える傍ら、その言葉を嬉しいと感じる自分に呆れた。
でも、好きな人にこれだけ欲しがってもらえるんだから、嬉しいのも必然だ。仕方ない。

「それは、主を神域に連れて行きたい、という風にもとれるが」
「そう捉えてもらって構わん。主も、隠されることは構わないと言っていただろう?」
「あんた、そんなこと言ったのか」
「……ええまあ」

剣呑な気配を滲ませる国広が、長曽祢さんの言葉に立ち上がりかけ、多分私を驚き混じりに睨んでいる。物吉くんが国広を宥める声を聞きながら、肩を竦めた。
神隠し自体は、別に構わないんだ。現世に未練も無い。だけど。

「私は審神者です。この戦争の心臓の一部として、職務を全うする義務があります。そしてそれが、私の人として生きる理由で、目的です」

しん、と室内が静まる。苦笑のようなものを浮かべて、私は長曽祢さんを見つめ続けた。

「あの夜、私も言いました。長曽祢さんが大好きだと。初めて見たときからずっと、きっとこれからも。確約は出来ませんが、今の私はあなたが大好きです。長曽祢さんに触れて、触れられて……好きだと言ってもらえる。大好きな人と、ずうっと一緒にいられる。そんな夢みたいなことが現実になるのなら、きっと私は幸せな女なのでしょう」

一拍をあけ、呼吸を落ち着ける。

「でも今此処にいる私は、一人の女ではなく、審神者です。審神者として生きる私は、あなたに今隠世へと連れて行かれることを許容出来ません。それは、審神者としての職務を放棄することになる。私の、審神者として生きてきた十年を、否定することになる。
 私は審神者として、人のまま生きて、審神者のまま終えたいんです。途中で投げ出したら、私、何のために審神者になったんですか、って話になっちゃうでしょう?」

茶化すように、気の抜けた笑みを浮かべてみせる。
私が審神者になったばかりの頃を知っているのは、この中では国広だけだ。細かい事情なんて説明する必要はない。言わなければ、誰も解らないのだから。知らないままでいいんだ。過去の話なんて、したところで何の意味も成さない。

「だから私は、あなたがどうしても今すぐ私を隠したいと言うのなら、長曽祢さんを用いられません。刀の姿のまま、此処に居てもらうことになります」

でも、と続ける。

「もし、長曽祢さんが待ってくれるのなら。この戦争が終わる日を、私が人としての生を終える日を、待ってくれると言うのなら。おばあさんになった私でも、良いのなら」

にこりと悪戯っ子のように、笑ってみせた。

「神隠しでも何でも、お好きなように」

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