腕に残る、鎖 



「かえで、俺達は着替えてくるから、部室の外で待っててくれ」

部活が終わると同時に話しかけてきた赤司の言葉に頷き、立ち上がる。
手を貸そうか?なんて冗談ぽく笑いながら差し出された手をぺちんと弾き、そんな柄じゃないでしょと溜め息を吐いた。

苦笑いのようなものをこぼして、モップ掛けをしている部員に声をかけながら赤司が去っていく。
それと入れ替わるようにして、黄瀬があたしに駆け寄ってきた。また抱き締められそうになったので、反射的に避ける。
黄瀬は、壁に衝突した。
ゴッと響いた鈍い音に、うわあ痛そうと顔を顰める。

「何で避けるんスかぁ…」
「ごめん、つい」
「まあいいッスけど、それより俺の活躍見てくれたッスか!?」

がしっと両手を掴まれ、黄瀬は喜色満面、といった笑みで問いかけてくる。
まるで手錠をかけられたようだと、一纏めにされた自分の手を見て思いながら、「見てたよ」と小さく答えた。
黄瀬の笑みが、更に明るいものになる。

「露木さんがいるから、俺いつも以上にはりきったんスよ!赤司っちにも今日は動きがいいな、って久しぶりに褒められたッス」
「そっか、良かったね」

本日二度目だが、女子たちの視線が痛い。
掴まれたままの両手をやんわりと引き抜こうとすれば、あたしの手を掴む力が強くなった。

離さないッスよ、なんて声が聞こえた気がした。

「…着替え、行かなくていいの?みんな、帰っちゃうよ」
「あ、やべっ…じゃあ部室んとこで待っててくださいッスよ!俺マッハで着替えてくるから!」
「マッハは無理でしょ」

くすりと笑えば、両手を自由にされる。
じゃあまたあとでー!とぶんぶん手を振りながら部室へと走っていく黄瀬は、直後にギャラリーの女の子たちに囲まれていた。
着替えが終わるのは、まだ先になりそうだ。

黄瀬の元に行ったため人のいなくなった出入り口から体育館を出る。
閉められていた扉を開けようと、手をかけたところでぴたり、手が止まった。

「…、」

黄瀬に掴まれた手首が、赤い。
照れてるとか恥ずかしいとかの比喩表現ではなく、本当に赤いのだ。掴まれた、黄瀬の手の形に。

痣になるんじゃないかこれ、というか、黄瀬は一体どれだけの力を込めて…。

まるでじゃない、本当に手錠みたいだ。
そっと赤い手形をさすれば、じくりと弱い痛みが走った。


外はうっすらと暗い。
そこまで真っ赤、というわけでもないしまじまじと見られさえしなければ誰もこの手首の痕には気付かないだろう。
そう考えて、バスケ部の部室へと向かう。

既に着替え終わっていたらしい赤司と黒子、緑間と紫原が部室の外に立っていた。
青峰はまだ着替えてるのか。…黄瀬に至っては部室に辿り着いているのかどうかも怪しい。

「遅かったな、かえで」
「ん…ちょっとね。残りの2人は?」
「青峰君と黄瀬君ならまだ部室の中ですよ」

辿り着いてはいたらしい。
そっか、と返して赤司と黒子の前に立つ。

不意にずしりと感じた体の重みと体の前に垂れてきた両腕に、顔を頭上に向けた。

「ねー、お菓子持ってる?」
「その手にある物は一体何なの」

紫原敦。2メートルほどある巨体で、けれど中身はお菓子大好きなお子様というちぐはぐな子だ。
あたしや黒子や赤司、といった自分より小さな人に後ろから抱きつくのが癖らしい。
キセキの世代の中では、赤司の次にあたしとの縁が長い子。

ちなみに人にお菓子持ってる?などと聞いておきながら、今紫原の手にはまいう棒が2本ほど収められている。

「これなんか微妙だったんだよね〜、かえでちんにあげる」
「微妙だって言われたものを貰っても…」
「で、お菓子持ってるの?持ってないの?」

本当にこの子は子供だと思う。体大きい癖に。大きいからこそ、なのか。はたして。

制服のポケットを探れば飴玉が2つ出てきたのでそれを渡し、引き換えに離せと体を押しやる。
紫原は案外すんなり離れたが、肩には重みが残ってしまったのでぐるぐると肩を回した。
以前のようにぽきりとは言わず、骨と骨がこすれるような痛々しい音がした。

「お待たせッスー!もう、青峰っちがのんびり雑誌なんか読んでるからッスよ」
「別に待てとは言ってねーだろ」
「青峰っち最後にしたら電気消さないじゃないッスか!」

しばらくしてどたばたと部室から駆け出てきた黄瀬と青峰、というかまあどたばたしてるのは黄瀬だけなのだけど。
青峰に対し怒りを示しながらも笑っている黄瀬に目を向ければ、先に待っていた4人に囲まれるように立っているあたしを見て黄瀬の笑みは一瞬で消え去った。

ああ、やっぱりなにか怒らせるようなことをしたのかもしれない。

「…じゃあ、帰るぞ」
「あ、うん」

ぎゅう、と無意識に握り締めていたらしい手を赤司に引かれ、手の力を抜く。
手の平についた爪の痕をなでるような手つきに、なんだか叱られているような気がした。

あたしとは反対側の赤司の隣に立つ黒子が、繋がれた手をちらりと横目で見る。
なんだろうとその視線を追ってみれば繋がれた手よりも赤い手形の方が気になってしまって、ぱっと目をそらした。

「また赤司っちばっかずるいッス!俺とも手ぇ繋ご、露木さんっ」

空いていた左手をとられ、思わず黄瀬の顔を見上げる。
なんか家族みたいッスねなんて、少し照れたように笑う黄瀬に対して、あたしはちゃんと笑えていたのだろうか。



 (むしろ黄瀬は、本当に笑っているのか)


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