浮かぶ既視感 



昼休みの流れのせいか、バスケ部の練習を見に行くことになってしまった。
帰宅部のあたしは早く帰りたくて仕方ないのだけど、あの赤司が帰りにコンビニでアイス奢ってくれるというのだから仕方なく、本当に仕方なく見に行くことにする。
期間限定で出ているキャラメルミルフィーユ味のダッツを購入してもらおうと目論見ながら。

放課後、1軍の使っている体育館に入ればそこはひどく騒がしかった。
選手やマネージャーが発している声、も勿論理由のひとつではある。
が、騒がしい理由の大半は、体育館の2階や入り口で応援という名の騒音を発しているギャラリーだ。
恐らく、というか確実に、黄瀬のファンだろう。
顔立ちも整っていて愛想も良く、モデルをしている黄瀬に女の子のファンは多い。

多少なりとも人が少なめの入り口から体育館に入れば、あたしの姿を見つけた黄瀬がぶんぶんと手を振ってきた。
いつからあたしはこんなにも懐かれるようになったのだろうか。とりあえず、小さく手を振り返しておく。

ぐるりと体育館を見渡したが青峰の姿は無い。
多分、サボりなんだろうと思う。
キセキの世代などと呼ばれている彼らの中でも特に才能の開花が早かった青峰は周囲を置き去りにすることを恐れ練習に精を出さなくなったと、いつだったか赤司に聞かされた。
それでも試合ではトップスコアラーなのだから、天才とは恐ろしいものだと思う。

「かえでさん、来てくれてたんですね」
「ん?ああうん、約束しちゃったしね」

外周にでも行ってたのだろうか、肩で息をしている黒子がやや虚ろな目で後ろからあたしの肩を軽く叩いた。
あたしに声かける前にドリンク飲んできなよと思うが。

とりあえず「大丈夫?」と声をかければ「なんとか、」と返したので、大丈夫なんだろうとは思う。

体育館内に入り、練習をしているスタメン達を横目で見やると、黒子はなにか言いたげに目を伏せた。
悔しがっているような、嫌悪感を露わにしているような、でも全部を諦めたような。そんな表情。

あたしはバスケに対して明るいわけではないから、キセキの世代である彼らや黒子が何を感じているかなんて知ったこっちゃない。
けど、昼休みにみんなとお昼を食べたときには見せなかった表情を見て、なんとなく、黒子の頭を撫でていた。

「かえで、さん?」
「…水分補給、しないと体に悪いよ」

これがドラマや小説だったら、あたしは黒子にもっと別のことを言うべきだったんだろうと思う。
例えば、「あたしは黒子くんのするバスケ好きだよ」だとか、「バスケ、辞めちゃだめだよ」とか。
でもなんの事情も知らないあたしがそれを言うにはあまりにも重過ぎて。
だから、当たり障りのない言葉だけを紡いで、ただ黒子の頭をなで続けた。

「…ありがとうございます」

にこり、弱々しく微笑んで、黒子はマネージャーのところへと歩いて行った。
みんな大変なんだなあとそんな黒子の後ろ姿を見送る。

と、右側からどんっと鈍くて生温かい衝撃を受けた。
汗、と同時に石鹸のにおいがする。

「露木さん、黒子っちとなに話してたんスか!」

あと俺見てたんスよー!黒子っちの頭撫でたんなら、俺の頭も撫でてくださいッス!

犬か、と言いたくなるような勢いで、黄瀬があたしに抱き付いていた。
ギャラリーの女子たちの視線が、痛い。
そんなの気付いてないのか関係無いのか知らないが、黄瀬があたしをぎゅううと抱きしめる力は更に強くなっていく。精神的にもだが物理的に痛い。骨がみしみしいってる気がする。

「ちょっと、痛い」
「え?あ、ごめん、つい」

どこか別の場所を眺めていたのか、あたしの言葉にハッとして黄瀬はあたしから腕を離した。

「ていうか練習、サボってていいの?」
「今は休憩中ッス。つか俺の質問に答えてくださいッスよー」
「いや、そんな言うほどのこと話してないし」
「まあまあ、ね、何話してたんスか?」

思わず、口を噤んでしまった。
黄瀬の目は真剣だ。口でこそ軽く、世間話のように言っているけど。

なにか、黄瀬の気に障るようなことをしてしまったのだろうか。身に覚えは、全く無い。
あたしをじっと見て、笑っている。笑っているはずなのに、黄瀬の目が笑っているように思えない。まるで責められている気分だ。


――「お前さっき、あいつとなに話してたんだよ」


脳内に浮かぶのは、昔別れた男の顔。
ああ、とても、よく似ている。

黙りこんでしまったあたしと、笑っている黄瀬。

そんなあたし達を、離れた場所から黒子がじいと見つめていた。



 (拭えない、違和感、既視感)


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