言語の必要性 



「あたしね、ちょっと、疲れちゃったみたい」

そう告げたあたしの言葉に、黄瀬はひどく哀しげな表情を浮かべた。
驚きと悲しみが混ざったような、複雑な顔。
場を繕うように、黄瀬だけのせいじゃないんだよ、と苦笑する。

なんで、と、吐息まじりの声が、漏れた。

「涼太があたしを好いてくれてるのはとても嬉しい。あたしも涼太が好きだし、涼太の隣にずっと立ってたいって思う。でも、涼太はそんなあたしの想いを、信じてくれないでしょ?」
「そ、んな…違、俺は」
「好きだからこそ、そうなるんだろうなってのも理解できる。でも、あたしが赤司くんや黒子くんみたいな友達とか、名前も知らないような人と話をして、それを涼太が怒る、意味がわからない」

どうせ言っても意味無いんだろうなんて、ほんの少し思ってはいるけれど。
言わなきゃ始まらないこともある。

前は結局、あたしはあたし自身の想いを何も告げずに終わったから。

黄瀬とは、そうなりたくない。
あたしがどれだけ黄瀬を大事に想ってるのかを、知ってほしい。

「あたしは涼太としか、手を繋ぎたいとかキスしたいとか思わない。他の人と、そんなことしたいなんて思ってない。そりゃみんな友達だから大切にはしてるよ?でも、涼太が1番、特別なの。その思いを、涼太の嫉妬で否定しないで」
「かえで、俺は…そんな、つもりじゃ」

静かな屋上で、黄瀬があたしの目の前で地面にへたり込む。

傷付け、ちゃったかな。
心配になってあたしも黄瀬の前にしゃがみ、さらさらとした金髪をゆるく梳いた。

「傷付けちゃったなら、ごめん。でも、涼太があたしを好きだと、そう思ってくれるなら、あたしは涼太に信じてもらいたいの」
「…かえで…」

ゆるゆると顔を上げた黄瀬の目に、あたしが映る。
今にも泣きそうな、じわりと涙の浮かんだ瞳がどうしようもなく可愛くて、愛しくて。

あたしは涼太が大好きだよ、と。
そう口にすれば、黄瀬は勢いよく私の首に両腕を回して飛びついて来た。
予想外の行動にびっくりして、その勢いのまま屋上の地面へと、背中をぶつける。
い、痛い…。

「ごめん、ごめんッス、俺、かえでがほんとに好きで、大好きで、だから、もし俺以外のこと好きになっちゃったらどうしよって、心配になっちゃって、ごめんなさい」
「うん、ありがとう。…大丈夫だよ、あたしが好きなのは、涼太だけだから」

鼻をすすって、すりすりと頬ずりをしてくる黄瀬は、本当にかわいい。
ああ、あたしはこの子のことが好きなんだなあって、思った。
どうやらあたしの言いたいことは伝わったらしい、し。

でも、と思う。

「ねえ涼太、聞いていい?」
「、何を…ッスか?」

ずび、と最後にまた鼻をすすって。
目元の涙を拭った黄瀬が、不思議そうにこてんと首を傾げた。
なにそれあざとい。

「何で黄瀬は、そんなにあたしの事を好いてくれるの?」

一目惚れとか、そういう理由もあるかもしれない。
でも黄瀬があたしに向けてくれる好意は、なにか理由があるもののように思えた。

だけどあたしには黄瀬になにかをしたような記憶は無い。
まともに接点をもったのだってつい最近…でも無いけれど、そんなに長い期間なわけでもないのだし。

純粋な疑問をぶつけたあたしに、黄瀬はまた、ひどく哀しそうな顔をして、やっぱ覚えてないんスねと微笑んだ。

「今でこそ、俺って人気者ッスけど」
「…ん…うん」

それを自称するのは如何なものかと思うが、まあ、今はスルーしておこう。

黄瀬は目尻を下げて笑い、昔を懐かしむような表情で、あたしの頬を撫でる。

「俺、小学生の時、結構いじめられてたんスよ。女顔ーとかなよなよしいーとかって。あん時は身長もそんなだったしね」
「…意外」
「そッスか?あとはまあ女子からはそれなりにモテてたっぽいんスけど、それも原因の一つだったみたいで。結局はどいつも俺の顔しか見てないんだなーって、それなりにくさってたんスわ」

今の黄瀬からは、想像できないなあと思った。
男子にも女子にも囲まれて、そりゃあ僻みや妬みを受けることは今でも多少あるだろうけど、そういうものはいつも笑って流してるようだったから。

だけど顔はいいからって大人には結構ちやほやされて、学校の奴らなんて結局俺には敵わないんだからって見下して、そうやって生きていたんだと黄瀬は苦笑いを浮かべながら呟いた。
やなガキッスよねーと同意を求められ、あたしも曖昧に笑う。
確かに、そんな子に今会ったら生意気な子だなあと思うかもしれない。

たまに出る、黄瀬の他人を見るあの冷たい視線には、そういう理由もあったのかと、ぼんやり考えた。

「そんな時に、違うクラスだった子に言われたんスよ。ぶっさいく、って」
「すごい失礼な子じゃ…」
「それが、かえでだったんッスよ?」
「…え、」

え?



 (記憶に無いんですけど…)


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