Sanctuary
吐いてすっきりしたあとは、黄瀬にちゃんとメールを返した。
学校に行くのは早くても明後日になると。
それに謝罪と好意を示す文面を付け足せば、黄瀬からは嬉しそうに待ってることを伝える文章が、返ってきた。
なんか事務的だなと思った。
黄瀬がじゃない。自分が、だ。
そして2日。全快とはいかずともまあそれなりに動けるようになったし、普通にご飯も食べられるようになった。
吐いたのは、あの日だけだ。
教室に入れば友人が心配してたんだよとあたしの元へと集まってくれる。
なんか懐かしいな、この感じ。
今日、黄瀬は仕事で午後から登校だ。
それに安堵を覚えてしまっている自分が、嫌だった。
黄瀬を嫌いになったわけじゃない。
今だってあの頃と変わらずに好き。だと思う。
惚れた弱味、とでも言おうか。
結局なにをされたところで、あたしは黄瀬の笑った顔や泣いてる顔や怒ってる顔、その全部が好きなんだ。あたしのためにくるくる変わる表情、変なとこで律儀なところ、自然に相手を立てられる優しさ、バスケをしている時の真剣な雰囲気、モデルをしている黄瀬だって、もちろん大好き。
でも、その想い以上に、あたしは疲れてしまっていたらしい。
疲れるのは嫌い。面倒事も嫌い。
だけど、だからって。
今のあたしに、黄瀬に別れを告げるような勇気は、なかった。
好きな人にさよならをするなんて、そんなこと、簡単に出来るわけがない。
ああ、あいつの時の繰り返しだなって。
自嘲するしかできなかった。
「かえでさん、」
「、…黒子くん…。久しぶり」
「はい。体調が良くなったみたいで、安心しました」
黒子がこの教室まで来るのも、珍しい。
なにか用事?と問いかければ、いえ、と返されてなおさら不思議に思ってしまった。
用事もないのに黒子があたしのところに来るなんて。明日は雪が降るんじゃないだろうか。
「今日、黄瀬君はお休みですか?」
「ううん、午後から来るんだって」
「そうですか。…あの、かえでさん」
「ん?」
ぽん、と頭を撫でられる。
突然の行動にびっくりして、手に持っていたコーヒー牛乳を落としてしまった。机の上にだったから、被害はほとんどなかったけれど。
「なにかあったら、僕を頼ってください。僕はいつだって、かえでさんの味方ですから」
その言葉に、なにかを思いだしそうになる。
…なんだろう、この言葉、どこかで。
あ、そうだ。あたしが黒子に言おうとしたんだ。
言葉こそ違うけれど、似たような意味の事を。
でも、何も知らないあたしが言うにはあまりにも重過ぎる言葉に思えたから、結局なにも言わなくて。
でもそれを、何も知らない黒子が、言ってくれた。
嬉しくて、胸がいっぱいになるような言葉。
その言葉だけでがんばれるような、前を、向けるような。
ああ、あたしもあの時、黒子に言ってあげればよかった。
「じゃあ、僕はこれで」
「っあ、待って黒子くん!」
黒子が振り向く。
今からでも遅くないかもしれない。
あたしは、言わなきゃ。この優しい人のために、今もらった言葉の、恩返しに。
「あたしも、…あたしも黒子くんの味方だから、なにがあっても。頼りには…ならないかもしれないけど、話聞くくらいなら、いつでも出来るから」
だから、1人で抱え込まないで。
お互い様ですよといたずらっぽく微笑んで、黒子は教室を出ていった。
なんか、なんとなくだけど、すっきりした気がする。
(ありがとう、)
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