酸性の記憶
一晩様子見で入院し、次の日には退院できたけれど勿論学校に行くことは出来なかった。
あたしのために仕事を休んでくれたお母さんには、本当に申し訳ないと思う。
鮭とねぎが入った卵雑炊をはふはふと食べながら、携帯を開いた。
赤司には、黄瀬にあたしが倒れたことを伝えないで、と言っておいた。
彼のことだから全ての事情は察しているだろう。あたしと黄瀬の関係も。黄瀬の想いも、あたしの思いも。
だからこそそう伝えた。
赤司は苦虫を踏みつぶしたような顔で、黙り込んだまま頷いてくれた。
携帯には、黄瀬からのメールが4通。
「昨日、早退したって聞いてびっくりしたッスよ!体大丈夫ッスか?」
「返事出来ないほどつらいんスか?今日はゆっくり寝て、明日は風邪治してきてほしいッス!俺、さびしいから」
これが、昨日のメール。
「今日も休みなんスね…そんなひどい風邪なんスか?」
「何で返事くれないんスか?寝てる?」
今日届いたのが、この2通。
これらを確認してる間に、更にもう1通、黄瀬からのメールが届いた。
「かえでから返事来ないのさみしいッス…かえでがいないと学校も楽しくないし、かえでも俺に会えなくてさみしいッスか?」
…そのメールに返事を書く気になれず、ぱたんと携帯を閉じてソファーの上に放った。
心配してくれるのは嬉しい。ありがたいと思う。
けれどそれ以上に、なにか重たい…どんよりとしたものを感じていた。
ああでも、返事しなかったら、またメールくるんだろうな。返さ、なきゃ、
「…ぅ、ぉえ」
「?…ちょっとかえで!?」
雑炊のお椀の中に吐いてしまった。なんで。混乱するあたしに気が付いたお母さんが駆け寄ってきて、あたしの背中をさする。
再びやってきた吐き気に、トイレへと走った。
なんで、なんでこうなるの。
あたしは黄瀬が好きなのに。大事で、大切で、一緒に笑っていたいのに。大好きなのに。
なんでこうなるの?
何で、あたしの体は黄瀬との繋がりを拒絶するの。
「かえで…あんたほんと、学校で何かあったの?黄瀬君って子と付き合い始めたときは、あんなに楽しそうだったのに」
「そ…だっけ…?」
思いだそうとする。
黄瀬との、楽しかった思い出。
あるでしょ?あんなに楽しそうだったのにってお母さんが言うくらいなんだから、楽しかった思い出。あるに決まってる。ある、はず、なのに。
頭に浮かんできたのは、泣いて、怒って、あたしを問い詰める、黄瀬の姿だけだった。
あ、れ…?
だって、ほら、デートとかしたじゃん。外でも、家でも、2人で遊んだり、とか。
なのに、あれ、なんで?
浮かぶのは泣いてる黄瀬ばかり。不機嫌そうな黄瀬ばかり。笑ってる黄瀬は、1人もいない。
「ど、して、こうなったんだろう…」
「かえで…?」
「やっぱり、やめとけば、よかった」
胃の中の物をすべて吐きだして、生理的に浮かんだ涙を拭う。
口の中に残った、酸っぱいような苦いようなそれが、今のあたしの心境を表しているみたいだった。
(間違いだらけ)
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